ジョナサン号
「帆を叩き切って海へ捨てろ!!船を燃やすな!!」
焦げ臭い匂いが周囲を漂う。リアは船底に飛び込んで事態を知らせた後、再び甲板に駆け上がって応戦体制に入った。
短いやり取りで決められたことは僅かでしかない。この船の乗組員は二十二人。漕ぎ手は十二人で舵取り兼見張りは一人。舵取りと見張りは別に分け、漕ぎ手を合わせた十四人は全力で逃げて、残りの八人が応戦する。ジョナサン号の漕ぎ手は六人なのだから速さでは倍、圧倒的に有利な筈だ。しかし……。リアはジョナサン号に乗っている一人に狙いを定めて矢を放った。
外れた。
馬上からの状態とは違い、こう意図せず上下左右に動く船から矢を射るのは難しい。戦闘員として甲板に出たクルー達も、矢を射掛ける以前に次々と飛んで来る火矢の始末をするのに精いっぱいだ。そもそも、この船の乗組員は全員若手なのだ。レスカ国へ謝罪に行くのだから、なるべく新人を配備してくれと頼んだのはリア自らだ。
しかし有難いことに、船は着実にジョナサン号を引き離していた。戦闘力はないが、足の速さだけは勝っているのが唯一の救いだ。
その時ドンッという音がして、船に大きな衝撃が走った。リアが音の方向を見ると、そこには信じられないような光景があった。
……この船からロープが二本出ている…………?
さっきまでにはなかった光景にリアは一瞬混乱したが、それはジョナサン号から銛が打ち込まれ、その先端にロープが付いていたのだと理解した。
「来るぞ!!」
リアが叫んだ時には、乗組員の一人がロープに飛び付いて切り始めていた。もう一本のロープに近い位置にいたリアは、彼と同じようにロープを切る。
一人……二人……三人……。
ロープを伝ってジョナサン号から人が上り始めた。六人漕ぎの小型船だというのにどれだけ戦闘員がいるんだ?
その時急に船の推進力が緩み、リアはガクッと前のめりになった。
見張りはよく見ている。この船に上ってくる敵を海に沈める気か。
リアは祈るような気持ちでロープを切り続けた。しかし、ロープに加わる圧は変わらない。あともう少しでロープが切れる、という時に、不意に長い手が伸びてリアの腕を掠めた。リアは持っていた短剣で咄嗟に相手の手首を切り落とす。彼は壮絶な絶叫と共に眼下の海へと落ちて行った。二人目は胸を突き、三人目は首を突く。まだ来るか、と身構えたところで、目の端で異変を捉えた。リアと同様にもう一本のロープを切っていた船員が海へ落ちたのだ。
「ジャッキ!!」
彼は血飛沫を撒き散らしながら落下してゆく。彼がいたところには、ロープを伝ってこの船へ乗り込もうとする敵の姿が見えた。その時、
……危ない!!
頭の中に割れるような声が響き渡った。
頭の声を聞くまでもなく、リアは瞬時に身を捩っていた。視界は真赤に染まり、現在の状況を把握出来ない。
自分を狙って来る火矢は避けた。本当にすんでのところだった。それはよかったが…………。
リアは、次に来る着水の衝撃に備えて歯を食いしばった。
海は激しい攻防のせいで真白に泡立っている。
リアはその中へ真っ逆さまに落ちて行った。




