一話「魔法の練習」
サラとアネモネが契約を交わしてから、一か月ほどが経った。この一か月間、学園の入試の実技試験のためにアネモネはサラに魔法を教えていた。
サラとアネモネは推薦状があるが、種類が違う。サラの場合は筆記試験のほとんどを免除され、魔法の実技に合格すれば入学がほとんど確定するような物。アネモネは筆記試験が一般入試のものよりも簡単な問題になり、代わりに実技試験で点数を取るというものだ。両者にあまり違いはないが、筆記試験の数が違う。元々サラは魔法以外のことにそれほど興味がなかったので、筆記試験の免除はかなりありがたかった。
「氷魔法ができない……どうしても地面が凍っちゃう……」
「アハハッ!ま~たこの辺りの気温が下がってる。変な噂立てられても知らないよ?」
アネモネはサラが変えたこの場所を見て、楽しそうに笑う。どういう状況なのかというと、いつもの森の中の開けた場所で魔法の練習をしていたサラは、氷属性魔法を暴走させてしまい、そこら一体を氷漬けにしてしまったということだ。こんな感じのことは魔法を学び始めた者たちにはよくあることだ。数日前にもサラは、光属性魔法を暴走させて、ここら一体の草木の成長を促し、アネモネが作ったこの場所にまた草木が大量に生えてきたのだ。
「モネ~……このままじゃ大丈夫かなぁ?」
「知らない。私はガクエンって場所をよく知らないから。サラみたいな歳の人間と契約したのはこれが初めてなの」
「そうだったんだ……昔はどんな人たちと契約してたの?」
「ん~……それはまた話すよ。さ!もう一回実践しよう!」
そうしてアネモネはサラに氷属性魔法を再び教える。それからちょうどお昼の時間になり、サラの母親に持たせてもらった弁当を二人で食べ、これからのことについて少し話し合う。
「サラ。ラヒューエル学園ってどんな場所?」
「う~ん……私も詳しいわけじゃないけど、この国で一番の魔法を学べる学園だよ。その学園を卒業したほとんどの人たちが優秀な魔法師や、魔法研究員になってるんだって」
「へぇ~、じゃあサラも魔法師になるの?」
「うん。多分?」
「なんで疑問形なの?」
「だって、そのうちアネモネのことがばれたら逃げないといけないじゃない」
「まぁ……その時はその時じゃない?」
「あなたのことでもあるのよ?他人事すぎない?」
「だって、今考えても仕方ないし……生き物の行動の仕方はその時その時で違うから……サラみたいに悪魔と一緒にいる人もいれば、聖騎士たちみたいに私たちを殺そうとしてくる人もいる。それに、殺し方もそれぞれだから、その時に考えて行動しないと生きてても楽しくないよ?」
「まぁそうだけど……」
「まあまあそんな暗い顔しない!そんな時が起きた日の次は必ずいいことが起きるから!」
そんな時、サラの視界に写るアネモネにケイトが重なった。『明日はもっとよくなるよね』という言葉はサラを勇気づける言葉だ。その言葉を言っていたケイトは、いつもその言葉をサラに向けて、そしてケイト自身に向けて言っていた。
「何?なんでそんなに嬉しそうなの?」
「いやぁ……その言葉、私好きだよ」
「どの言葉?」
「次は必ずいいことが起こるってところ。私の幼馴染が同じような言葉を言ってて、それ言われたらちょっと勇気出るんだ」
「ふ~ん……」
サラがアネモネに幼馴染の話をすると、アネモネの雰囲気が少し変わった。
「え、な、何?」
「もういいや!魔法の実践は終わり!魔力ちょうだい!」
「え……今魔力ないんだけど……」
「魔法で使う魔力と私が取ってる魔力は違うの!……それも知らないのなら今度教えてあげる!さ!魔力ちょうだい!」
そうして強引にアネモネはサラから魔力を奪い取る。
「ん!んんん!!ん~!」
引きはがそうとしてもアネモネは魔物だ。普通の人間よりも遥かに力は強い。最終的には半分以上吸われ、サラはその場にへたり込んでしまった。
「ぷはっ……もぉ……」
「サラが幼馴染の話なんかするのがダメなんだよ!」
「?」
サラは何が何だかわからないような顔をして、ゆっくりと立ち上がる。
「サラ、いい?私たちはこれからは協力して生活しましょう。だから、一緒に住んでもいいかしら?」
「え……あと学園の受験まで二週間くらいだけど……」
「それでも二週間一緒に住んでみt……一緒に住んだ方が色々便利でしょ?」
「今一緒に住んでみたいって……」
「違うから!色々便利だから一緒に住むの!」
そう念を押すアネモネの顔は赤く染まっていた。それを見てサラは呆然とした。悪魔にも恥じらいという感情があるのか、と、サラは思ったのだ。
「それじゃあ一緒に帰ろう。お母さんとお父さんには話しておくから」
「ちゃんと悪魔ってことは隠してね」
「そんなの分かってるよ」
そうしてサラはアネモネの手を引く。誰もいないその森には、二人の少女を阻む者は誰もいない。何者にも阻むことはできない。
「モネ、一緒に行こう!」
「もちろん!」
そうしてサラたちは森の中を駆け抜け、街を駆ける。二人の少女が困難を切り抜ける。
* * *
「……」
「どうした?」
一人の少年が少女に聞く。少女はその少年の方を向いた。その少女の両目は眼帯が付けられている。盲目なのか、はたまた別の何かなのか……しかしそれでも少女は人の形をしている。
「少し胸騒ぎがしまして……」
「胸騒ぎ?」
「ええ……なんといえばいいのでしょうか……」
「いいよ。君の伝え方で」
「黒色が私たちの周りで渦巻いているような……しかし私たちには黒色がまとわりつかない……ですので、黒色は私たちに直接関係しないのです。しかし、間接的には関係してくる。」
「つまり、危険が迫ってるということかな?」
「直感ですが…………申し訳ありません。私の伝え方が下手で……その、人と話さなかった期間が空きすぎたもので……」
「ふむ……それも仕方がない。それよりもオドは補給しなくていいのかい?」
「それでは失礼して……」
そうして少女は自分の額と少年の額をくっつけた。淡い光が二人の間を通り、少女の方へと入っていく。
「失礼しました」
「大丈夫だよ。ここには誰もいないんだ。君の正体がばれることもない」
「…………貴方は……」
そうして少女は何かを言おうとしたが、諦めたかのように小さくため息をついた。
「どうしたの?何か言おうとしたけど……それにため息をついて、君らしくない」
「……貴方は不思議な方です。こんな私を拾ってくれて……オドも提供してくれるどうしてなんでしょうか?」
「………どうしてだろうね。……なんとなく、君を助けたかっただけだよ」
そう言って少年は机の上に置いてある本を読みだす。最近ちまたで流行っているという娯楽小説だ。内容はよく知らないが、普通の恋愛小説だったはずだ。
(私も、人間だったら……恋愛というものができたのでしょうか?)
少女は普通をいつも待ち望んでいた……普通の人間を。二年前に少年と出会ってから人の普通の生活が手に入った。そんな生活をさせてくれる彼に感謝している。しかし、種族がこの世界にいる者たちと違う。それが少女の一番の壁なのだ。
「"殿下"……どうして貴方は私に優しくしてくれるのでしょう……こんな私をどうして拾ってくれたのでしょう……」
「ん?何か言ったかい?」
「いえ、何も」
「そう?あ、そうだ。しばらく休憩してくれてもいいよ。君はもう二日も休んでないだろう?」
「大丈夫です。二日程度なら……」
「二日休んでいない人間はそんなにピンピンしてないんだよ?人間の普通を望むのなら、人間の普通を知らないとね?」
「……そうですか、なら暇をいただきます」
「うん。ゆっくり休んでね」
「それでは、失礼します」
そうして少女は少年がいる部屋を出ていく。しばらくすると、少女は人気のない場所へと向かった。その場所は少女がゆっくりと休む際に使う秘密の場所だ。
「はぁ……」
少女が息を全て吐く。すると、少女が自分にかけていた魔法が全て解けた。"幻覚の魔法"という光属性、"または"闇属性魔法だ。"または"というのは、どちらの属性にも当てはまるということだ。その魔法は見える物をごまかすことができるようになる。この少女の使う幻覚の魔法は上級の魔法師の目ですら欺くことのできる物だ。それを今解いた。
すると、少女の背中には大きな一対の白い翼が現れ、頭の上には光の輪が浮かび上がった。悪魔と対なる存在。そう、少女は"天使"なのだ。
「明日はどうなるでしょうか……」
そうつぶやき、少女は窓から飛んだ。時間はすでに夜なので誰かに見つかる心配もない。真っ白な翼を羽ばたかせ、空を飛ぶ。上空から見下ろす少女の目は、真っ白な羽とは程遠い、暗い瞳だった。




