七話「先輩と呼ばれたい人と呼ばれる人」
ハーフエルフとは、どの種族からも蔑まれる存在である。その理由は、悪魔に最も近いと呼ばれるから。元々エルフやダークエルフは魔物ではないのだが、他の血が混じることで魔力の性質が魔物に限りなく近くなるのだ。例えば、他者から魔力を吸い取ることだってできる。しかし、それだけの事なのだが、やはり、恐れる人は多い。
「モネ、大丈夫なの?リスタさんに嘘ついて……すぐに嘘を見抜いてきそう……」
「大丈夫よ。あの天使は生まれてから十数年かそこらしか生きていない。経験も知識も浅い。勘なんて他の天使と比べたら鈍い物よ」
「それでも……」
「魔力でばれそう?」
アネモネがそう言うと、サラは頷く。
「そこも大丈夫よ。魔力はマナとオドの二つあることは教えたわよね?」
「うん」
「そのうち、種族を判別するのはオドのほう。だから自らオドを見せるか、異常を使わない限りは大丈夫……多分」
「た、多分?」
「正確には何百年、何千年も生きてきた天使だったり、私たち悪魔の魔力を常日頃から感じている聖騎士だったりしない限りは大丈夫よ」
「そうなんだ……」
そんな話をしながら二人は寮の方へと向かっていく。この学園は全寮制で、全校生徒は寮に入らないといけない。そして、寮部屋は基本二人部屋だ。この学園に多額の寄付金を寄せていれば、一人部屋にもできるが、それは一部の人だけだ。
「ねぇ、サラ。私たちの部屋ってどこか知ってる?」
「えっとね……確かそこの角部屋だったはず……あっ、あった」
「ここ?」
「そうそう。荷物はもう先にこっちに運んでくれてるはず……」
そう言いながら二人は部屋へと入る。そこは二人がいつも使っていた宿屋の部屋の、ふたまわりは大きいであろう部屋があった。壁や床も掃除が行き届いており、部屋の中央には二人の荷物が置かれている。
「すごーい!」
サラの家の部屋よりも断然いい部屋に、サラは興奮を隠しきれない。部屋にお風呂場がついていて、宿屋よりもふかふかのベットがあり、そして、ふかふかのソファーがあるのだ。
――コンコンコン
「ん?誰か来たみたい私が出るね」
「ありがとう。それじゃあ私は部屋を見てから、荷物の整理をしておくね」
「ありがとう。そうしてもらえると助かる」
はしゃいでいる途中のサラを置いて、アネモネは扉を開けた。するとそこには、メアリーと知らない女子生徒が立っていた。
「やっほー、メアリー先輩だよ~」
「……どうしたんですか、メアリーさん」
「む~……メアリー"先輩"と呼んでほしいんだけどなぁ……特にアネモネちゃんには」
「どうしてですか……?」
「なんか、気の強い子が私を敬ってるんだなぁって思うとちょっと優越感が……」
そこまでメアリーが言うと、隣にいたアネモネもサラも見たことがない生徒が、メアリーの頭にチョップを喰らわせた。
「申し訳ありません。メアリーが暴走してしまいまして……名乗り遅れました。私、メアリーのルームメイトのカリーナ・ミラーと申します」
にこりと笑うカリーナは、どことなく聖職者のトップである聖女と呼ばれる人が連想させられる。
「いてて……カリーナは聖職者だけど、見習いだからこの学園で光属性を学びたいんだって。まぁ、見習いって言ってもあの聖女の直々の弟子らしいけど」
「師匠は私にまだまだだとおっしゃっておりますので……聖騎士の方がまだ光属性を使える。と……」
「案外厳しいんですね。聖女様となると、誰にでも優しいとお聞きするんですが……」
「あれ?なんかアネモネちゃんの態度が私の時とカリーナの時とじゃ全く違うぞ~?」
「メアリーがアネモネさんに変なことを言わなければよかった話じゃありませんか」
「う~……カリーナは厳しいなぁ……」
そんなメアリーとカリーナの話に、アネモネが割って入る。
「それより、どうして私たちの部屋に来たんですか?」
「ん?あ~、カリーナが二人のことを見ておきたいって言っててね。ほら、サラちゃんって結構優遇されてる特待生でしょ?優遇されるってことは、それだけ優秀だから、カリーナは一目見ときたいんだって」
「はい。サラさんでしたよね?今、彼女はどこに?」
「部屋の中にいますけど……紹介しましょうか?」
「是非とも」
「それじゃあどうぞ上がって下さい」
「お邪魔しま~す」
「お邪魔します」
そうしてメアリーとカリーナの二人は、サラとアネモネの部屋に上がった。ちょうどその時、サラは一通り荷物を出し終わり、ソファーでゆっくりしていたところだ。
「メアリー先輩!……と、そちらの方は?」
「あなたがサラさんですね。私、カリー……」
「ねえ!カリーナ!私のこと先輩だって!聞いた?聞いた?!」
「メアリー……あなたねぇ……そんなんだからアネモネさんに呆れられるんですよ」
やれやれと言わんばかりの表情に加えて、カリーナはため息をつく。そんなやり取りを見て、アネモネもため息をついた。サラだけがその場で何を言っているのかわからないというような表情を浮かべている。
「サラ……調子乗るから、先輩って呼ぶのはナシね」
「そんな!せっかく言ってもらったのに!アネモネちゃんの薄情者!鬼!悪魔!」
実際悪魔なんだけどなぁ。と思いながら、アネモネは追加でサラに約束事を付けた。
「あと、メアリー先輩と会っても無視してね」
「えっ……それは悪いよ……」
「大丈夫。カリーナ先輩も了承してくれるはず」
そう言ってアネモネがカリーナの方を向くと、カリーナは無言でうなずく。それを了承と受け取ったアネモネはサラに再び向き直り、「だってさ」と言った。
「ええ……」
「それより先ほどメアリーに邪魔されたのでもう一度自己紹介を。カリーナ・ミラーと申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。カリーナ先輩」
「サラさんは推薦で受かった生徒の中でも特別だと聞いていますが……」
「そ、そうなんですか?」
「はい。私たちの学年では噂ですよ。火、水、氷、風、地、雷、光の七属性を使う一年生が入学した。と。そのうち一年生でも話題になるんじゃないですか?」
「それは……私はあまり目立ちたくないので、いいことではない気もしますね……」
「そうなのですか?……まぁ、目立つのは避けられないと思いますので、頑張ってください。何かあれば私たちにも相談してもらって構いませんので」
「はいはい!私がサラちゃんの相談聞く!」
メアリーがそう言うと、カリーナは笑顔のままメアリーの頭にチョップを喰らわせ、さっき言ったことを言いなおす。
「失礼。"私"に相談してくださいね」
「ねぇ!"私たち"って言ってたじゃん!なんで"私"って言いなおしたの?!」
「少し静かにしてください、メアリー」
「アッ、ハイ」
カリーナの顔は笑っているが、その笑顔に反して、とてつもない圧をメアリーに向けてはなっている。その圧に気圧されて、メアリーは急に弱気になった。それを見ていたアネモネはこらえきれずに噴き出した。
その後はメアリーがカリーナに脅されながら、アネモネに馬鹿にされ、それをサラがただオロオロと何もできないまま一日が終わった。




