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山の魔王の宮殿にて

ええ、ええこのお話はもうやめましょう。代わりにもっと面白いお話をして上げます。どうしましょうか。ええと、こわい魔王とうつくしいご令嬢のお話なんてどうです。あなた様の好きそうな話だ。それがいい?承知しました。ではそのお話をして上げましょう。いいですか、それは昔の昔のそのまた昔、今からちょうど500年だか600年前のことです。


───物見の櫓は天下のかすがい、盛りし国家に戦火の患い。黒き波間に法師が揺られ、浅からざりしは苫の池。ひとりの兵士、鎖をはずして隣のいくさに功を得た。いつしか高きに昇り詰め、齢は五十四・五・六の、ふとった閣下となりにけり。戦う男の定めとしては、その精力も強きものにて、弱冠時より嫁二人、息子と娘は四人ずつ。しかして偉大であればこそ、基より生まれはご病弱、その形質は遺伝せられて、四人の息子の四人は死んだ。その妻もまた病弱なりしは、20の時に片方夭折、もう片方では40歳。娘も嫁ぐか天へと召され、閣下の親族、末娘のみと相成れば、であればこそのその愛は、吾人の範疇優に超え、ただ唯一なる愛娘、手塩にかけて育てなさった。


ところが清流憂しには及ばず、閣下もそろそろヤキ回りし時、東の魔王のいたずら心で、14の娘は拐かされた。以来苦しみ、悲しみの極、職務や遊びはままならず、元帥の座も辞退せられて、ただただ魔王を打ち倒し、子戻すことのみ計画せり。国王、閣下を心配せられて、そのお言葉にあることには、「我が第一の忠臣よ、お前の苦しみいかほどか、若き頃より国のため、朕のためにて努力なされた。今こそ時は来たり、国家をあげて魔王の城攻め、娘もかならず取り戻す。」人の言葉は半分真実、さりとて半分虚構なりしは、国の王とて例外にあらず、陛下の本心さにあらず。ご本人すら気づいちゃいないが、魔王を攻める口実できたと、密かに喜びほくそ笑む。流石に閣下は偉大なお方、そんなことなど百も承知だ。それでも娘を取り戻すため、気づかぬふりして乗っかった。魔王の城へと通告なさって、不入の権こそ今では形骸、長きに渡る貴公の狼藉、もはや朕らも耐え難く、閣下の娘を返さざるなら兵士引き連れ攻め入ると。魔王の返答、存外の極致、陛下のご意思は十分わかった、ならば娘は返します。しかしてそれには条件がある。閣下が東へ来ることだ。侍従数人許可するが、兵士は決して連れてはならぬ。聞き終わらぬうち国王怒り、以下の会話をしなさった。


「渡りの鳥らの言葉を聞けば、船出の声にて干からび朽ちる。閣下よ、あなたは行ってはならぬ。これは罠です。しかも稚拙だ」

「老体なりしも心は変わらず、ただ有明の月ぞ残れる。過去の遺物の私ではあるが、それに気づかぬ馬鹿ではない。陛下、私はそれでも行きます。私は所詮老人だ。若い世代に全てを託そう、そうして私は娘と共に、長く平穏な日々を送ろう、そう思っていた頃でありました。あの青い影の日は。もはや命は惜しからず、娘を戻すためならば、我が身割れても私は向かう」

「そうか、それなら仕方がない。お前のたっての頼みであればだ。武運を祈る」

そして閣下は侍従を連れて、東の城へと出向かれた。


魔王の城の門のした、数人の門番、閣下に怒鳴り言うことには、

「愛が欲しくば右を見よ。誠意が欲しくば左もだ。鋭利な時計は網をも狂わす、いさかい魔王の館へようこそ。貴殿は例の閣下であるか」

「いかにも、私は娘の父だ。私は愛も誠意もいらぬ。そういうものとは縁切ったのだ。通してもらおう、かがりの門番」

「了解した。今から貴殿を入城させる。応接間へと案内いたす」

応接間にて、魔王は椅子に座りにけり。閣下の椅子も用意せられて、首と首とが均等となった。

「はるばるようこそ、私の居城へ。長旅疲れましたろう。お疲れのところ申し訳ないが、少し聞きたいことがある」

「ゆがみ公子に夜ごと侍って、ブーケを手渡す野蛮な人よ。私に聞きたいこととは何か」

「手厳しいことをおっしゃる人だ。異言のねじまき醜い風貌、たのみの綱は弛緩とくるとは」

「全て貴様の悪行であろう、今すぐにでも斬り伏せたいが」

「無能に与える言葉は二つ、お世辞の謝罪とありがとう。喧嘩をしてもしようがない。とにかく聞きたいことがある。娘取り戻すつもりのようだ、しかして娘の気持ちはどうか。娘は帰りたがっているのか」

「逆さの性根を掻き回す人、お前に何がわかるのか。あれは私の愛娘、帰宅を拒むわけがない」

「ああ愚かなり、穢れた軍人。娘の袖、濡れにぞ濡れし色は変わらず。人の性根の裏の裏、芯の色合いごまかしなさんな。本人に聞けば早いだろう。さ、出てくるがいい」

娘は姿を現した。

「おお我が娘、我が娘。よくぞ生きて戻ってくれた。さあさ、一緒に家へ帰ろう」

「お父様、私はあなたに感謝している。さりとて帰りは致しません。私はずっと魔王様のもとで生を送ることにしたのです」

「お前はどうしてしまったのだね?魔王に何か吹き込まれたのか?もしくは洗脳されているのか、私の娘に、私の娘に何をした」

「お父様、正気な私です。あなたはご存知ないでしょうが、左舷の心は急進的にて、それでも情は誰より厚く。去りし月日はいずれも帰らず、人の命も同じこと。意外に魔王はいいお方、残念ながらあなたより。私は一生この地で過ごし、魔女の一人となるのです」

「言葉の重さを知っているかね?お前は娘だ、可愛い娘。救国閣下の一人の娘。14年もの長き月日に、私はお前を一人で育てた。その私よりも出会って数日、下世話な魔王が優れているとは、古き言葉を借りるなら、隣の芝は青いの典型か」

「あなたは何もご存知ない。私はあなたが嫌いです。嫌いで嫌いでしようがなかった。あなたはこの世にいるべきでない。人を殺して財を手にする。汚い手口の軍人め」

「ああ、ああ、そうか。どうしてだ。私の何がいけなかったのだ。お前のためなら私は死ねる。だからここまでやってきたのだ、お前は私を裏切るか」

「お黙りなさい、ご老人。余計なお世話でございます。正義は悪い、悪こそ正義。あなたは正義の悪となり、金を稼いで女遊びし、私という人産んだのだ。お前は悪人、大悪人だ」

父親、ついに言葉を失い、よろめき倒れて地に伏せた。一人の侍従、黙っていられず、思わず挟んだ口は以下なり。

「私はこのかた30年間、閣下に仕えてきたものです。失礼ですがご令嬢、あなたは自分をわかっているのか」

「差し出がましい小鳥さん、あなたのお家はどこですか。私はあなたと面識はある、文句を言われる筋合いはない」

「あなたのために言うのではない、閣下のために言うのである。あなたはご存知ないでしょうが、侍従は誰もが知っているのだ。あなたを失いそれ以降、閣下の苦しみいかばかり」

「そんなことには興味はない。さっさと飛び去れ小鳥さん」

「閣下はあなたを強く想った。あなたのためには全てを捨てる、そういう覚悟を持っていた。それに引き換えあなたはどうだ。父の気持ちを踏みにじり、一体どういうご了見、それとも何かのご病気か?」

「鳩は平和を象徴し、同時に病原運び出す。野良猫一匹、襲いかかって、首から上のみ捕食した。あなたは鳩です。我が父も。いずれは降るわ、天罰が」

「ご病気、ご病気、ご病気だ。ご令嬢、あなたは病気に罹患なされた。多感な年頃特有の、例の病気だ、いまいましい。暗室のみならまだしもだ、あなたはそれを顕現せられ、国中全てに迷惑をかけ、全く忌々しいことだ。あなたに教えて上げましょう。人の言葉は全て虚構で、その一方では全て真実。この世はリアルだ、小説ではない。はたまた虚構さ、現実でもない。誰もがそれを知っている。知っているから生きていられる。あなたはそれをご存知ない。ご存知ないからそのように、薄い論理を振りかざす。あなたは所詮は小娘です。何がわかるというのかね。身の程を知れ、ドラ娘」

「私を愚弄しましたね。ドラ娘とはひどい言い草、私はあなたの主人です。閣下の娘なのですよ」

「そら出た、そら出た、権力頼り。上の奴らはいつもそう。悟ったような口を聞き、危険になったらすぐ権力。あなたはやはり閣下の娘。血を争うのは不可能だ。表向きのみ拒否しても、潜在的には閣下の娘」

「貴族の苦しみ、貴族のみ知り、庶民のみ知る庶民の苦しみ。どうせあなたにわからない。私の深い苦しみが。ねえ魔王さん、もう結構。この人たちを消しておしまい」

「ああわかったぞ、愛しい娘。偽りの人は消してあげよう。我らの永い栄光のために」

「恥を知るんだ、ドラ娘!あとで必ず後悔するさ、もの思う年の過ちを。ただの妄想で終えるべきこと、お前は事実にしようとしている、時は動けど止まらない!」

断末魔とは不完全、さりとて悲哀を含んだものにて、侍従は全てが命を絶たれ、真の父親、悲しみのなかに最期を迎えた。


令嬢まさしく意気揚々、ひとまず城中、自室に戻る。しかしてよろこび、長くは続かず、次第に現る種々の思い出。幼児の記憶は朦朧として、その時ばかりは鮮明に、かつての父が思い出された。そのうち彼女は自覚せしめた、自分の生の成り行きを。確かに魔王は魅力的だが、それと父とは拘らず。魔王へ自分は恋を抱いた、父へは普遍の家族愛。私の苦悩の5割ほど、父のせいには他ならず。さりとて本人、罪はない。あなた様にもお心当たりがあるはずだ。10代後半、誰しも両親邪険にし、その実深く愛しているのだ。人の思いは複雑怪奇、嫌いな相手を心底愛し、恋する相手に妬みを抱く。ご令嬢未だ14歳にて、その事実をばご存知なかった。そこに魔王がつけ入った。魔王の目的、ご令嬢にあらず、ただ国を滅ぼすことのみにあり。しかして国には元帥がいる。そのためまずは元帥殺し、戦力減らせと企んだのだ。令嬢流石に閣下の子にて、やがては事実に気がついた。しかして少し遅かった。魔王の策略、一つにあらず。国は攻められ、崩壊し、ついには魔王が占拠せしめた。令嬢、後々放逐せられ、中途半端な魔女の能力、持ち合わせたまま生きる羽目。国民彼女を忌み嫌い、魔王も彼女を邪険にし、もはや貴族の面影あらず、落ちぶれ行方を絶ったという。さりとて人とは全て馬鹿、令嬢のみの罪で無く、たとい彼女がいなかったとして、いずれは国家は滅んでいたろう。令嬢の言葉借りるなら、去りし月日はいずれも帰らず、人の命も同じこと。仕方がないと諦めようか。それでも人とは馬鹿なもの。


───どうです。お気に召しましたか。え?お気に召さなかった?それは失礼つかまつりました。次はもっと面白いお話をいたしますので。もう結構?そう言わずに、どうかお聞きください。これが私の役目なのですから。次のお話は、きっともっと面白いお話になりますよ。

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