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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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エクリスタの海

 エクリスタの海は今日も平和だった。空は青く、強い日差しが海へと降り注ぎ、緩い波がゆらりゆらりとうねっている。海は凪ぎ、急な悪天候の予兆はなさそうだ。時折商船や貨物船が海を横切りながらそれぞれの目指す港へ入って行くが、この時間は漁船の動きは少ない。再び活気付くのは夕刻からだろう。この日の海は記念碑にしたいくらい、全く以って穏やかなエクリスタの海であった。


 そんな中、中天にある太陽よりも熱く、燃えている二人の男がいた。

 一人はこの広大なエクリスタ軍の最高責任者、大将ハドグ。もう一人は、セイントレア国の元帥ジェマーソン。

 二人はもう、何度目になるか分からない手合わせに白熱していた。エクリスタ海軍の大将サリエントが審判し、手の空いた兵士達は予想のつかない展開を固唾を呑んで見守っていた。


 ゴォォ――――!!

 スカ――――ッ!!


 二人の男は豪快に空振りし、その勢いのまま転倒した。

 直ぐに体勢を立て直した二人の間に、サリエントは割って入った。


 「ハイハイハイ、今日はここまで!!どうしてこういうことになるのでしょう!?」


 「俺はまだやれるぞ!」


 「私だって!」


 「駄目です――!」


 サリエントは二人の間で両手を広げた。


 「これ以上やっても同じ展開になることが目に見えています。頭を冷やして、どうせなら分析に時間を使って下さい。」


 「むう…………。」


 ハドグが唸った時に、気を利かせた兵士達がドリンクと折り畳みチェアをセッティングしたので、試合はそれまでとなった。


 「ふう…………。」


 最近、中々限界まで戦うことのなかったジェマーソンは息をつきながら空を仰いだ。

 汗がいいな…………。

 ジェマーソンはふと思う。汗だくだけど気持ちがいい。指導するばかりで、自分で戦うことになったのはこっちへ来てからだ。中央では忙殺されてこんな機会はなかったけれど、やろうと思えば出来たんだよな。ゼムビストとかユースとか、リア様がいる時にだって。もうこの面子が揃うことはそうないだろうけど、上が率先して実行することが大事だ。こんなカス試合なのに兵士は興味津々で見ている。カス試合でごめんね、今度はもっと為になることを。

 ジェマーソンは心の中で手を合わせながら、取り巻いている兵士達に目を遣った。


 「何故……そうなっちゃうんでしょうねえ?」


 サリエントが、蛇が笑っているような目を向けて二人にドリンクを手渡した。


 「俺が聞きてえよ!!」


 そう言いながら、ハドグはボトルの水をごくごくと飲み干した。


 「相手に癖がねえか、ようく観察するだろ?それと同時に自分の癖みたいなものをさり気なく見せつける。それで、どうやらこいつの癖はこうなんじゃないかと認識した頃には、それはわざと刷り込まれた癖なのではないのかと自信がなくなってくる。挙句の果てには、どの太刀筋もフェイクのような気がしてならねえ!」


 「そうなんですよねえ……。」


 「あれもフェイク、これもフェイク、次もフェイク、その次の次の次の手もフェイク。」


 「で、それがあの大きな空振り?」


 「そうだ!ジェマーソンはあそこにいると俺は確信してた!」


 「私もね。」


 「ひゃー、おっかな!!」


 「猛攻防の中で何も考えられないって!せめてもう少しスピードが緩やかだったら考える余地もあるのだが――。」


 「ハドグ。」


 「何だ?」


 「もう少しスピードが緩やかだったら、癖とか関係なく一刀両断に出来るのでは?」


 「た、確かに……!!」


 「しっかりしなさいよ!」


 サリエントは相変わらず蛇のような目で笑いながら、ハドグの肩を叩いた。


 「だったらお前……!!お前……は、お前……が、一番勝ってるんだよな……?」


 「ええ。」


 サリエントはにんまりと笑った。ジェマーソンがエクリスタへ来てからの勝負の中で、サリエントの勝率が最も高かった。


 「何でお前が、この中で一番勝ってるんだ?」


 「サリエント、私も知りたいです。先に答えを欲しがって申し訳ないのですが、差支えなければ教えてください。」


 二人に迫られて、サリエントはたじろいだ。


 「え、そんな……大したことでは。」


 「勿体振るない!」


 「だって……本当に大したことないから。」


 サリエントはポリポリと頭を掻きながら口を開いた。


 「私は、その癖づけって奴を全くやってないだけですよ。」


 「ということは、それはお前にとってあまり有益でないと考えているのか?いや、悪い意味ではない。例えば一つの技に対して、それに向く向かないというのは必ずある。」


 「そういう訳でもないんだな。リアがあんたに対してそれを行った時凄いと思った。それと同時に少し不安になった。あの場に立っていたのが私だったらどうだったんだろう、リアは私の中に何を見出すのだろうかと。」


 「ほう。」


 「私は新たな技を追加するより、敵に付け入られるような癖はないだろうかと自分の癖を根本的に見直そうと思った。わざと癖を刷り込む方法はあんたとジェマーソン様を見て、最も有効そうな方法を使おうかと。」


 「ほうほう、効率が良いことで。」


 「癖を考えるいい機会になったよ。」


 「ふん、ちょっとやそっとじゃ盗めねえくらいプロフェッショナルになってやる。」


 ハドグは鼻を鳴らした。


 「そういえば、ジェマーソン。」


 ハドグはジェマーソンを振り返った。


 「何でしょう?」


 「リアは自分で亜型だと言っていたが、中央では本当にそうなのか?」


 「そうですよ。相手の癖を見破るということは重要だし、上へ上がっていくどこかの段階で習得することでしょう。只、わざと癖を作るというのは、実戦が多いリア様ならではのことでしょうね。」


 「凄えな。元帥に実戦が多いと言われるからには、本当に戦いまくってるんだな、王女なのに。」


 「あーあ、そうなんですよ……。」


 「あーあって何だ?」


 「だから、彼女を現地に遣ってるのは殆ど私ですからね。いい加減彼女ばかり頼るのをやめないと。王女ですし。」


 「ひぃ――!!この国の元帥も恐ろしや!俺だったら絶対に無理、王女を戦地に遣るなんて!!」


 「それが私の課題です。そろそろリア様なしで現場を回す方法を考えないと。」


 「恐ろしや、恐ろしや。」


 「リア様の御名(おんな)を聞くと懐かしくなってきました。今の試合を見てくれていたらなあ。」


 「と言うと?」


 「癖づけの件、私も袋小路で迷い中です。今のをリア様が見てらしたら、お前ばっかじゃないのとか言いながら解決策を授けてくれそうで。」


 「ほうほう、慣れてる人間が一番よく分かるもんな!うん、確かにリアが何て言うか聞いてみたい!」


 「クフ――――!!」


 堪え切れないように、サリエントが吹き出した。


 「何だよ!?」


 「だってあなた達……プププププ!!」


 「何なんだよ!」


 「だから……ヒョ、だから……ヒョ…………あ。」


 「だから何だよ!」


 「ハドグ、緊急事態だ。」


 急に真面目な顔になったサリエントの視線の先には、猛スピードで駆けて来る三頭の馬がいた。

 エクリスタ場内での馬の騎乗は禁止されている訳ではない。土地が広い為、安全を確保した上での移動手段の一つであった。しかし、この速さは只事ではない。三人は立ち上がり、馬の到着を待った。


 「どうした!!」


 兵が馬から下りるよりも早く、ハドグが吠えるように声を掛けた。


 「来ました!!」


 兵士の一人が緊張した面持ちで叫ぶ。


 「分かりやすく言え!!」


 彼は直立し、はっきりと声を出した。


 「海から、アーネスタントの、使者が、一人、来ました!!」


 その途端さっきまで談笑していた大将達は、三人の兵士が乗って来た馬に飛び乗ると、本部を目指して一目散に駆け出した。





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