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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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黒い影

 リアは暗澹たる気持ちで船員の仮眠室へと続くステップを降りた。

 恐らくここには誰もいないだろう。あの状況の中でここにいた乗組員がいるとは思えないし、いたとしたら漕ぎ場から逃げて来たか甲板から逃げて来たか……何れにせよ屍だ。

 ステップを降り切った途端、リアは妙な違和感を覚えた。


 ……誰かいる!!


 人の気配というのは何故こうも独特なのだろうか?フローラに指摘されるまでもなく、リアもその気配を肌で強く感じ取っていた。


 ……敵だと思うか?


 ……む……それはないんじゃないか?こんないつ沈むか分からないような船に人を残すとは思えない。


 ……だよな。負傷しているのかもしれない。混乱して攻撃されないようにこちらから声を掛けよう。


 リアは誰もいないがらんとした船室に向かって話し掛けた。


 「誰かいるのか?私はリアだ。」


 その途端、黒い影がリアを襲った。すんでのところで身を躱し、瞬間的に剣の切っ先をその影に向ける。


 「リア様!!」


 「え……クララ?」


 「リアさまぁ~、リアさまぁ~!!」


 「え、サニー?」


 戸惑っている間に、リアはズルズルと二人に押し倒されていた。






     ★★★






 「とにかく、クララを守ることだけに専念しようと思ったんです。」


 再会を喜び合った後、リアの提案で三人はデッキへと移動した。仮眠室には遺体はないし比較的落ち着いた状況で話せるが、外の様子が全く分からない。傾いたデッキから空を見上げると、日没は確実に迫っていた。


 「あの帆柱に酒樽が括り付けてあるでしょう?」


 サニーが指差した方向には、折れた帆柱の周囲に焼け焦げた酒樽が散乱しているのが見えた。


 「酒が入っている時もあるし入っていない時もあります。重さ調整で水が入っていることも。」


 「え?あそこに隠れていたのか?」


 「はい。一人でも多くの戦力が必要なのは分かっていたけど……クララにお願いされちゃったのもあるし、やっぱり……特別なんですよ、あなたとクララは。」


 「特別?」


 「リアが物凄く強いことは知っています。僕は実際に「ハドグ伝説」を見てましたから。」


 ハドグ伝説?ああ、ハドグと戦ったあれか。そんな言い方じゃまるでハドグが私に勝ったみたいじゃないか、と突っ込みたいところだったがリアは受け流した。日没まで一刻を争う。


 「それでも女性は守りたいって思うんだ。僕は新人だけど兵士だしね。」


 「そうか。だけど、あんな樽に隠れていて見つからなかったのか?」


 「見つかりました。」


 「だろうな。……えっ!?」


 「だから僕は約束通りクララの咽を掻き切ろうとしたんだけど、何故か敵は僕の腕を止めて……。」


 「はあ!?ちょっと待て、お前はクララを殺そうとしたのか!?」


 「はい。敵の手に渡り凌辱されるくらいなら僕に殺してくれと。」


 「なるほど、迷いがないのが凄い。」


 「迷っていたら僕が殺されてクララを殺せないかもしれないじゃないか。」


 「いい判断力だ。しかし、敵はお前の動きを止めたんだな?」


 「何かすっごく嫌そうな表情でした。で、そいつは元通り樽の蓋を閉めて去って行きました。僕らが見つかったのは戦闘の終盤で、暫く怒号が行き交っていましたが次第に撤収している様子が伺えました。」


 「そいつは、女と子供を殺すのと、子供が女を殺すのが嫌だったんだろうな。」


 「多分そんな感じ。僕は十七なのに十二、三くらいにしか見えないらしいから。」


 「自分が手を下すまでもなく死ぬと思ったんだろう。奴らは撤収してどこへ消えたんだ?」


 「僕達は完全に船が静まり返った後、そうっと樽から出ました。そして、ジョナサン号が去って行く姿を認めました。彼等が目指していたのは……あそこです。」


 サニーは南側に見える無人島を指し示した。その島は一つの小山のようにそそり立っていて、彼等の正面に迫っていた。


 「サニー、さっきから気になっていたのだが……。」


 「何ですか?」


 「あんな島あったっけ?」


 「あったよ!」


 サニーは非常に不可解だとでもいうように首を振った。


 「あの島の方向からジョナサン号が来たんじゃないですか!」


 「あんなに遠い所にあったのに!?ということは、この船は南へ流されている?」


 「うん。」


 「で、あの島が敵のアジトなんだな?」


 「多分。」


 「お前達は、このまま流されてあの島へ乗り込むつもりだったのか!!」


 「まさか!!」


 サニーは両手を広げて首を竦めた。


 「為す術もなく途方に暮れていただけですよ。潮の流れがたまたまあの島へ向かっていただけです。」


 「何故仮眠室にいたんだ?」


 「仲間の遺体を見ていたくなかったんです。クララもそう言うし。」


 「気持ちは分かる。私達……私も暫く放心状態だった。」


 「リアも?」


 「半ば気を失っていたのもあるけどね。お前達が生きていてくれて本当に何よりだ。」


 「それはこっちの科白です。リアがいてくれると元気が百万倍出る。」


 「うん。」


 あどけなく笑うサニーに、リアもにっこりと笑い返した。思いはサニーと同じだ。この二人が生き残ったことは、この状況下では奇跡のような救いだった。


 「これは……このまま流されていて良いのだろうか?とは言え他に手段はないし、あの島へ漂着するとも限らないし、辿り着いたところで敵が待ち構えているのかもしれないのだが。」


 「恐らくこの船はあの島へ流されます。島ってあんなに小さくても色んなものを引き寄せる力を持っているんです。あんなにちっぽけでも潮の流れが変わるし風向きも変化する。」


 「ちっぽけ?なのか、あの大きさで?」


 「はい。遠めから見たらあるかないか分からないくらいの大きさだったでしょう?」


 「確かに。」


 「だけど問題は……。」


 「問題は?」


 「あの無人島がどうのこうのよりも、この船がいつ沈んでもおかしくないということです。本当に、こんな危ういバランスの中で今まで沈まなかったのが凄い幸運だ。」


 「このままあの島に漂着するのを待っていても駄目だということだな?」


 「はい。僕はさっき、この船はあの島へ流されると言ったけど、どこかの浅瀬へ綺麗に漂着するという意味ではありません。何だか岩礁が多そうな島に見えるし、寄せては返すを繰り返して、バラバラになった船の残骸があの辺に辿り着くだろうと言うことです。」


 「そうか。あの島に十分近付いた時点で、泳いで渡るというのは不可能だろうか?」


 「僕一人だったらきっとそうしたでしょうね。だけどさ、」


 「だけど?」


 聞き返したリアに、サニーは嬉しそうに笑った。そしてそのままリアの手を取った。


 「だけど、あなたがいてくれるだけで僕は色々なことを思い出す。リアが軍神だっていうのは本当なんだね。」


 「それは周りがそう言っているだけだ。で、何を思い出したんだ?」


 「ええ。船尾の方、もう殆ど水に浸かっているでしょう?あの辺に緊急用のボートが括り付けてあるんだ。一人で水中にあるボートを何とかするのは至難の業だけど、リアとだったら何とか出来るかもしれない!!」


 「そうか!!」


 「リアがいなかったら僕はそんなことを思い付きもしなかった。やっぱりあなたは神なんだ!!」


 「んな訳ないだろう。元々お前の頭がいいんだよ。」


 「ち……違うよ……!!」


 サニーはきらきらとした眼をリアに向けていたが、不意に彼女を抱き寄せた。


 「ど、どうしたんだ、サニー!?」


 リアがサニーを覗き込むと、彼は何とも言えないような表情でリアを見つめていた。それから、恐る恐るリアに口付けた。その途端、

 

 「サニー!!」


 クララから鋭い叱咤の声が飛んだ。リアはサニーを抱き返しながらクララを振り返った。


 「クララ、そんなに固いことを言うなよ。これからこの三人は、運命共同体なんだからな。」


 サニーに視線を戻しながら、リアはそっとキスを返す。


 「ありがとう、サニー。クララもキスして欲しいって。」


 「そうなの?……怒られないかな。」


 「絶対大丈夫。」


 「だといいんだけど。」


 サニーはぎこちなく立ち上がり、不自然にクララに近付きキスをした。クララはあまりにも突然なことに、雷に打たれたように硬直していた。よろよろとよろめいた彼女をリアは抱き留め、ぎゅっと抱き締めた。


 ……本当に、この侍女が死んでいたら私はどうなっていたか分からない。戦いに巻き込まれて私の侍女が死ぬなんて!!私の侍女でさえなければ、王宮で誰かの髪を結ったり着替えを手伝ったり、オホホと淑やかに笑っている立場だった筈なのに。

 リアはクララの頬に手をやり、放心状態の彼女に口付けた。クララは驚いたように目を見張り、問うようにリアを見返した。


 「リア様……?」


 「クララ、着替えておいで。」


 「着替える……?」


 聞き返したクララに、リアは彼女の両肩を叩いた。


 「仮眠室に予備の着替えがある筈だ。靴は倒れている誰かの物を貰っておいで。」


 「そんな……!!」


 「お前に靴を奪われてもみんな快く譲ってくれると思うよ。」


 「………………。」


 「僕もそう思うよ。」


 沈黙したクララにサニーも声を掛けたが、彼女は激しく首を振った。


 「いいえ!!いいえ……!!」


 「遺体から靴を抜き取ることがそんなに嫌なのか?」


 リアが尋ねると、クララは肩を震わせて泣き崩れた。


 「いいえ……!!そういう訳ではありません。ただ……私は……この先、お二方様にとって足手纏いになるとしか思えないのです!!」


 「私はそうは思わないけど。それで?」


 「私はこの船に残ります。」


 「駄目だ、許可しない。」


 「お願いです!!あなた様のお荷物になりたくないのです!!」


 「お荷物……って何だ?」


 「さあ。」


 視線をやったサニーも、良く分からないというように首を振った。


 「いいえ、いいえ…………!!」


 クララは打ちひしがれたようにがっくりと項垂れた。。


 「私は、あなた様の侍女だというにも拘らず、このような状況でリア様をお守りすることも碌に出来ない――。」


 「守られてるよ!!生きてるじゃないか。誰がお前に私を守らなかったと批判する奴がいるんだ!?」


 「そうだよ!!守れなかったのは兵士じゃないか!!」


 「しかし――。」


 「ああ、もうやめやめ!!時間が勿体ない。いいか、クララ?私はお前がいなければレスカ王宮で渡っていけなかった。だから戦闘で渡っていけないお前を私とサニーが守る。簡単な図式だろう?人には得手不得手があることを、私の侍女ならよぉく知っている筈だろう?」


 「ま、まあ……。」


 「文句があるならセインティアへいらっしゃい。不平不満なら後日聞く。」


 「…………。」


 「では、私はこれからサニーとボートを出しにゆく。その間に着替えておけよ。」


 「ああ、それから!」


 もう船尾に行き始めたサニーはクララを振り返った。


 「余裕があったら水を運んでおいて!食料はいらない、水だけでいいから!」

  

 「は………。」


 クララが返事をする間もなく、二人は甲板を駆け出していた。


 




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