風呂はええなあ
「ふうぅぅぅ…………やっぱり風呂はええなあ…………。」
広い浴槽で、リアは独りごちた。
……いっぱい練習したもんね。お疲れさま。
……亡霊、お前もおつかれさん。ありがとう、本当に助かったよ。
……俺でも役に立てることがあって良かったよ。取り憑いてるだけじゃ悪いもんな。
……何をおっしゃる、亡霊さん。ぃやあ、そんな盲点があったとはなあ!
……ほら、ジェマーソンの懐に飛び込んだ時に、あれ?って思ったんだ。お前と同体化している俺にでさえ、何が起こったのか分からなかった。
……そうかあ。
……異様に速いんだ、お前の動きは。
……それは昔から言われてきた。まさか、それが弱点だったとはな。
……弱点なんかじゃないよ。弓ではうまく働かなかっただけだよ。お前は、矢を手に取ろうとしてから射るまでの、一連の動きが恐ろしく速い。その流れで目の前の的を狙うんだろうけど、実は矢のスピードはお前が思っている程速くはない。
……そんな単純なことだったんだ。
……リア、射貫きたい場所の少し先を狙うんだ。お前にはそれで丁度いい。
……分かった。明日も付き合ってくれる?
……付き合うも何も……。
亡霊は笑った。
……今のところ、俺にはお前のところにしか居場所がないんだ。
……そうだった。
リアも笑った。
……お前、弓が得意だったの?
リアの質問に、亡霊は分からない、と答えた。
……得意かどうかは分からない。でも、お前が弓を射るタイミングが早すぎると思った。最初は俺の射るタイミングで声掛けするつもりだったんだけど、それより的の照準を変えた方が、戦いには有利だと思ったんだ。
……色々考えてくれてどうも。私のことを考えてくれるのはありがたいんだけど、お前、自分のことは何も思い出さないの?戦ったこととか、弓の稽古をしてた時のこととか?
……それがさっぱり。
……何とも暢気な亡霊だ。仕様がないか、名前すら思い出せないんだからな。
……何て呼ばれてたんだろうなあ。亡霊亡霊言われるのも嫌だから、リアが適当に名前付けてくれよ。
……やだよ。
……何でだよ。何かあった方が便利だろ?
……便利とかの問題じゃない。妙な愛着が湧いたらどうすんだ?
……犬や猫じゃあるまいし。
……犬や猫の方が良かったよ。頭の中に話し掛けて来ないし、十年か二十年待てばお別れする。お前、いつまで私に取り憑いているんだろう。一生このままだったらどうしよう――!!
……落ち着け、リア。俺も、頑張って成仏するから!
……どう頑張るんだ?
……ねえ…………?
……済まない……取り乱した。お前だって好きでこの状況にいる訳じゃないもんな。
……ごめんね、リア。
……私もごめんね。……うん、悪いことばかりじゃないもんな。せめてお前がいる間に、弓の稽古に励むとしよう。
……ありがとう。
……ところで……気になってるんだけど、お前の目に景色はどう映ってるんだ?目があるのかは知らないけど。
……えっ?ああ、そういえば。うーん、リアの目を通して、リアと同じものを見てるんだと思うよ。
……へえ、そうなんだ。お前、男だよね?
……多分。
……あのさ、一応女であるところの私は今風呂に入ってるんだけど、それに関しては?
……おお!そういえば!!……そうだなあ、やっぱり風呂はええなあって思ってた。リア、ちょっと湯舟の中を見て。
リアは亡霊の言う通り、視線を下に落とした。
……うあぁ。綺麗なおっぱい。
……そうなの?
……うん、凄く綺麗。
……お前そんなことを考えながら風呂に入ってたの?
……違うよ!風呂はええなあって思ってたよ!リアが感じるように俺も感じるんだよ!でもリアがそんなこと言うから、どんなおっぱいなんだろうって思ったんだ!
……あ、そう。
……怒った?
……いや、別に。本当に、私の胸は綺麗なのか?
……すっごく。
……そうか。では、あれはどういうことなんだろう?
……あれって?
……ん?ほら、野戦が続くとちゃんと風呂に入れない状況だろ?だから、川や泉に行き当たったら皆で沐浴する。でも、私が入ると兵士達は出てってしまうんだ。
………………。
……私が悪い訳ではないんだな。
……リアが悪いと思うよ。
……どうして?
……どうしても!もうそんなことしちゃ駄目だよ。リアは十七歳なんだろ?大人なんだから!
……戦場でそんなこと言ってられないだろ。
……襲われたらどうする!?
……襲う?私を?誰が?自殺希望者か?死にたかったら戦って死ね。
……ち、違う!とにかく、身体を見せるのは俺だけにしておきなさい!
……見せたくて見せているんじゃない。必然的にそうなっちゃうんだろうが!
……そうだけど!俺以外の男には見せちゃ駄目だからな。
……意味が分からん。
……でさ、リア……。
……何だよ。
……ちょっと触ってよ。
……何を?
………………おっぱい。
……アホか!!
……ちょっとだけもみもみさせてよ!!
……お前、おかしい!!今のは絶対的におかしい!!殺してやる!!いや殺せないんだった、目つむって風呂入る!!
……ごめんなさい、ごめんなさい!!
……最低!変態!!
……俺が悪かったって!おかしいなあ、俺死んでるのになあ、煩悩が多過ぎる。
……くだらない煩悩が多過ぎて成仏出来ないんじゃないか?
……そうなのかなあ。
……絶対にそうだ。煩悩を捨てろ、原点に還れ。風呂はええなあ、だ。
……はい。
……風呂のありがたみを忘れることなかれ。
……はい。
……戦場で泉を見つけたら感謝しろ。
……はい。
……私が沐浴しても、とやかく言わないのだ。
……はい。
リアと亡霊の夜は、洗脳(!?)と共に更けていった。




