九話「きっかけ?」
アネモネは心配だ。何が心配なのかを簡単に説明すると、サラがずっと何かをブツブツとつぶやいているのだ。近くに行って聞こうとしても、サラがすぐにアネモネから離れて行ってしまう。
「サラ?」
「…………んぇ?何?」
「ブツブツつぶやいているけど、何言ってるの?」
「え?えーっとこれは……今日図書館で見てきた本の中にあった魔法の詠唱だよ。大丈夫、魔力は込めてないから!」
そう言ってあたふたとし始めるサラ。意識して見て見ると、すべての行動が怪しく感じてくる。とりあえず落ち着かせよう。……と言っても、サラを落ち着かせる方法がそんなに思いつかない。とりあえず思いついた方法の一つを使う。
「サラ、お腹空いた」
「あ、そう言えば昨日から魔力あげてないね。どうぞ?」
そう言ってサラは目を閉じてアネモネに身を任せる。いつもならアネモネはサラの魔力を少ししかもらわないのだが、今日は違う。
(サラ、ちょっと大人しくしてて)
アネモネはそう心の中でつぶやき、サラから魔力を思いっきり奪った。するとサラはアネモネを突き放そうとするが、サラの腕の力は小さな子供くらいまでに下がっていた。
「なぁ、なんぇ……」
「ずっとブツブツ何かをつぶやいてるから、ちょっと落ち着かせる時間が必要かなぁ?って思ってね」
「しょんなぁ……ぁしたまでにかいふくするかなぁ……?」
「大丈夫よ。昼くらいまでには全快してると思うわ。だから、今日はもう寝なさい。歯磨きもしたでしょ?」
「ぅん……って、あるけない……ぼーっとする……」
「はいはい。運んであげる」
そうしてアネモネはサラを抱え、ベットに寝かせた。そのままサラは気持ちよさそうに寝息を立てながら眠ってしまった。そのあとアネモネも寝ようと思ったのだが、サラが何をつぶやいていたのかが気になりその夜は眠れなかった。
* * *
サラは学園の寮では起きるのが遅めだ。その原因は周りの環境が変わったから。そしてその中でも特にサラのことを眠りに誘っているのはふかふかのベットだろう。一般的な庶民ならまず寝れることさえ奇跡のようなフワフワのベットは、疲れた体を優しく包み込んでくれる。
「……ら……サラ」
「ん……モネ?」
「もう朝よ。朝の支度して、朝ごはん食べに行きましょ」
「……うんわかった……ふわぁ~……」
そうしてサラはベットから眠たい体に鞭をうち、無理やり体を起こす。まだ昨日のアネモネに奪われた分のオドは回復しきっていないが、魔法を使うためにはマナを使うので、特に問題はない。
そうしてサラは顔を洗うと、段々と目が覚めてきた。そして、今日の放課後に魔法戦をするということにも段々と実感がわいてきた。魔法を使って人と戦うことは今日初めてすることだ。少し緊張するような、しないような感覚がする。
「サラ、準備できた?」
「あ、うん」
そうして二人は食堂の方へと向かっていく。食堂に着くと、リスタの姿が見えた。アネモネは嫌な顔をしながら、サラをリスタの方へと行かせないように服を引っ張るのだが、サラはとりあえず仲良くしておきたいと思い、リスタに話しかけに行く。
「リスタさん、おはよう」
「おはようございます、サラ様。……やはりアネモネ様は私のことを好ましく思っていないのですね……」
声色は悲しそうだが、表情が全く変化しないので、ほとんど悲しそうに見えない。
「と、とりあえず私はご飯取ってきますね」
「わかりました」
そう言ってサラは朝食を取りに行く。今日もアネモネには申し訳ないが、サラはリスタの隣で朝食をとる。
「あれ?アネモネ様と一緒に食べないのですか?」
「今日はリスタさんに相談したくて……モネとは明日一緒に食べます。ちょっと申し訳ないけど、今日は一人か、友達作ってほしいなぁって……」
「そうですか。で?相談とは?」
「その……実は……」
そうしてサラは昨日言われたことをリスタに話し、貴族たちをボコボコにした後に、どうすれば嫌がらせを受けずに済むかを相談した。それを聞いたリスタは、悩んだようなそぶりを見せて、こんな案を提示した。
「私がその人たちに言っておきます。私は使用人ですが、貴族の地位も持っていますので」
「えっ?!そうなんですか?!」
「はい。私の使えている方が立場の高い方なので、使用人も立場が高くないといけないのです」
使用人が貴族だというのは、王族以外ありえないのだが、当然サラはそんなことを知らないので、リスタの主人が王族だということは全く気付かなかった。その事実にサラが気づくのはもう少し先の話。
「それじゃあリスタさんが……」
「成功する確率は低いですが……」
「え?」
せっかく問題を解決できると思っていたサラは、その言葉を聞いて、絶望した。
「私は人間で言う女ですから貴族としての地位は男性よりも低いです。サラ様が言う人が子爵よりも地位が低ければ可能性は上がりますが……」
「ちょっと待って。貴族の位って高い順に言うとどうなるの?」
「公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵です。ちなみに私は子爵位の地位を主様からいただきました」
そうしてサラは昨日出会った時の男子生徒の姿を思い浮かべる。身だしなみは制服を着ていたのでよくわからない。綺麗な髪は、毎日お風呂に入っている証拠になるが、そんなのはほとんどに当てはまる。身だしなみからはよく推察できない。そう思ったサラは周りのことを思い浮かべる。取り巻きらしき人が二人いた。その事実に嫌な予感がどんどん大きくなる。リスタが持っている子爵位とは、どちらかと言うと下の方の位だ。それに女性ということも重なってリスタには頼ることが出来なさそうだ。
「リスタさん、多分その方法じゃ無理です……」
「そうですか……なら、もう一つ方法があるんですけど……」
「そ、それは?」
何やら真剣な顔をするリスタ。その方法は難しいのかもしれないと思い、サラは覚悟を決める。
「その方法は……その方に有無を言わせないほど圧倒的な差を見せつける、という方法でしょうか?」
「え?」
「貴族はプライドが高い人も多いです。むしろ低い人の方が珍しい。ですので、そのプライドが庶民に傷つけられたとなると、庶民、つまりサラ様に嫌がらせをするかもしれない。ですので、そんなことができないくらいまで痛めつけて、心を折ってしまいましょう」
「ほ、ほんとにそれで大丈夫ですか?」
「ええ……それに、サラ様には守ってくれる存在がいるではありませんか」
そう言ってリスタはアネモネの方を見る。サラがそれにつられてアネモネの方を見ると、一人の生徒と話していた。どうやら仲良くなれた人がいたようだ。雰囲気はめちゃくちゃいいというわけではないが……まぁ、大体は初対面の人は少々気まずいのが普通だろう。
「ふふっ……よかった」
「……アネモネ様をそんなに心配しているのですね」
「はい……私の大切な友達なので」
そんなことを言うサラの顔を、リスタは真剣に見つめる。あの二人は小さな時から友達で、それで支え、支えられの関係に至ったのか、それとも別の何かが二人を繋いでいるのかはリスタにはわからない。それでも、この二人の想い合う気持ちは本物だ。真剣に、お互いの安全や幸せなどを考えている。そんな目を、お互いに向けあっている。その目を見ていると、リスタは不思議な気持ちに包まれる。
(……お二人を見ていると、なぜか懐かしい気持ちが湧いてきます……どうしてでしょうか……?)
どうしてか、二人の想い合うという行動は、懐かしさを感じられる。根拠もないただの勘だが、リスタは以前もこんな真剣な顔をどこかで見たのかもしれない。
「サラ様」
「はい?」
「手に持った飲み物がこぼれそうですよ」
「ん?…わっ!危ない危ない。言ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、当然のことです」
何気ないこの会話も、自分にとってはどのような効果があるのかもわからないが、自分の記憶を戻すのには、もしかしたらサラが鍵となってくるのかもしれない。と、リスタは思うのだった。




