四話「天使のモヤモヤ」
眼帯を付けた少女はいつものように、少年に紅茶を淹れていた。もう何年もしていることだ。これくらい息をするように簡単にできる。
「どうぞ」
「ありがとう」
少年と少女の間に会話はほとんどない。それもそのはず。少女は少年の使用人だ。使用人は主人の目があるところでは主人の命令したこと優先だ。私情を優先してはならない。
「気になることがあったんだ」
「どうしたのでしょうか?」
「この前の受験のことなんだけど……七属性の魔法を使っていた受験生がいたんだろう?」
「はい。私が見た限り、闇属性以外の魔法全てを使えることができます」
「そうか。……あの子はほぼ確実に入学する。君はその子を見張っててくれないか?……そして、僕が王座に就く時の障害になるかどうか見極めてほしい」
「かしこまりました」
「それと、今日はもう休んでいいよ」
「ありがとうございます」
そう言って少女は少年のいる部屋を出た。そして自分の部屋へと向かう。少女は少年の専属使用人なので、普通の使用人とは違い、少し豪華な一人部屋が与えられている。
「はぁ……。あの子……サラ・ガーネットといいましたっけ?……あの子を見ると、妙な感じがします……」
そんな独り言をこぼしながら、自分の部屋へと戻っていく。そして、少女は自室へと入ると、すぐに体を洗った。洗ったと言っても人間のようにお風呂で体を清めるのではなく、魔法を使って体を清めるのだ。……と言っても、天使族はほとんど体は汚れないのだが……
「気分的にこうしたほうがいいだけですから……ええ……」
しばらく仮眠をとろう。と少女は決め、ベットで眠りについた。
* * *
「……」
少女は記憶喪失だ。ここ5年しか記憶が無いのだ。どこで生まれて、どこで生きていたのかもわからない。気づけば街の裏路地に立っていた。
「……ふぅ」
5年よりももっと長く生きていると少女の中には根拠のない確信がある。しかし、なぜそんな根拠があるのかは全くわからない。何か小さな理由があるわけでもない。考えても、考えても、全く何もわからない。
しかし、あの少女。サラ・ガーネットのことを見てから、なぜか心がざわつく。サラ・ガーネットは何かを知っているかもしれない。それに、少年からも命令されたのだ。早く接触するに越したことはない。
「そろそろ仕事をしますか……」
そうして少女は仕事に戻る。今日の仕事は少女の主である少年。この国の第二王子であるアベル・オ―ヴ・アジェルリーヴァンのお忍びの護衛だ。
「殿下……お食事の時間です」
「ありがとう。でも、今日は朝食は大丈夫。下げてくれ」
「はい?」
「その代わり、早く街へ行きたいんだ!」
そう言って、アベルは自室の扉を開けた。彼は庶民らしい服を着て、もうすでに街へお忍びに行く準備は完了している。
「はぁ……行きますよ、"オーヴ"」
「ああ。一緒に行こう!"リスタ"!」
二人はいつも、街へ出かけるときはこの瞬間から第二王子の専属使用人であるリスタ・ノートから、ただの少女のリスタへ。そして、第二王子であるアベル・オーヴ・アルジェリーヴァンからただの少年のオーヴへとなるのだ。
「それじゃあいつもの方法でお願い」
「はぁ……全く……」
そう言いながらも、リスタはアベルの部屋へと入っていく。そうしてリスタが魔法を使った。
「行きますよ」
空を飛ぶ感覚はいつも気持ちがいい。アベルはリスタの手をつかむと、リスタは自分の背中から羽を生やし、窓から二人とも落ちた。かと思うと、二人の体は空を飛ぶ。
「やっぱり空はいいね」
「そうでしょうか?……私は特にそう思いませんが……」
「表情が暗いよ。もっと笑ってみてくれ」
「……こ、こうでしょうか?」
そう言ってリスタは、にやりと薄気味悪い笑みを浮かべる。にっこりとした笑顔とは程遠い表情だ。
「全く……優しく笑えないと話すのに苦労するよ?」
「大丈夫です。私は特に気にしていませんので」
君が気にしなくても、周りや僕が気にするんだけどなぁ……という言葉ぐっと飲みこみ、アベルはリスタに笑いかける。
「そろそろ着地しますよ」
「わかったよ」
そうして二人は街の裏路地へと着地する。リスタは幻覚の魔法を自分とアベルにかけているので、街の人たちに見られることはない。
「それじゃあ最初は何から行く?やっぱり食べ物かな?」
「その前に服を整えて下さい」
「はいはい。これで大丈夫だよね?」
「はい。それで大丈夫です」
リスタはよく人のことを気遣っていると、アベルは思っている。ただ、少し堅苦しすぎるとも、同時に思っているのだ。
(もう少し柔らかくなってもいいと思うんだけど……)
そんなことを考えながら、アベルは街の中のただの少年へとなっていった。それにリスタもついて行く。いつものような主の後ろを歩くのではなく、友人の横を歩くような歩き方で、リスタは街を歩いていく。
どこでそんな演技の仕方を覚えたのかはさておき、アベルは街のいたるところに興味を巡らせる。何回も来ているが、何度見ても興味は尽きない。
(殿下はあまり目立たないように行動してほしいのですが……)
リスタは自分の主の行動に頭を抱える。
(まぁ……いつもの殿下よりは楽しそうなのでいいのでしょうか?)
「リスタ、あれを見てくれ。あそこで買い食いしよう」
「わかった。はい、お金」
「ありがとう。リスタは準備がいいね」
「オーヴが準備をしてないだけ。いつもいつも私に持たせるから」
「そうだったね」
不満が漏れてるよ……とアベルは思うが、これは自分が悪いので何とも言えない。それよりも、この前来たときはなかった食べ物が気になる。そうしてアベルは食べ物を二人分買い、一つは自分に、もう一つはリスタに渡す。……のではなく、もう一つも自分で食べた。
「よく食べますね」
「ああ……王城じゃこうやって食べられないからね」
「幸せそうですね」
「幸せだよ。こうやって食べ物を食べるときは幸せだ。それにこうやって隠れてお忍びに来ていることも幸せだ」
「そうですか……私がいなければどうしていたんですか?」
「魔法のことかい?」
「ええ」
「それなら別の人に頼んでたよ。僕は、第二王子だからね」
アベルがそう言うと、リスタは信じられないようなものを見る目で、アベルを見る。
「権力を振りかざして自分の欲求を満たすのはどうかと……」
「いいだろう?国王になればこんなことも簡単にはできないんだ」
「それなら国王にならなければいいじゃないですか」
「……それでもいいけど……リスタは僕の兄をどう思う?」
アベルの兄。つまり第一王子のことだ。第一王子と第二王子はどちらも貴族からの支持は厚いが、第一王子は好戦派。つまり、他国との戦争を望んでいる。しかし、アベルは戦争には反対しているのだ。お互いメリットもデメリットもあるのだ。
「カイン・レーレット・アルジェリーヴァン。好戦派。他国と戦争をすれば恐らく死者は多数でる……」
「そう。……僕はね。あまり民には死んでほしくない。だって、こうやってただ毎日を過ごしてもらいたい。こんなに幸せな日々を手放してもらいたくないんだ」
「しかし、戦争に勝てば土地も広くなりますよ?」
「十分広いんじゃないのかい?」
「では、もし戦争を仕掛けられたら?」
「その時は和解でも申し出よう」
「では……」
「ここでこんな話はやめよう。もし周りに聞かれでもしたら、危ないからね」
アベルがそう言うと、リスタは「わかった」と言って、言いかけていた言葉を飲み込んだ。ものわかりが良すぎて少し不安になるアベルは、苦笑いをしながらまた街を歩きだした。それにぴったりと続いてリスタも歩き出す。
今日はまだ、始まったばかり。お忍びの時間はまだまだ続くのだ。




