風呂はええなあ③
……ふうぅぅぅ…………やっぱり風呂はええなあ…………。
朝の光が射し込む広い浴槽で、フローラは長い手足を伸ばした。
壁面には森をイメージしたステンドグラスが張り巡らされており、濃淡のある木々の緑や赤い実を啄む小鳥などが描かれていて、それらの色が浴室に乱反射する様はとても神秘的だ。
……やっぱり風呂はいいね!
……………………。
フローラは声を掛けたが、宿主の意識が曖昧なのを確認してそっと手を胸に持っていった。ぷにょぷにょと手に余る弾力、掌にぷつんと当たる突起物、とても幸せな気分になる。
フローラは宿主の意識が弱い時は、自身でその身体を扱えるまでに成長(!?)していた。
「まーたお前は!!」
リアは自分の胸を揉んでいることに気付いて、慌てて手を放した。
……あ、ばれちゃった……。
……ばれるよ!!
……リア、何か考え事?昨夜はたっぷり寝てたじゃん。
……私はいつでもたっぷり寝られる。
……そうだね。何か……悩み?
……まあそうだな。
リアはフローラの挙動によって思考の迷路から抜け出し、美しい緑に満たされた浴室に目を遣った。
……聞いていい?
……うん。お前と話していると気持ちの整理がつくことが多い。
……わーい!!
フローラは嬉しそうに勢い込んだ。
……で、リア!何を悩んでいるの?
……うーん……どうにもね、思ったより調べが進展していなくて。
……そうだね。
……ロジワニース班に異常はなかった。ヴァネッサの調査は完璧だ、調べが付いている人物についてはシロだと言っていいだろう。
……どれくらい進捗しているの?
……七割くらいかな。偽名でも学生の姓名が分かり次第ピズロに書簡を送っているのだが、返事があったのが七割くらい。
……あとの三割はまだなんだね?
……でもヴァネッサから、多分シロでしょうと言われてるからシロだと思う。
……そうか。ヴァネッサは、セイントレア人でレスカの学校を入学か卒業出来なかった学生を調べているんだよね?
……手を伸ばして進級とか退学の方面まで調べてくれている。
……全員を網羅出来たの?
……網羅、とまではいかないみたいだな。
……どうして?
……少しでも在学していたら多少は資料があるのだが、入学前のものとなると保存していない学校が多いらしいんだ。
……なるほど、ああ、そういえば!!ウィンディア先生が面接した生意気な学生もそうだったよね!?彼のことは何か分かった?
……いや、何も。
……そうかあ、残念だねえ。
……ウィンディア先生が一番残念がっている。自分の記憶だけが頼りだから。
……そうだよねえ。
……そうだよなあ……私もその気持ちは分かるんだ。
……どういうこと?
……ジョナサン……。どこかで会ったような気がするのになあ!!
……リア、会ったの?見たの?
……え?
……会ったのだったら何か話をしているよね?
……ああ……。見た……んじゃないかな。話したことがあるのなら、流石にもう少し記憶があると思う。
……そう。リア、イメージでいいんだ。ジョナサンはどんな服装をしていた?立派な貴族の格好?それとも?背景には何が見える?セインティアなのか或いは郊外なのか?誰か一緒にいる人はいる?
……………………分からない。
リアはジョナサンの似顔絵を思い返してみたが、リンクするような記憶は何も出て来なかった。もどかしい思いが胸を過る。どこかで見たことがあるような気がするのだが……。
……折角一緒に考えて貰ってるのに悪いね。
……何言ってるんだよ、リア!!
フローラは明るく言った。
……気にするなよ!リアにしろウィンディア先生にしろ、あと少しで思い出せそうな記憶ならそのうち思い出すかもしれないだろ?それにさ、自分の記憶が全然思い出せない大賞は、どう考えても俺だよ?
……おお、そうだな!!
……気にしない、気にしない。
……どうも妙な慰められ方のような気がするが。
……そういえば、ピックの方はどうなの?現在進行形の、セイントレア人で悪目立ちする生意気な学生。
……それもなあ……。面白い話は沢山出て来たが、それでレスカ国の教育体制や傭兵体制を恨んでいるかと言ったらまるっきり。
……だよね。
……ピックには本当に感謝している。家族ぐるみで大規模なパーティーまで開いて貰って。まあ個人的には役立つ情報は幾つか得られたが。
……役立つ情報?……あ――!!肘を触るってやつ!?
……え?……や、違うよ……。
……いーや、そうだ!!そうに決まっている!!
……何で分かるんだ!?
……分かるよ!!
……後は誰に試すかだよな……。若い人といる時、今試してみたらどうだ……?と悪魔が囁くんだけど、どうも緊張して手がこわばってしまって。
……止めてよ!!
……中々難しいんだよな。本国でやったら面倒な問題になってくるから今のうちに試しておかないと。
……キャ――!!リア、お願いだから止めて!!俺が結婚するから!!肘なんか触ってくれなくても俺がちゃんと結婚するから!!
……だってそれ、私が死んだ後の話じゃん。今生で何とかしないと。
……ダメ――――!!
その時、コンコンと浴室のガラス戸を叩く音がした。一つ間をおいて、クララが隙間から顔を出した。
「どうした、クララ?」
リアは浴槽の中から振り返った。
「リア様、入浴中申し訳ありません。ピックランツ様からの急使の方ががいらしていて面会出来ないかと。」
「ピックから急使!?彼はどこにいるの?」
「城の門外でお待ちだそうです。」
「直接来てくれてもいいのに。」
「リア様に朝からご予定がないか遠慮なさったみたいで。」
「水くさいな。今日は……何だっけ?展覧会か何かだったような気がするが?」
「ミミズとナメクジを使ったアート展の出席です。」
「そうだった、そうだった!!む……午後からだったよな。直ぐに呼んで。」
「畏まりました。」
クララは小さく頷くとドアを閉めた。
……ピックからの急使、何だろうね?
……分からない。
……何か展開があったのかもしれない。リア、急いで!!
……うん。
二人は勢いよく浴槽から出て、森のような浴室を後にした。




