一話「また明日」
「明日はもっとよくなるよね。」
それが私の幼馴染。"ケイト"の口癖だった。ケイトと私はいつも一緒だった。彼女はいつも前向きで、前しか見ない人だったと言っても過言ではない。でも、人間だからどうしても後ろを向いていた時はあるかもしれない。だって、彼女は……生まれた時から余命が決まっていた。
彼女は、"天上からの使者" 教会からそう告げられた。司祭様たちによると、生まれた時から肩甲骨のあたりに羽のような紋章が刻まれている人が"天上からの使者"と呼ばれる特別な存在らしい。それに該当する人たちは例外なく十歳までに死ぬ。そしてそれによって死んでしまった人たちは神々の元へ行って神々の使者として存在することになるのだそう。だけど私は、そんなことを望んでいなかった。彼女が唯一の友達だったから。だから、一人ぼっちになるのが嫌だったから……
* * *
「これでよし。あとは一日待つだけ」
サラ・ガーネットはいつものように薬を作っていた。サラの家は小さい薬屋だ。だから、父と母の手伝いをしている。
「サラー!ちょっとこっち来て手伝ってくれない?」
「は~い!わかったお母さん!」
サラは母に呼ばれて、手伝いをする。今日の手伝いは何だろうとサラが考えていると、母から一枚の紙を手渡された。
「何これ?」
「材料のメモ。近くの森で採れるから採ってきて」
「え~、でも……」
「最近出るっていう魔物のことなら大丈夫よ。昨日退治されたみたいだから」
「あ、本当?なら行ってきま~す!」
そう言ってサラはメモと材料を入れるためのかごを持ち、近くの森へと入っていった。森の中には魔物という魔力を生命力とした生物が存在している。一応サラは魔法の知識があるので、弱い魔物くらいなら対処できる。
「えーっと、これと、これだね」
そうしてサラは薬の材料を集める。たまに木になっているリンゴをちぎり、サラはそれをかじりながら森を散策していた。そんな時、ガサガサと近くの茂みが揺れる。
「……動物?それとも魔物?」
とにかくどちらだとしても警戒しないといけない。
「っ?!この魔物って……」
その魔物はオスのヤギのような立派な角を持ち、体は成人男性位の大きさで、黒い体毛に覆われているという。"それ"は、最近巷で噂になっていた魔物と似た特徴を持っていた。
(でも、お母さんは退治されたって……つまり、別の魔物?!)
確かによく見てみると、噂になっていた魔物と同じような特徴があるが、違うところもある。例えば、体の大きさが違っていたり、影になっていてわかりづらかったが、黒色の体毛ではなく、どことなくこげ茶色の体毛だ。
しかし、危険なことには変わりないだろう。どうやって逃げようかとサラが模索していると、魔物がサラの方へと襲い掛かってきた。
「わっ!」
ギリギリのところで避けたのだが、木の根に足を引っかけて転んでしまった。すでに向こうはサラの方に牙を向けていた。
――ガアァ!!
(あ、やば……)
すると、サラが見る世界はゆっくりに感じた。もう死ぬのか。と、サラは意識してしまった。そんな時、サラの頬を風が撫でる。かと思うと、目の前の魔物の体は真っ二つになっていた。
「な、何?!」
サラがあたりを見渡してみると、木の上に一人の少女が立っていた。灰色の髪に、金色の目。そこだけ見れば人間だと疑わなかっただろう。しかしその少女の頭には、さっきの魔物のような立派なヤギのような角がついていた。
サラはその正体を初めて見るのだが、本の中に出てきたことがあるので知っている。それは人の欲望が顕現した魔物で、魔物の中では珍しく高い知性を持っており、時には国を滅ぼすほどの力を持っている個体もいるというそれらの名前は、
"悪魔"
「……貴女」
「な、なんですか?」
悪魔の威圧感に押されて、サラは完全に委縮してしまう。死というものがすぐそばまで来ていることがわかる。嫌な汗が背中を伝う。今すぐに逃げ出したいのに体がこわばって動かない。
そして、その悪魔はサラの目の前に降りてきて、サラを凝視する。サラが体を震わせていると、サラの手を握る。サラの中にふわりとした感覚が訪れたかと思うと、とてつもない疲労感が襲う。
「へ……?」
「うん……やっぱり上質な魔力。美味しい」
ペロリと舌なめずりをした悪魔は、サラにこんなことを言った。
「私にその魔力。頂戴?ああ、もちろん殺しなんかしない。だって、こんなにおいしい魔力の源を断つなんてもったいない。だ、け、ど……私の姿を見られた以上。私に危害が加わる可能性が出てくる。本当はこんなことしたくないんだけど、私は貴女を脅さなくちゃいけない」
「ひっ?!」
そうして悪魔はどこからともなく出した短剣をサラの首元に突きつけた。
「選んで。死か、魔力を提供するか」
悪魔は世界の敵だ。そんな敵に魔力を提供するなんて絶対に嫌だ。サラはそう思う。しかし、それは思うだけで、できるなら生の選択をするのだ。やはり生きる者は生に執着するのだ。それだけは変えられない。だからサラの選択はこうだ。
「死にたく、ないです……」
「フフッ……そんなに震えないで。貴女が私に魔力を提供するお礼と言っては何だけど、今日の所は家に帰してあげる。あ、薬草も全部そっちに送るから。だから、明日また。ここにきてね。待ってるよ」
そう言って悪魔の少女は指を鳴らす。すると、サラの体の周りに光の粒子が飛び回る。しばらくすると、サラは自宅の前に座っていた。隣には薬草の入ったかごが置かれている。立ち上がると立ち眩みがする。これは恐らくさっきの悪魔に魔力を吸われすぎたのだろう。
「あれ?あなたいつの間に帰ってきたの?」
「あ、お母さん。ちょっと魔法使いすぎちゃって……」
「まぁまぁ。魔物が多かったの?」
「う、うん。」
「ほんとに大丈夫?顔が真っ青よ?どれだけ魔力使ったの?ほら、鏡見て」
「ほん、とだ。じゃあちょっと休むね」
そうしてサラは自室に戻り、ベットに体を預けた。しばらくすると魔力が無くなりかけているせいで眠気が襲って来た。サラはその眠気に抗わずに身を任せ、夢の世界へと落ちていった。
* * *
とある夜。一人の少女は羽を伸ばしていた。そういう比喩ではない。物理的に羽を伸ばしているのだ。その羽の色は闇夜に溶け込むような黒で、若干青くも見れる。そんな少女は木の上に座りながら今日起こった嬉しいことを思い出して舞い上がっていた。
「とっても美味しい食料だったなぁ……それにしてもこの子、可哀そう」
悪魔は奪った人物の魔力からその人のごく一部の記憶を見ることができる。そして、悪魔が奪った魔力にはこんな記憶が載っていた。
"天上からの使者"になった友人
それを見て悪魔は少女に同情した。そして再確認した。やはり神々は我々とは相容れない存在だ。と。悪魔と神々は昔から対立していた。なぜなのかはわからないが、恐らく昔の悪魔たちもこのことを嫌ったのだろう。"自分に利が出て、相手には利が出ない"という神々のやり方に対して。
「私たちは違う。だってその人の願いを叶えてあげてるからね」
誰もいないのにその少女はどや顔で独り言をつぶやいている。そんな独り言が数分続いた後、少女は街の方を向きなおし、とある家に向けてこんなことを言った。
「いい夢を。また明日ね」