薬も時には毒となる
「あー……」
まるで二日酔いでもしたかのように優斗は頭を抱えながらうなだれていた。
現在、バーでバイト中の身でこんなことをするのは絶対NGだというのは百も承知なのだが、目の前で繰り広げられる惨状を見てはどうしてもそれを我慢をすることが出来なかった。
「Oh……これが噂のミソスープなノ?」
「そうだよ。ちなみ味噌っていうのは脳みそのみそから……つまりそれだけ大事なものであるというのが名前の由来なんだよ」
「それ本当かよ士郎!!」
「んな訳ないだろ……」
目の前で繰り広げられる出来の悪いコントにゼロコンマでツッコミを入れる優斗。
目の前にいるミント、士郎、健人の三人は楽しげに話しており、ここが店で彼らがお客である以上、ここにいることに特に言うことはないのだが、優斗はどうして問うておきたい事が一つだけあった。
「お前らなぜ、ここに来た?」
「何故って……そりゃもちろんミントちゃんにここを教える為に決まってるじゃねえか」
「教える?」
「ああ、お前と別れた後、俺と士郎はミントちゃんに学園の案内させていてな。それで、ついでだからここも紹介しようと思ってな」
質問に答える健人は何事もないように気安い口調で話す。
「だからってなんでここを紹介すんだよ……」
優斗は恨めしそうに健人を見ながら、溜め息交じり呟く。
色々特別な事情があるとは言え優斗は現在フリフリのメイド服を着てバイトをしているのだ。いくら姿格好はまったく違うとはいえ、元が男の自分にとってそれを友人に見られて逃げることもできないなんてそんなこと罰ゲームにも等しい。
もちろん健人が悪気があってやっているわけではないことはわかっているのだが、それでも愚痴の一つは言っておきたかった。
「当たり前だろ。優斗だってどこか良い店見つけたら他の人に教えたいとは思うだろ?」
「まあ……それは確かにそうだが……」
だが、健人のその言葉に優斗は、視線をそらし黙り込んでしまう。
健人の言っていることは自分もまた思っていたことで、それは正論とも言えた。店に限らず、気にいったものを他の人に教えることはおかしなことではない。だからこそ、先ほどからあまり強くは言わないようにしてきたのだが、そういったことは別として簡単に何でも割り切れるほど優斗は人間良く出来ておらず、八つ当たりだとわかっていても、どうしても健人に対しての愚痴を止めることが出来なかった。
その時、今まで黙っていた士郎が口を開く。
「優斗。僕が言うのもなんだけど今回はただ純粋に楽しむために来たんだ。色々不安になるのはわかるけど、さすがに僕達だって時と場合くらいはちゃんと考えてるよ。信用してくれないかな?」
「…………」
優斗は今度こそ完全に黙り込んでしまう。
確かに士郎達は色々とトラブルを起こす奴らではあるが、すでに1年は一緒にいてどういう奴であるかぐらいはわかっているという自負が優斗にはあった。
だが、それでも士郎達を信じることが出来ないというのならば、それはもはや裏切りという他ないのではないか?
「……そうだな。悪い、少し神経質になりすぎてたよ」
たった今自覚したこととは言え、純粋に楽しみに来た士郎達に不快感を与えてしまったのだ。心を落ち着かせて、優斗は真剣に謝罪の言葉を口にする。二人はそんな優斗に少し笑いかけた。
「謝ることはないよ。僕だって自分のやっていることは自覚しているつもりだしね」
「ああ、そうだな。優斗が俺たちに謝る必要なんてないぞ」
そんな二人を見て安心したのか、優斗の表情がいつものものに戻る。
「そうか……だが、そう思うんならもう少し自重とかをしてくれても罰はあたらないとオレは思うが?」
「ははは、そんなことを言って、はいそうですかって僕達が素直に従うと優斗は思ってるの?」
「まさか、ただなったらいいなと思って言ってみただけだ」
「そうそう。そう言う訳だからよろしく“店員さん”」
「はいはい、了解しましたよ“お客様”」
相変わらず白々しいことを言ってくる士郎になんだかんだ言ってちゃんと合わせる優斗。そしてそれを要領を得ないまま眺める健人。
そんな、いつもの関係に戻った彼ら。近くにいたマスターとミントも柔らかい視線を彼らに向けていた。
「うあー……」
だが、その数分後。優斗は数分前と同じ格好でそれよりもさらに悲惨な雰囲気を醸し出しながら頭を抱えていた。頭にあるネコ耳もペタリと力なく垂れさがっており、いかにも疲れているという雰囲気を醸し出していた。
「うーんところでさ、この首輪いい加減取ってくれないかな? さすがの私もこういう趣味はないわよ」
「誰のせいだと思ってるのよ誰の!」
「少し落ち着け愁。ここは店の中だぞ。他の人にも迷惑になる」
「うっ……ご、ごめん」
「わかればいい。だが詩織、手錠を使っても抜け出して逃げ出すようなお前には罰も兼ねてそれくらいしなければ意味はあるまい。故に却下だ」
「むうー相変わらずいやぁーなところだけは柔軟ねあんたは。ねぇネコ君もそう思わない?」
「あーはいはいそうですね……」
部長の問いに適当に応えながらはぁ……、と溜め息をついてしまう。
この憂鬱の原因は言うまでもない。目の前にいる三人、会長、副会長、部長のせいだ。首輪でつながれた詩織とその手綱を握っている愁がいがみ合い、大地はその隣で二人が他の客に迷惑をかけないように注意しながらノートパソコンと向き合っていた。
さらにその惨状の隣には先ほどからいた士郎達三人も未だにおり、約一名、それを遠目から楽しんでいる始末で、出来ることならこんな何が起きてもおかしくない空間で変なことに巻き込まれる前に逃げ出したい気分であったが、それも店員という立場上不可能であった。
「……アレ? ネコ君なんか口から赤いのが垂れてるけど大丈夫?」
「ははは、気にしないでください。ただのトマトジュースですよ。決してあまりのストレスで胃が限界を迎えたとかそういうのではないんですよソウデスヨー」
「エ? トマトジュースあるの? ワタシにもちょうだイ!」
「あの、それ冗談ですよねげぼげぼ……」
「どう見ても大丈夫そうに見えないのだが。本当に大丈夫か大島君」
赤い液体を口から垂れ流す優斗は常人であれば誰がどう見ても大丈夫そうには見えなかったが、周りにいるのがその常人とは程遠い人かそれに近しい人達であったためか、あるいは優斗にとっては珍しいことでもないと周りが思ったのか、特に騒ぎになることもなかった。
「どうした子猫ちゃん? 友の前でそんな顔はするもんじゃないぜ? それにそのかわいい顔も台無しだ」
突然頭上から聞こえてきた声。それにつられて見上げるとマスターが腕を組みながらフッ、と小さく口をゆがめてた。
相変わらずよくよく格好をつける人ではあるのだが、これで色々アレな中身を別とすれば中々細かい気遣いなんかが出来る人で、黙ってさえいれば渋い男前でもある。
だが、あくまでそういった一面もあるというだけで今の優斗にとっては何の助けにもならないことであった。
「ええ、そうでしょうね。普通ならこんな顔をするもんじゃないですよね」
そう、普通であればたかがこんなことで疲れきるなんて事はないのだ。だが、と優斗は目の前の人のいるカウンターに目を送る。
「プはー! マズイ、もう一杯! っていうんだよねこういうときは」
「いやいやさすが優斗だね。僕の期待を裏切らないよ」
「おい優斗、なんか元気なさそうだけど大丈夫か? けど大丈夫だ! ここには俺達だけじゃなくて先輩達までいるんだからな!」
「あんたさーこの前も私をふんじばったりしたけど、もしかしてそっち系なの?」
「んなわけないでしょ! 大体それ言ったらあんただってピッキングしてたじゃない!」
「あー大丈夫大丈夫。あれは偶然出来ただけで変なところでは絶対しないつもりだし、今回だって壊れないように細心の注意を払ってやったから」
「全っ然大丈夫じゃないわよ!」
「…………」
「普通なら……」
優斗はそんな絞り出したかのような力ない呟きと共に肩をガックリと落とす。
たかが普通。ただそれだけの事だというのにどうしてこうも果てしなく遠いものだと感じてしまうのだろうか?
「すまないな。騒がしくしてしまって」
今まで無言でパソコンに向き合っていた会長が顔を上げて、申し訳なさそうに優斗に謝った。
優斗がこんなにも疲れているのは自分にも責任がある、と思ったのだろう。
「いえ、謝ることはないですよ。それに、こういうのは一応慣れてるつもりですしそんな気にしないでください」
謝る会長を見て、付け足したかのようにも聞こえたが、優斗にとってそれは事実。
個性的な友人や姉達に囲まれている優斗にとって、この状況は確かにきついが、それでもまだ余裕は残っていた。
「ここに胃薬と頭痛薬はあるが使うか?」
「なんでそんなもん持って……いてもおかしくはないですね。はい」
「ああ。これがないとあいつらの相手なんてまともに出来んよ」
そう言って優斗と会長は視線を走らせると、そこには二人してお互いのほっぺたを引っ張りあう愁と詩織の姿があり、それを見た二人は同時に溜め息をつく。
「まったく……あいつらは」
「あはは……ま、まあ仲がよろしいってことで良いんじゃないですか? あ、水おかわりしますか?」
「すまない。頼むよ」
「優斗、俺にもついでにくれ」
「僕も一緒に」
「あいよ」
渡された空のカップに水をそそぎ、それぞれ手渡すと会長はすぐにそれを口に含む。パソコンからも目を離しており、ちょうどいいと思ったのか、優斗は。
「それはそうと一つ聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「ん、私で答えられるかはわからないが、なんだね?」
「何故会長達はこんなところに来たんですか? ここはその……勝手な想像なんですが、会長達が来るような場所ではないなと思いまして」
それは先ほど健人達にしたのと同じ問い。だが、健人達の時とは違い、彼らの中にここに来る目的を持ち合わせている者はいないはずで、優斗がここで働いていることも誰も知らずにいた。さらに言えば、こんなところにいることを他の人に知られれば生徒会のイメージダウンに繋がる可能性だってあるのだ。
それでもここに来る理由などどれだけ考えても皆目見当もつかなかった為、優斗は問うた。
「ああ、それは――」
「そうだよ聞いてよネコ君!」
会長が答えようとした矢先、突然大声を上げて、詩織が割り込んでくる。
余程言いたいことだったのか、ずいっとカウンター越しに身を乗り出してきていた。
「私がこんな首輪付けられてさ『人権侵害だーー!』って周りに訴えようとしたら今度は口ふさいで拉致まがいのことをしてきたんだよ! こんなの許されると思う? いくらなんでも――」
「あんたは少しその口を閉じなさい! それにそういうこと言おうとするからああいう手を使うしかなかったんでしょ! 大体あんたは――!」
「……というわけだ」
「なるほど」
その言葉に優斗は一人納得する。そんな中、隣で再び詩織と愁が喧嘩を始めたようだが、優斗にとっては関係のない話であった。
「ああ、そうだ。ついでという形になるのだが、私も君に聞きたいことがあってな」
すると、今度は会長が優斗に問いかける。
「なんですか?」
「その……何故君はそんな格好をしているんだ? いくらバイトとはいえその格好じゃなければいけないという訳ではないだろうし、まさか趣味……なんてこともないであろう?」
そんな格好、とはこのメイド服のことを言ってるのであろう。
もちろん、優斗自身が好き好んでこんな服を着ているわけでもなく、マスターに強制をされてるわけでもない。それなりの理由で我慢してこれを着ているわけで、それを説明しようと口を開きかけた時。
「いやいや、会長さん。優斗に限って趣味なんてのはまずあり得ませんよ」
突然士郎が話に割り込んでくる。
「君は確か……」
「ええ、知っての通りそこにいる優斗の友人の一人で、そちらにいる部長の忠実な部下ですよ」
「…………」
その言葉に、会長はメガネの奥に見える瞳を鋭くしながら士郎を睨めつけるように見た。
「いやだな。そんな怖い顔をなさらないでくださいよ。僕は結構な小心者なんですからそんな顔で睨まれたら……ああ、恐ろしい」
そんな大げさなリアクションと言葉とは裏腹、士郎の顔には薄らと笑みが浮かべており、明らかにこの場を楽しんでいるのが見てとれた。大概人をからかうのが好きなやつである。
「お前ホント命知らずだな」
「何を言ってるんだい優斗。ただ僕は君と会長の話が気になって少しお話をしただけじゃないか。ああ、それと――」
「はいはい、お前は少し口を閉じてろ。会長、こいつ相手してるとまずきりがないですから、適当に相手するぐらいでいいですよ」
「そうだな……だが、この学校にはさまざまな生徒がいて、どうしても無視するわけにはいかない生徒も少なくはないんだ……例えば、君の部長のような人とかな」
「そうですか。それは災難ですね」
先ほどの鋭い視線に加え、底冷えするような、重い声でほとんどの人が畏怖を覚えるような威圧を前にしても、士郎はどこ吹く風という様子で変わらず涼しい顔をしている。前々から怖いもの知らずなやつとは思っていたが、まさかここまで命知らずなやつだとは優斗も思ってもいなかった。
「…………」
「…………」
にこやかに笑う士郎、鋭い目つきの会長。対照的な二人の間には会話こそなくなるものの、この場に似つかわしくない張りつめた空気が横たわる。
さすがにそろそろまずいか――その空気を感じとって、いい加減士郎を止めようと声を掛けようとした時。
「ちょっとシロウ。ワタシとかならともかく他のヒトに対してソレはやりすぎヨ」
隣に座っていたミントが士郎を注意した。その予期せぬ人物からの言葉に優斗は注意することを忘れるほど驚き、目を丸くしてしまう。
「おやおや、そうだったかい?」
「当たり前デショ。そういうトコロはホント相変わらずネアナタは」
その会話を聞いて、そう言えば二人は従兄妹だったっけ、と今更ながら思い出す。
顔を見ても呆れ半分といった様子でおそらくミントは本気で言っているのだろう。
「やれやれ……あいつに気にいられているから一筋縄ではいかないとは思っていたが、まさかここまでとはな……」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてるつもりは全くないんだがな。というよりわかって言っているだろ君は」
自分の注意どころか、親しい人間からの注意にもまったく態度を改めない士郎には先ほどまであれだけ怖い顔をしていた会長も溜め息をつきながらあきれ果てており、張りつめた空気も霧散させていた。
「……まあいい、君についてはまた今度ということにしておこう。それで大島君、すまないが先ほどの話の続きを頼む」
これ以上話をしても時間の無駄と思ったのか、士郎との会話を早々に切り上げずれていた話を修正する。実際無視をするのが正解であるのだが、それでも渋々と言った表情でいる辺り、彼の生真面目さが垣間見える。
「あ、はい。オレがこの服を着ている理由でしたね。それはオレに合うサイズの制服がここにないからなんですよ」
「合うサイズがない? ならば合うサイズのものを取り寄せればいいと思うのだが……それは出来ないのか?」
その優斗の返答に会長が訊ねる。
それがどのような物であるかはわからないが、制服であるというなら優斗に合わせて新しい制服を作るのは不可能ではないはずである。だが、優斗は首を横に振った。
「いや、それは出来るんですよ。ただ、それをするとお金がかかってしまいましてね、そうなると自分の給料から引かれることになりまして……それで……その……」
「なるほどね。つまりは優斗はプライドよりもお金の方を優先したと、優斗らしいね」
優斗がだんだん声を小さくして言い淀んでいるところを士郎が容赦なく続けて言った。
元々借金を返すために始めた事なので、ぶっちゃけてしまえばその通りなのだが、もう少し言い方ってもんがあるだろ、と優斗がジト目で睨めつけるが、やはり楽しそうな笑みを返されるだけだった。
「おいおい子猫ちゃん。本当にお前はその顔をするのが好きだな。それともそれがお前さんの笑顔とでも言うのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
マスターに見咎められ、優斗はすぐに取り繕った。
しかし、そうは口にしていても優斗の顔は一向に晴れず、しかめっ面を張り付けたまんまだった。
「フッ……言われて直れば苦労はしないか。ならこいつでも飲んで少しはリラックスをしな」
そう言ってマスターはカウンターから一本の瓶といくつかのコップを取りだした。
カップには琥珀色の液体がなみなみと注がれていき、満たされた一つが優斗の目の前に置かれる。
「安心しろ。これは酒じゃない」
「マスター、今は仕事中ですよ。いくらなんでもこれは……」
「子猫ちゃん、ここの店は誰の物だい」
「……わかりましたよ。ですけどどうなってもオレは知りませんよ?」
「フッ、大丈夫さ……お前らも一緒に飲め。こいつは俺のおごりだ」
そう言って呆れた様子の優斗を尻目に士郎達に先ほどから注ぎ込んでいたカップを渡していく。
その突然の差し入れに戸惑う人もいたが、折角の好意ということでそれぞれ差し出されたものに口をつける。
「へぇ」
「これは中々……」
「すごいおいしい……」
その味にそこかしこから感嘆の声が上がる。
これが何なのかはわからないが、鼻をくすぐる芳醇な薫り、筆舌に尽くしがたい調和のとれた甘味と酸味から、これがただの安物でないと感じさせるには十分だった。
「あの、これって一体なんなんですか?」
「これか? これは客から貰ったハーブ酒だ」
お、お酒って!? とその言葉に愁は驚いてむせてしまう。そんな彼女を見てマスターは、
「落ち着けお嬢ちゃん。酒と言っても度数の低いもので飲んでも影響はない。ジュースみたいなもんだ」
「う、嘘じゃないですよね?」
「ああ。いくらなんでも未成年に酒を飲ませるなんて真似するわけがないだろ」
店もまだたたみたくはないしな、と呟くマスターを見て、そりゃそうよね……と愁は一度落ちついてからもう一度グラスを傾ける。
もし仮に本当にお酒を提供した場合、まず間違いなくこの店をたたむことになるだろう。だが、彼がそこまでする理由などあるようには見えないし、やるメリットなんて『他人の酔う姿を見るのが好き』なんてしょうもないものでもない限りないに等しい。
と、ここまで考えてあとは打ち切った。これ以上こんなことを考えても無駄だし、それ以上に今はこの至極の一品で楽しむことに集中していたかった。再びゴクリゴクリとおいしそうに喉を鳴らしていく。
「そうっれすよ! マスターがそんにゃことするわけなっいじゃないですか~」
誰がやったか、次の瞬間、ブーッ!! と何かを噴き出した音が何処からか聞こえてきた。
「んえ? どうひたんれすかみなはん?」
ほぼ全員の視線が驚きと共にそこに集まると片手にカップ、もう片方にいつの間に奪ったのか瓶が握られていた優斗はキョトンとした表情で聞き返してきた。
ろれつが回っておらず、顔もまるで熱でもあるかのように真っ赤。その上いつも不機嫌そうに吊り上っていた目じりは見る影もなく垂れさがり、目も完全に据わっていた。
そう、これは誰がどう見ても、
「酔ってるじゃないですか!? どういうことですかこれは!」
「落ち着けってお嬢ちゃん。そんなに興奮してると頭の血管がブチ切れるぜ?」
「んなもん年がら年中ブチ切れてますよ! おもに隣にいる奴のせいで!」
「確かに私はあんたを怒らせはしてると思ってるけど、そこまでブチ切れてんのはあんたが悪いと思うんだけど」
「シャラップッ!!」
バン! と愁がカウンターを叩いて大声を出す。その衝撃でカウンターの上に乗っていたカップの中身がこぼれるが、鬼のような形相で怒り狂う愁に対してそれを指摘する命知らずはいなかった。
「な~にしてりゅんでしゅか副会長。折角のものがこぼれちゃったじゃにゃいですか!」
……いや、いた。もはや理性という名のストッパーが完全に壊れ、アクセル全開のフルスロットル状態の優斗が不機嫌そうに愁に詰め寄って抗議をしている。よくよく見ると優斗が持っているカップから数滴ほど水滴が垂れた跡のようなものがあった。たかがそれだけのことなのだが、それが余程頭にきたのか、優斗の顔は完全に酔っぱらっているが本気であった。マジと書いて本気であった。
「え? い、いやだけどね……」
抗議している側からされる側に移った愁はその突然の理不尽に近い抗議にどう対応したもんか、としどろもどろしているが、頭のネジが完全にぶっ飛んでいる優斗は関係なしと畳みかけてくる。
「なんでしゅか、オレはなんか間違った事を言ってますかぁ!?」
「ちょ、ちょっと待……」
「間違ってりゅんでしゅかぁ? だったらオレが何年何月何日何時何分何秒に何処で何をどう間違ったのか文字制限時間制限なし日本語で言ってみてくだしゃいよぉ!」
「あ、あー……そのー……」
この酔っ払い無敵である。
もはや学園での恐怖の象徴である天下の副会長も打つ手なし、と言わんばかりに圧倒する優斗から身を引いてやり過ごそうと必死であった。
「ワタシ知ってるワ。こういう時は頭にネクタイを巻くのヨネ?」
「それは間違った知識だ。君は一体どこでそんな知識を……」
「おや? こんなところに偶然酔っ払い仮装セットが」
「用意をするな。というか君のせいだな」
「た…だ…し…い…酔っ払いの格好、っと」
「お前も人のパソコンでなに調べようとしている」
そんな中、猛威をふるう酔っ払い台風一号の勢力圏外である安全地帯からのんびりとした会話が聞こえてくる。愁が必死にヘルプの視線を送っているが、当然の如く助けようとする人は誰一人としていない。人間が自然災害に対して無力で、ただ過ぎ去るのを待つしかないというのがわかっているからだ。
「愁の犠牲を無駄にしない為にも聞きますが、これは一体何なんですか?」
もはや死亡扱いにすらされた愁を横目に大地が琥珀色の液体の入ったカップを持ちながらマスターに聞く。
いくらジュースではない、と言われても優斗のここまでの変貌ぶりを見てしまえば、誰でも疑いの一つも覚えてしまう。事実、優斗がああなってからはそれに口をつける者はおらず、今もマスターからの言葉を待っていた。
それを見てマスターはニヤリと笑みを浮かべながら、
「こいつはただのジュースさ……マタタビが入っているな」
「マタタビ?」
「ああ。俺達にとってはただのジュースだが、子猫ちゃんにとっては極上の酒ってわけさ……身体に悪くないな」
「じゃあ知っていて飲ませたんですか?」
「そうだ。子猫ちゃんはとにかく真面目なやつだからな。これくらいしないとストレスを解消できないだろう?」
フッ、と笑み浮かべるマスターに対して大地は天を仰いだ。
言っていることは間違いではないのだが、もし仮にこのことを全て優斗が憶えてるとしたらどういう反応をするか想像に難くないだろう。
だが、すでにどうこう言ってもどうにもならないところまできてしまったので、大地が出来る事と言ったらこのことを優斗が全て忘れていることを願うことぐらいであった。
「うぃー……にゃー……」
台風未だ勢力衰えず。被害拡大はほぼ確実なり。
クロ「どーも、明けましたね。明けましたよークロです」
先生「かなり今更感あるわねそれ」
クロ「今更でも一応新年初だからね。礼儀としてこれくらいはやっといた方がいいでしょ」
先生「ふぅん……と言ってもそんなふざけたあいさつじゃ喧嘩売ってるようにしか見えないんだけど?」
クロ「そこはまぁ茶目っけがあるってことで許してくれるでしょ……うん」
先生「そんなことより時間の無駄なんだからさっさと次行きなさいよ。私はあんたと違って暇じゃないの」
クロ「りょーかい。えーと……今回は部長ですね」
名前 水橋詩織 年齢 18歳 3年生 風由学園 新聞部 部長
身長 155cm 体重 54kg
髪の色 水色 髪型 ぼさぼさとしたセミショート 一人称 私
新聞部部長でありこの学園っでも有数の問題児として数えられている存在。
とにかく性格から行動まで全てが自由奔放で、周りをひっかきまわす事に関しては右に出る者はまずいない。
しかし、そのさっぱりとした性格がいまいち憎みきれないキャラを作っており、問題行動が容認される事も意外と多かったりする。
一方で『実際に見て聞いて触ったものでなければ本当の意味で理解はできない』という信条を持っており、どんな取材にも一切の妥協はしないという一面も持っている。
生徒会の愁と大地とは幼稚園からの付き合いで、『昔はああじゃなかった。大きなぬいぐるみを抱えた気弱でかわいい子だったのに、どうしてあんな暴力的な子になっちゃったんだろう……』と嘆いた数分後、顔を真っ赤にした愁と追いかけっこをする姿を多数の生徒に目撃されている。
背は小さいものの出ているところはしっかり出ていて、その笑顔も中々キュートと男子からの人気は結構上々だったり。
クロ「こんなところか」
先生「なんかどうでもいい情報が多くて肝心なところが抜けてない?」
クロ「ハハハんなまさか……まさか……次回に続くッス」