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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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アイーシャとシャウル

 「ここは落ち着くなあ……。」


 リアは、良い香りのするハーブティーを啜って溜息をついた。


 「リア、おちつくって何?」


 「居心地がいいってことだよ。」


 リアは自分の膝に、小さな子供を抱き上げた。


 「僕もおちつく!リアのお膝、おちつく!」


 「そうか、そうか。」


 「まあ、まあ!お前は本当にリア様が大好きねえ!リア様、重くありません?シャウルは最近日増しに大きくなって。」


 「いいことじゃないか。体調はどうなの?」


 「去年よりは大分いいです。春先は要注意なのですが、今年は大きな発作は数回で済んでます。」


 「それでも、発作はあるんだ。」


 「ええ、本当に不憫ですわ。私もダンガラール様もとても健康なのに。私の父の、肺が弱かったのが出てしまったんですね。」


 「成長して出なくなるといいのにな。」


 「本当に。」


 アイーシャはシャウルの頭をくしゃくしゃと撫でた。それから、はっと気付いたようにリアの傍らで膝を付く。


 「お祝いを申し上げるのが、すっかり遅くなってしまいましたわ。リア様、正式な皇太子の承認、誠におめでとうございます。心よりお慶び申し上げます。」


 「正式じゃないってば。」


 「では非公式の。何れにせよ、お目出度いことですわ!」


 「何故知っている?……ああ、ラトルか。」


 「ええ。ラトルと私はかなり年が離れておりますが、王族に仕える同志です。上が把握しておかないと、部下にどう指示を与えるべきか分かりません。ラトルはここへ来て、ぶつぶつ愚痴っていきましたわ。」


 「王族に仕えるって……。アイーシャの立場はどっちかっていうと、仕えられる側なんじゃないか?それに部下って……。」


 「部下はおりませんが。立場は変わっても心は変わりません。」


 「そういうものなのかな。私としてはシャウルを推していたんだけど。」


 「とんでもございません!!リア様とこの子では出自が違いすぎます!!」


 「そういうのもどうかと思うんだよ。優秀だったら誰でもいいんじゃないか?」


 「まあ、リア様!優秀も何も……。」


 アイーシャは笑いながら手を振った。


 「シャウルはまだ三歳ですわ!優秀かどうかなんて誰にも分りません!」


 「父上もそう言っておられた。で、私になったんだけど。」


 「それがよろしいですわ、優秀な方がいらっしゃるんだから。リア様なら血筋的にも能力的にも、誰もが納得します。」


 「まさかアイーシャからそんな言葉が出るとはね。」


 「ふふ、本当ですわね。お転婆、なんて言葉では当てはまりませんでしたもの。はねかえりで向こう見ずで、口より先に手が出る。この姫様の将来は一体どうなってしまうのだろうと心底心配致しましたが、こんなに素敵な姫様にお育ちになられました。この子は軍へ入れるとダンガラール様が仰った時には、猛烈に反対致しましたわ。だって、近衛のお飾りとしてだけでなく、本当に戦場に遣るんですもの。」


 「あれは、私が希望したんだよ。」


 「存じております。あの頃の私は、本当に気が気ではありませんでしたわ。」


 「結果的に、元気に生きてるからいいじゃないか。」


 「そうなんですのよねえ。軍神……戦場の女神、ですか。今のリア様からはとても想像が付きませんわ。きっと勇ましく、美しいのでしょうね。」


 「そんな訳ないだろう?戦場って特殊なテンションだから、その時はそんな風に見えるだけだよ。」


 「信じませんよ。数々の伝説が物語っております。兵士達があなた様のお話をする時は、まるで神を信仰するかのようです。」


 「へえ。」


 「……また、戦ですか?」


 アイーシャは目を伏せて尋ねた。


 「違うよ。」


 「では、危ない橋を渡られるのですね。」


 「どうしてそう思う?」


 「リア様がいらして下さったから。」


 「…………。」


 「出陣の前には、必ずお立ち寄りくださるんですね。お優しい。」


 「急に、アイーシャとシャウルに会いたくなっただけだよ。」


 「思い出していただけて嬉しいですわ。」


 アイーシャはにっこりと笑った。


 「ラトルはよく来るの?」


 「時々、ですわね。彼も忙しいから。」


 「で、散々愚痴っていくわけだ。」


 「ラトルは、自身の仕事をこよなく愛しておりますのよ。只、思い入れが深いせいか、思うところも何かとあるようで。」


 「ったく!こっちはこっちで色々あるだろうに!」


 「いいんですのよ、ストレスを発散しに来るのはラトルだけではありませんし。」


 「ラトルだけではない?」


 「何故なんでしょうね。馴染みのある侍女や兵士なんかも来て、結構ここは賑やかなんですのよ。」


 「そうなんだ。」


 「この間なんて知らない若い侍女が来て、ここの占いがよく当たると聞いて来たって言うんですの。」


 「何だ、そりゃ。」


 リアはテーブルに突っ伏した。


 「で?」


 リアは顔を上げて、アイーシャを見た。


 「で、アイーシャはどうなの?エリ夫人とかマドレーヌ夫人とかに苛められてるんじゃないのか?」


 「まあ!」


 「昨日久し振りにエリ夫人に会ったけど、だんだんおかしな方向に育ってるみたいだから。」


 「リア様、育つだなんて。……そうですわね、会って楽しい方ではありませんけど、上手くやり過ごしておりますわ。」


 「本当に?」


 「ええ。王宮に上がる時は多少嫌なことはありますけど、私は殆どこっちにおりますもの。エリ様が王宮から下ることはありません。」


 「そう?それも気になっていたんだ。アイーシャもこんな三の郭なんかにいないで、王宮に……せめて一の郭に来たら?そうしたらもっと頻繁に会えるし。アイーシャだって、立場的にはエリ夫人と一緒なんだから。」


 「リア様、ありがとうございます。でも、私達にはここが合っているんです。立場が一緒とはいっても、やはり違います。私が侍女だったことは事実ですから。」


 「父上は引っ越して来いって言わない?」


 「最近は仰いませんね。王宮から抜ける良い息抜きになってらっしゃるみたいですわ。」


 「なるほどね。」


 「だから、私達はこれでいいんです。ダンガラール様の運動不足解消の為にも。」


 「それは言える。実際、こっちの方が面白いしな。少し足を伸ばせばすぐに城下だ。」


 「良い気分転換になりますわ。」


 「ね、シャウルを街に連れ出していい?私も久し振りに街が見たい。」


 「勿論ですわ。」


 「リア、街に行くの?」


 「うん、一緒に行こう。シャウルは何が好き?」


 「綿あめ!」


 「綿あめか。よしよし、姉ちゃんが何でも買ってあげるよ。」


 「わーい!」


 「じゃ、シャウルをちょっと借りるよ。」


 「行ってらっしゃい。」


 アイーシャは手を繋いで歩く二人を、目を細めて見送った。



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