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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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朝の来ない夜はない

 朝の来ない夜はない。


 リア達が一夜を明かした無人島にも、夜明け前の薄明りが射したと思ったら待ち侘びた太陽がぐんぐんと昇り、横からの眩しい光が辺りを照らした。


 これから先どうなるか分からない。それでも闇を貫く日の光は、彼等に一時の安寧を与えた。日没振りにお互いの顔を見た彼等は、酷い顔だと言い合いながら笑った。






     ★★★





 「クララ、気持ちは分かるけどちゃんと食べないと。」


 「え、ええ……。」


 リアが促すと、クララは渋々オレンジを手に取った。しかし、苦虫を嚙み潰したような顔をしていつまでも咀嚼している。


 幸いなことに、この島には野生のオレンジが生っていた。だがその味は酸っぱくてとても美味しいとは言い難い。とは言っても、食べられる物がふんだんにあるということは非常に有用なことだった。

 今朝の朝食は、酸っぱいオレンジ、サニーが小石を投げて落とした野鳥一羽、リアが捕まえた牛ガエル二匹。ボートには非常用の硬いパンが積んであったが、海に浸かっていたせいでベチョベチョだ。しかしこれも水に晒してカピカピになるまで十分に乾かし、焼いて砕いて食べたら結構な嵩になるかもしれない。剣も弓も常備しているから食料は何とかなりそうだ。


 「牛ガエル、うまいっすね。」


 サニーはアチアチッと言いながら、焼いたカエルを引き裂いた。


 「だろう?私も大好物。」


 リアもハフハフ言いながらカエルを頬張った。


 「クララ、本当に美味しいよ。こうやって裂いちゃえば鶏肉と変わらないだろう?」


 サニーはクララに裂いた肉を差し出したが、彼女は銅像のように硬直してしまった。


 「や、無理にとは言わないよ……。」


 「…………。」


 「まあ、食べつけない物を食べてお腹壊してもよくないしな。それにしてもクララ、よく塩と胡椒を持って来たな!!」


 「…………。」


 「これがあるのとないのじゃ全然違う!流石私の侍女――。」


 「そんなんじゃありません!!」


 クララは叫びながらリアの言葉を遮った。


 「ち……違うんです!!サニーに水だけ運んでと言われておりましたのに、これが全部海に沈むのかと思いますとつい勿体なくって……。」


 「でかした!!」


 「ですからリア様、違うんですの!!この服、ポケットがいっぱいあるんですもの。何も考えずに次から次へと詰め込んでしまっただけですわ!!」


 「クララ、お前は本当にいい仕事をする。まさかこんな物まで入っていたとはな。」


 リアは傍らにあった細長い小箱を手に取り弄んだ。


 「全く記憶にございません。それは……煙草ですか?」


 「うん。吸う?」


 「いいえ、滅相もございません!!」


 「あ、そう。サニーは?」


 「ください。」


 「ん。」


 リアはもう消え掛かっている火種で煙草をふかしてサニーに手渡すと、自分用にも一本付けた。二人はすぅーっと息を吸い込みふぅっと吐くと、煙は奇妙な渦を巻きながら鬱蒼とした緑の中へと消えていった。


 「リア様……煙草なんて嗜みましたっけ?」


 クララが尋ねるとリアは首を振った。


 「いや、嗜まないよ。だけどこういう時にあると非常に嬉しい。」


 「分かります。僕なんてこんな嗜好品とても手が出せないけど、こういう時に吸えるととても嬉しい。」


 「分かるー。」


 二人は気持ちよさそうにプカーッと息を吐き、クララはそんな彼等を横目で見ながらそっと溜息をついた。


 「サニー、ところでさ。」


 リアは消えてゆく煙の行方を追いながら、サニーに問い掛けた。


 「何ですか?」


 「ジョナサン号について知りたいんだけど。何か詳しいこと分かる?」


 「うん……。」


 サニーもリアと同様に、煙をぼんやりと見つめた。


 「そうですね……。僕が言えることだけ言います。もっとベテランの兵士だったら僕よりも多くのものが見えていたと思うけど。」


 「構わない。私は陸上戦では他人には見えてないものも見えているようだが、海上では何が何だかさっぱり。お前は新人だけどプロだ。お前の見立ての方がよっぽど確かだろう。」


 「分かりました。そうだな……ジョナサン号は、ごく一般的な六人漕ぎの小型船だということには変わりないと思います。無理矢理詰め込んだとしても九人……から十一人が限界というところか……。」


 「そんなもん!?二十人位いたような気がするが!?」


 「そんなにいたら、うちがどうこうする前に勝手に沈んでくれますよ。」


 「そうなのか?」


 「そうですよ。しかもあのスピード。重すぎる船にあの速さは出せないし、ちょっとした旋回でも転覆する可能性が高いです。」


 「なるほど。漕ぎ手六人プラス戦闘員三から五というところか。」


 「違います。」


 「え、違うの?」


 「多分。えーと、ジョナサン号が近付いて来た時、僕等はその様子をずっと見てたじゃないですか?」


 「うん。」


 「今考えると妙な違和感があるんだ。」


 「と言うと?」


 「漕ぎ手に関してはよく観察する時間があった。そこにちょっとね。奴らは兵士には見えない。かと言って漁師にも見えない。海賊でもない。筋肉隆々のこいつらは一体何なんだろう、と。」


 「ほう。」


 「何か分類し辛い人種なんだ。一番近いのは傭兵かなって……。」


 「傭兵だって!?」


 「それが一番しっくりくる。船乗りは皆逞しいけど、奴らは何だか筋肉の付き方が違ってた。どいつもこいつもがたいがよくって、船の漕ぎ方なんか知らなくても短期間で習得出来たのかなって。つまりね、漕ぎ手も全員戦闘員だったんじゃないのかなと。」


 「そうなの!?」


 「あくまでも僕の見立てだよ!でもそう考えると納得がいくんだ。新人ばかりだけど兵士の僕達が負けた理由。海戦の合理性なんて全部すっとばして、戦闘員が船も漕ぐ。最初に迫って来た時は、六人全員が漕いでいた。火矢を飛ばすには二人は必要かな。だけど、船が十分うちに近付いたのなら、漕ぎ手の一人か二人は射手に回ればいい。軍もそういうことをするけど、ちょっとニュアンスが違うでしょう?弓が得意な兵士は弓に専念して、漕ぎが得意な兵士は漕ぎに専念して。令があればすぐにシフトチェンジ出来るけれど、奴らは令がなくとも自然にそういうことをやっていたのだと思う。」 


 「そういうことか。」


 「奴らの人数についても単なる目安です。あんな大男が十一人、というのは正直きついと思います。だけどあいつらの目的は僕達を討つことで、水や食料は必要ない。火矢の設備は少々重くなるかな……。」


 「うーむぅ、なるほど。なあ、サニー、私はロープを伝って上がって来る敵を三人倒した。他に倒れた敵を見ているか?」


 リアが尋ねると、サニーは首を横に振った。


 「いいえ、見ていません。クララに頼まれるまでもまく、僕もクララをどこに隠そうかと必死でした。もしかしたら女がいると分かった途端、拉致される可能性もあったでしょう?」


 「そうだよな。」


 「酒樽を思い付き、一樽だけ絶対に倒れないように縛っていたんで、実は周りのことがあまり分かっていないんです。すみません。」


 「謝ることはない。お前のお陰でクララは助かった。感謝している。」


 リアがそう言うと、サニーはいたずらっ子のような目をして頭を掻いた。


 「実は僕もそう思っているんです。ちょっと巡り合わせが悪くて僕が漕ぎに回っていたら、そんなこと思い付きもしなかった。結果的に一人は守れて良かったよ。」


 「偉いねえ!!」


 リアがサニーの頭をぐりぐりすると、サニーはどさくさに紛れてリアの頬にキスした。


 「そういうことだからな、クララ!」


 リアがクララを振り返ると、彼女は深々とお辞儀をした。


 「お前の存在はお前が思っている以上に大きいんだ。もう、私をおいてお行きくださいませとか聞きたくないからな!」


 クララは更に深々と頭を下げる。そして顔を上げると、やにわに二つ目のオレンジを手に取りむしゃむしゃと食べ始めた。


 「ん。お前も偉いねえ。……サニー、と言うことはさ、倒れた敵の数が最低三人だったとして、今この島にいるのは六から八ってことになるのかな?」


 「うーん、そうとも言い切れないんじゃないかな。」


 サニーは腕組みをして考え込んだ。


 「どういうこと?」


 「ほら、敵が常に最低人数だけで行動しているとは限らないじゃないですか?何人だか分からないけどこの島をアジトとしてる敵はもっといて、精鋭だけが襲撃に向かった、とか。」


 「そうか!」


 「それにしても奴らは一体どこから湧いたんだろう?エクリスタは虱潰しに調べただろうし、エクリスタ以外の造船なんて有り得ないし……。」


 「そうだよなあ。たとえ他でこっそり造ったとしても、エクリスタ以外から船は出せないんだろう?」


 「はい。周辺の漁港も他に五カ所しかないし、勿論エクリスタの管轄内です。漁港以外はほぼ崖でしょう?」


 「だよなあ……。」


 「うん…………あ!!」


 「何だ!?」


 「あ、いえ…………有り得ない。」


 サニーは自身の考えに首を振った。


 「何だ?気になる。」


 「すみません、煮詰まって変なことを考えました。エクリスタから絶対に船が出せないのなら、レスカからの攻撃なのかなと。でもそれはないです。僕等もあなたも何百回でも殺される機会があった。」


 「それは正しい。そして視点がいい。では例えば……アーネスタントからの攻撃の可能性は?」


 「え?……ないです。この航路を利用しているのは、殆どがセイントレア国かレスカ国です。右も左も分からないアーネスタント国がこの周辺を調べるとしたら、大規模な調査が必要でしょう。そしたら、うちかレスカ国が絶対に気付く。」


 「そうか!ということは、この周辺はセイントレア船とレスカ船が多く通るということだな?」


 「ええ。実際に僕等も通っていた訳だし。」


 「では、狼煙でも焚いたら我々に気付いて貰える可能性がある?」


 「ああ……どうでしょう……?僕達から船は見えるでしょうけど、船から僕達が見えるかな……?ルートから随分南に寄ってしまっているし。それよりも、船に気付いて貰える前にこの島にいる敵に気付かれると思いますけど。」


 「おお、そうだった!!」


 「しっかりしてくださいよ。」


 「うーむぅ……。」


 二人は煙草をふかしながら考え込んだ。


 「まあ、分からない問題は後にしよう。ところでサニー、お前にはこの無人島の位置がどの辺なのか分かっているのか?」


 「はい。かなりセイントレアに近いですよ。セイントレアーレスカ間の航路で割ったら、四分の一ってところですか。」


 「そんなに!?朗報だ!!」


 「朗報……ですか?」


 「違うのか?では、質問を変えよう。我々がこのボートをえっちらおっちら漕いで、セイントレアに帰ることは可能か?」


 「不可能です。」


 「絶対に駄目?」


 「絶対に駄目です。」


 「あ、そう……。海っていうのは厳しいもんだな。」


 「その通りです。この海は鮫も出ますし、夜間に嵐にでもなったら転覆する前に雨量でボートが沈みますよ。」


 「そうだよね。」


 「もっと現実的に考えた方がいいと思います。ここから見える海を観察して、航路を通る船が見えるのかとか、その域へ行くのにこのボートで行けるのかとか。」


 「お前本当に頭がいいねえ。なあサニー、このボートではセイントレアまで行けないにしても、六人漕ぎの船なら可能なんだよな?」


 「まあ、そうですね。ボートよりは遥かに高さがあるから鮫の襲撃も避けられるし、もし嵐に遭ってもちゃんと分かっている人間が乗っていたら何とか乗り切れる。そもそもこの海はあまり荒れないんで、天候を見極めて無理をしなかったらそんなに難しいことはないと思うよ。」


 「なるほど。ならば、六人漕ぎの船を二人で漕いでセイントレアまで渡るということは可能だろうか?」


 「は?リア、何を言って…………え――――っ!!」


 リアの思惑に気付き、サニーはひっくり返った。


 「や、や、無理です!!そんなの聞いたことない!!」


 「無理は承知で考えるんだよ!我々のこの状況自体が聞いたこともないだろうからさ!」


 「そ、そうなんですけど!!ああ、もう、本当に……あなたは女神なんだ。」


 「只の素人考えだ。」


 「よくもまあそんなことが思い付きますよね。確かに……この島には六人漕ぎの船がある。」


 「そう、ジョナサン号がね。」


 リアはニコッと笑った。


 「それをどう手に入れるかは別として、二人で漕いでゆくことは可能なのか?」


 「ちょ、ちょっと待ってください!!今真剣に考えますから!!」


 サニーは頭を抱え込み、うーんと唸り声を上げた。やがて首を振りながら静かに口を開いた。


 「可能か不可能かで言ったら、可能だと思います。」


 「いいじゃないか!」


 「そんなに簡単なものじゃないですけど。だけど僕だってセイントレアに帰りたい。帰還に必要不可欠な条件を言います。」


 「おう。」


 「一つは敵がいないこと。敵のことは考えずに、二人で船を漕いで帰ることが可能なのか言及します。二つ目は天候が安定していること。これは僕が分かると思います。三つ目は、僕たちが二人ではなく三人だということ。リアと僕とどんなに一生懸命船を漕いでも、潮の流れには敵いません。クララを舵取りに立たせ、目標物を見失わないようにする。時には僕ら二人とも左舷側を漕いだりすることもあると思います。」


 「なるほど。」


 「そんな……!!私、舵取りが何なのかも知りませんのよ!!」


 「いいんです!あなたは目標物に対して、西へ逸れていますとか教えてくれるだけでいいんです。」


 「ああ、それでしたら。」


 「実際に舵を取りたくなったら取って貰っても構わないから。だけどね、リア。話は最初に戻るけど、これは敵がいなくて綺麗な六人漕ぎの船があるということが前提ですよ。」


 「うん、分かってる。それなんだけどさ。」


 小首を傾げて考え込んでいたリアは、不意に顔を上げた。


 「まずは偵察が必要だよな。」


 「僕もそう思います。」


 リアの意見にサニーも追随した。


 「じゃ、ちょっと行って来るわ。」


 「はい、お供します。」


 「いや、お前はいい。」


 「はい。…………え?」


 リアの思わぬ返答に、サニーはキョトンとした。


 「何故ですか?」


 「うーん……端的に言うと、お前には人の気配があるんだ。」


 「人の気配……ですか?」


 「誰もいない筈の船室でそれがありありと分かった。これを消すには経験値が必要だ。つまり場数だ。お前と二人で行くよりも私一人の方が安全性が高い。」


 「そうですか。」


 「それより、お前とクララには隠れ家を整えてほしい。昨夜は取り敢えずここで過ごしたが、ここを引き払ってもっと発見し辛く、逃げ易く、外の状況が分かり易く、水の入手が安易な所。長い滞在になるかもしれないんだろう?」


 「そうですね……分かりました。」


 「明日のこの時間くらいには一度ここへ戻る。迎えに来てくれ。」


 「了解しました。戻られなかったら?」


 「任せる。本当は長丁場に備えて隠れ家を整備してほしいところだが、私が帰って来ないと気になるだろう?だから任せる。」


 「そんな!!」


 クララが泣きそうな顔で叫んだ。


 「駄目です!!そんなの絶対に嫌です!!あなたはセイントレア国の王女なんですよ!!」


 「そうだけどさ。だけどそうだからさ。クララ、そんな顔をしないで。私は本当に偵察に行って帰ってくるだけ。このまま三人でこうしていてもどうにもならないだろう?それには私が単独で行くことが最も効率的なんだ。」


 「リア様……。」


 「無理はしない。敵がどういう状況なのか観察して戻って来る。その後のことは三人で考えよう。それよりクララ、私が戻って来るまでにあのグダグダのパンをどうにかしておいてくれると嬉しいな。」


 リアがそう言うと、クララは涙を溜めてリアに抱き付いた。リアはその背をぽんぽんと叩く。リアの胸元から押し殺したような小さな呟きが聞こえた。


 「私……美味しいパンを作って待っておりますから……絶対に召し上がってくださいね……。」


 「うん!!」


 祈るようなか細い声で言うクララの背を、リアはぎゅっと抱きしめた。






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