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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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アーネスタント国からの使者

 「アーネスタント国からの使者は、まだ場内に通しておりません。」


 使者が海から来た時に、その場に居合わせたエクリスタ海軍の中将ミレックは、三人の大将に添うように馬を走らせながら説明した。

 

 セイントレア国唯一の海軍を持つエクリスタは、軍のどこからでも港へ駆け付けられる道が敷いてある。只、頑丈な建物や、そこから続く港に至っては石造りの箇所が多く、馬の脚を慮って低速にならざるを得なかった。ミレックはそのタイミングを見計らって彼等と合流した。


 「一人だと聞いたが?武装しているのか?」


 ハドグは振り向きもせずに問い返す。


 「いいえ。丁重に中へお入り頂く様に申したのですが固辞されました。使者はまだ港にいます。」


 「ふん、まあ無理もねえか。入った瞬間バサリという可能性も無くはないからな。」


 「穏便にと思い、そのままにしております。」


 「そいつの要求は何だ?」


 「代表者と直接話したいと。」


 「なるほど。」


 ハドグがジェマーソンをちらりと見ると、彼は小さく頷いた。彼等が緩やかな傾斜を上り切った眼下には、一面に海が広がっていた。


 「見慣れない船がいるな。」


 サリエントが呟いた。


 「二十人……?二十二人乗り……?貨物船じゃないか?」


 「二十人乗りの貨物船です。」


 「軍艦ではないのか!……諍いを起こす気はないようだな。こっちは軍だ、やろうと思えばあの船を一瞬で転覆させることが出来る。」


 「はい。使者はあの船から一人、一人乗りのボートでこちらへ来ました。」


 「偉い奴なのか?」


 「いえ、服装から見ると、彼は軍曹辺りですね。」


 「軍曹?」


 「私的な感想ですが、彼は我が国を侮っているような印象はありません。寧ろ、非常に緊張しているような様子が伺えます。」


 「そう。」


 「会ってみれば分かるだろう。」


 ジェマーソンが口を挟んだ。


 「やっと出番が来たな……。」


 ジェマーソンは前方の船を見据えて呟いた。


 「エクリスタに誰が行くか。すったもんだあった挙句にリア様が決定した。」


 「お前がいてくれて心強いよ。」


 ハドグは首をブルンと振った。


 「ハドグ、使者と会ってみないことには今のところ何も分からない。但し、直ぐにでも攻撃出来る態勢とセインティアに連絡出来る手段を。それから、現時点ではアーネスタントからの使者を丁重に扱うように。」


 「了解した!!」


 ハドグは馬上からジェマーソンの肩を叩いた。そして、彼等は海を目指して緩やかに掛け下って行った。





     ★★★






 アーネスタントからの使者は、目も眩むようなオーラを放っている三人の軍人を前に、直立不動で敬礼した。暑いのもあるだろうが、その汗の掻き方は尋常ではない。彼は正面を見つめたまま大きく口を開いた。


 「じ、自分はっ、アーネスタント国海軍二等軍曹、フーゾンであります!!本日はっ、然る方の使者として、こちらへ上がらせて頂いた次第であります!!」


 「初めましてフーゾン、遠路はるばるセイントレアへようこそ。どうぞ楽にしてください。私はジェマーソンです。」


 ジェマーソンはフーゾンににこやかに話し掛けたが、彼が緊張を解く様子は一向になかった。まあ無理もないだろう。アーネスタント人がセイントレアの地を踏んだのは、誰が最後だかも分からない遠い昔のことだ。


 「然る方の使者と仰いましたね?どなたのお使いですか?」


 ジェマーソンが問うと、彼は更にだくだくと汗を流し始めた。


 「アーネスタント国第一王子、タスカ様でございます!!」


 「――――――!!」


 三人の大将は絶句した。


 「そ……そう。タスカ王子からのお使いとあっては、我が国にとってとても喜ばしいことです。フーゾン、あなたは、タスカ王子の文か何かを預かっているのですか?」


 「いいえ!!」


 ジェマーソンの問いに、フーゾンは激しく首を振った。


 「タスカ様は、直接お話したいと!!」


 「直接!?タスカ王子がいらしてるの!?」


 「はい――!!」


 泣きそうな顔で叫ぶフーゾンを尻目に、三人の大将は顔を見合わせた。それでもジェマーソンはにこやかな顔を保った。


 「えー、フーゾン。タスカ王子そして乗組員の方、遠いところをお越しいただいて嬉しく思います。是非お話をお伺いしたいのと、旅の疲れをとって頂く為にお部屋をご用意しますので、皆様で上陸して頂くように伝えて貰えませんか?エクリスタはワインの名産地なのです、皆でゆっくりと食事しましょう。」


 「え、はい、いえ、あの……。」


 ジェマーソンは優しく話し掛けたが、フーゾンは目を白黒させている。ジェマーソンはその意図を察した。


 「ああ、こちらに上がるのに抵抗があるのかもしれませんね。」


 「は、はい……。あの、タスカ王子は、こちらへ上陸すること自体が、条約違反に当たるのではないかと非常に気に病んでらっしゃいます……。」


 それが単なる大義名分であることを、ジェマーソンはよく知っていた。しかし促されるまま上陸し、そんなつもりはないが弑されてしまったとしたら、それこそ戦争の発端になり兼ねない。ジェマーソンは頷いて軽く受け流した。


 「タスカ王子は何をお望みなのでしょうか?当国の代表者があの船にお伺いした方がよいのですか?」


 「いえ、あのっ、タスカ王子はあの船にはおりません!」


 「は?フーゾン、あなたは先程、タスカ王子がいらしてると言っていたと思いますが?」


 「はい!そのう……あの船とこことの間くらいに、このボートと同じボートが見えますでしょう?」


 「え?」


 貨物船に気を取られていて気付かなかったが、確かに一人乗りのボートが木の葉のように揺れ動いていた。


 「まさか?」


 「はい!!内密な話がしたいから、ここにいる一番偉い人を連れて来て欲しいと!!」


 「――――――!!」


 意図しない申し出に、三人の大将は息を呑んだ。


 「内密な話があるのですね?あなたは内容をご存じですか?」


 「分かりません!!」


 フーゾンは胸を張って答えた。


 「王子の内密な話なぞ、私如きが知る由もございません!!資材を搬入してたら、戦争が起こるかもしれないから早く船を出せと無理矢理――。」


 過酷なストレスが積み重なってフーゾンは思わず愚痴を漏らしたが、ジェマーソンの顔色が変わったのを見て慌てて口を噤んだ。


 「そう。タスカ王子はお一人?こちらも一人の方がいいのかな?」


 「是非にそう願います!!」


 それはフーゾンの希望に過ぎなかった。フーゾンは通常、アーネスタントの北東部にあるバルファネ港に勤務していて、そこにタスカ王子も何度か訪れたことがある。しかし、王子は操舵に関する知識はあるようだが、実践経験は働いているバルファネ軍兵士を激励するようなお祭り程度でしかない。陸上では伝説的に強いと言われているが海の上では話は別だ。今のところセイントレア軍に敵意はないように見受けられるが、少しでも危険度を下げておくに越したことはない。もしタスカ王子に何かがあれば、自分はおろか関係者や親族全員が抹殺されるだろう。


 「お前、船扱えるのか?」


 ハドグが首を傾げながらジェマーソンに聞いた。


 「多分。海でボートを漕いだことはないけれど、湖で練習したことはあります。」


 「海と湖じゃ違うぞ。誰かが乗せてった方がいいんじゃないか。」


 「いや、いいよ。王子がお一人なのにこちらが複数なのは失礼でしょう?」


 「まあな。」


 「大丈夫だとは思いますが、万が一転覆したら助けに来て下さい。」


 「おう、任せておけ!」


 彼等のやり取りに、フーゾンはほっとしたように息を吐いた。どうやらこちらも、海に慣れてない人間が行くようだ。


 「ありがとうございます!!あの……ジェマーソン様が、一番偉い方なのですか?」


 「え?ああ、言ってなかったでしたっけ?役職的には私が一番偉いんだと思います。私はセイントレア軍の元帥です。タスカ王子は、それで大丈夫でしょうか?」


 「じゅ、じゅーぶん過ぎると思います!!」


 フーゾンは反り返るように敬礼し、やっと引き始めた汗が再びだくだくと流れるのを感じた。




 


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