……起きた?
一体どれだけの時が経ったのだろう。夕刻にはまだ遠いが、太陽が西へ西へと向かっているのが分かる。
リアは海へ落下した後、意識はしっかりと保てていた。着水の衝撃だろうか、背部に痛みはあったが大したことはない。水中から上を見上げると、リアが乗っていたエクリスタ船の船底が巨大なアーモンドのように見えた。まだ戦える。リアはまっしぐらに上を目指した。
船底からサイドに移動して手を掛ける。よじ登ろうとした瞬間、船はグッと下に落ち込み、再び海水へと押し込められてしまった。慌てて浮上し海上へ出て息を吸う。すぐそばに見える味方の船は激しく揺れ動き、リアに気付いている者はいないようだ。リアは急いで船腹へ辿り付き、ずっと握りしめていた短剣を軽く突いて登ろうとした。しかし、船は予測不能に乱高下する為また振り払われる。そんなことを繰り返すうちに、リアの意識は次第に遠退いていった。
今、リアは船の残骸らしき物に剣を突き立てている。右手に短剣、左手に長剣……?下半身は海に浸かったまま、船の残骸と共にぷかぷかと浮かんでいた。活気のあった船は黒く焼け焦げ、大きく斜めに傾いでいる。
で、私は…………?
その時、
……起きた?
頭の中で声がした。
……うん。
自分が一人じゃなかったことを思い出す。
……調子どう?
頭の声はまるでご近所の挨拶のように尋ねて来る。それに対して、
……多分……悪くないんじゃないかな。
我ながら間抜けだと思いながら、リアも挨拶のように受けて答えた。しかし事実はご近所の挨拶ではない。
……良かった。
頭の中の声は心底ほっとしたように言った。
……フローラ、お前が私を助けてくれたのか?
……助けるってほどのことじゃないよ、意識を保っていただけ。
……そうか。ありがとう。
……うん……。
二人は波に揺られながら、骸となった敗船を見つめた。
……この剣は?
……ああ。俺も意識を保っているのが精一杯だったからさ、落ちないように突き立ててただけ。錆びちゃうのもよくないしね。別に戦ってた訳じゃないよ。
……そうだったのか。フローラ、命を救ってくれてありがとう。
……よせよ、そんなんじゃないよ!俺だってリアに生きてて欲しいもん!
……私が死ねば、そっちへ行けるとは思わなかったのか?
……え……?ああ、そういえば!!
……相変わらず暢気な亡霊だ。
……そうか、思い付かなかったな。
ぶつぶつと呟いている亡霊に、リアはくすりと笑った。
……で、何があった?
……うん…………。
フローラは考えが纏まらないようだった。意識を保っていた彼ですら、あまりにも突然湧き上った出来事に説明する言葉が見つからないのだろう。
……誰か、無事な子はいる?
先導するようにリアは尋ねた。
……多分、いない。
……そう…………。
……分かんないけどさ!……俺も、気を失わないようにするのが本当に精一杯だったんだ。火の粉を避けながら何とか船によじ登ろうとしたんだけど、声がしたんだ。王女はいたか!!まだ見つからないのか!!早く殺せ!!って。実際、俺がお前の身体を使うのってどえらい体力がいるし、ここは静かに温存しておこうと思ったんだ。奴らが近くにいる時は海へ潜ってやり過ごして、いなくなったら顔を出して息を吸って。だから……俺には本当に分からないんだ。だけど、悲痛な叫び声は常に聞こえていた。船はどんどん燃えるし傾いてくし。だから……えっと……リア、俺は下手な慰めは言わない。お前以外全滅したと思う。
……ん。ありがとう、フローラ。
……礼なんかいいって!!結局俺は何も出来なかったんだから!!
……いっぱいしてくれたじゃないか。私を救ってくれたし、その報告をしてくれてるし。
……だけど!!
……だけど?
……だけど!!俺は……俺は、お前以外の誰も救えなかった!!まだ、まだ、これからの人生がある若い奴等を!!
……そうだな。
……まだ十代や二十代!!身体だって健康なのにどうして!!
……そうだな。
……俺は、何も出来なかった。
……私も何も出来なかった。
……く……畜生…………!!
……ん…………。
……く……。
……ん……。フローラ、お前は泣きたいのか?
……うん……多分。リアは?
……泣きたい。でも泣かない。何故かと問われても答えない。しかし、お前が泣きたいのなら私の身体を使っても構わない。
……じゃあ、俺も泣かないよ。
……構わないと言ってるだろうが!!
……だけどリアが泣かないって――。
……ああ、絶対に泣かない。
……じゃあ俺だって!!
……何がじゃあだよ!!泣けって言ってるだろうが!!
……なんだよ!!お前だって――。
……お前だって?
突然、フローラは全てを理解した。リアは泣きたくても泣けないのだ。それは彼女の立場的なものなのか、精神的なものなのかは分からない。しかし、悲しい気持ちでいっぱいの大きな石のようなものが、彼女の胸にずっしりと重くのしかかっているのは分かっていた。リアは俺に泣いて欲しいのだ。恐らく、自分の代わりに。
……やっぱり泣く。
……おう。
フローラは両手の剣をぐっと握りしめた。親切にしてくれた若い船員の姿が次々と胸を過る。剣を握りしめながら嗚咽し、彼等の一人一人を思い出す。
遠いところで、リアが自分に寄り添っているのを感じていた。




