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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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ジュラム密会

 「それは……ジョナサン?」


 ジュラムの視線の先には、騒ぎで折れ曲がって変に笑っているようなジョナサンの似顔絵があった。リアはそれを引き寄せて皺を伸ばした。


 「そう。結局……奴のことは何も掴めなかったな。どこから来てどこへ行ったのか、何がしたかったのか。」


 「セイントレアの方でもそう?」


 「はい。エクリスタとその周辺の漁港はかなり調べが進んでいるようですが、おかしな動きをしている者は誰もいない。数件、六人漕ぎの木造船の製造依頼はあったが全て裏は取れている。一体どこから湧いた船やら……。」


 「エクリスタ以外からの出港…………いや、それはないな。」


 ジュラムは首を振った。


 「うちの地形をよくご存じで。」


 リアがそう言うと、ジュラムはホッホッと楽しそうに笑った。


 「あなただってリード校の講義で習ったと思いますが?いざセイントレアに何かあった場合、着岸出来る場所。」


 「まあね。」


 リアは苦笑いをした。


 「いざっていうのがポイントだけどね。セイントレアに何かあった時にいざ駆け付けられる場所、或いはそれとも……?」


 「御国と我が国は昔から仲良しですから杞憂ですけれどね、それでもあらゆる可能性を考えておくのが勉学です。」


 「ええ、勉学の一環ですとも。で、あらゆる検証をした結果、セイントレアに着岸出来る場所はエクリスタしかないと?」


 「それしか無いでしょう?エクリスタ周辺以外、海に面しているセイントレアの東海岸は全て崖だ。南部の方は遠浅になっていて着岸するのは難しい。」


 「ですよね……。」   


 リアは小さく頭を振り、ジョナサンの似顔絵を翳しながら考え込んだ。


 「うーん……。」


 「どうしたの、リア?」


 「実は……私、何となくこの顔に見覚えがあるような気がするんだよ。」


 「ええっ、そうなの!?」


 「やー、何となくの域を出ないから勘違いかもしれないんだけど。」


 「ほう!タイの結び方がおかしかったそうですね?」


 「おかしいっていうか違和感。貸し馬車屋の店主がはっきりと思い出してくれた。服装や馬車が立派なのに、タイの結び方だけがやけにシンプルだったと。」


 「使者は……高位の者ではなかった。」


 「恐らく。ジョナサンは高位のタイの結び方を知らなかった、或いは知っていてもそれを結ぶことに抵抗があった。」


 「リアの目に滅多に触れることのない下級貴族でしょうか?それとも地方領主とか?」


 「地方ではないと思う。」


 「何故?」


 「私は地方へ行くことも多いのだけど、地方って案外派手なんだ。領主やその関係者も個性的な者が多くて印象深いことが多い。」


 「なるほど、では中央の者?」


 「そう思う。元々ジョナサンは、セイントレア王家からの遣いだと名乗っているだろう?国王のものに似た筆跡や書簡紙……地方の人間でもやろうと思えば出来るがそこまでやるかな。憤懣やるかたない恨みが王家や王女にあるのなら、寧ろクーデターになると思うのだが?」


 「確かに。では、ジョナサンの後ろには大きな貴族が付いていますね。」


 「流石ですね、残念ながら私もそう思います。そして本当に残念ながら、皆目見当が付かない。王家を疎ましく思っている者、或いは絶対に味方だ、と思っていた貴族が反旗を翻す、ということまでは理解出来る。しかし手段が雑過ぎて、本当の狙いが何なのかがさっぱり分からない。レスカの教育学、傭兵学を共有したいとは言っても、はいそうですかと応じる訳がないし、応じたところでそれについていける頭がないと意味がないし。」


 「私としても理解に苦しみます。セイントレアから正式に、教育学と傭兵学の講習をしてくれと依頼があったらちゃんとした講師とそれなりの日程を組むのですが、こう漠然としていると……。」


 「ねえ……?」


 二人は顔を見合わせて、ふうと溜息をついた。


 「で……?」


 リアはにんにくを口に放り込みながら、さり気なくジュラムに問うた。


 「で、あんまり面白くない話って?」


 「ええ……。」


 ジュラムはにんにくに手を伸ばしてバリバリと噛み砕くと、パパンッと自身の頬を張った。


 「申し訳ありませんが、御国とアーネスタントとの会合をレスカでするという話、非常に難航しております。」


 「どの辺が?」


 「アーネスタントのイゼナスク国王は、非常に警戒心の強いお方です。この話をした途端、セイントレアがレスカと組んだ罠だと思われたようなのです。」


 「罠?」


 「はい、国王を国から遠ざける為の罠だと。」


 「え?そんなの、うちの国王だって国を離れるから条件は一緒じゃないか。」


 「と、見せかけて、自分が国を離れている間にランウェルを落すのではないかと。」


 「ええっ!!そうならない為に協議しようと言ってるんじゃないかっ!!」


 「でしょう?本当に頭が固くてもう嫌んなる。」


 「いっそのこと父上にこっちへ来て貰うか。セイントレアの国王はもうお着きですよって。」


 「だから!そういうことをすると益々疑うんですってば!」


 「面倒臭い奴だな!!」


 「最初からそう言っているでしょうが!」


 「クソッ!!ランウェルはいつどうなるか分かんねえぞ!……国家同士の争いならまだいい、落しどころってもんがあるからな。だけど平民同士の揉め事だと際限がない。溜まっていた鬱憤がありすぎる。あんまり激しい戦いになったら軍も出さざるを得ないだろう。」


 「寧ろ、アーネスタントにとってはそれが狙いなのでは?軍を出す口実として。」


 「いや、それはない。」


 「そうなんですか?」


 「そう、それはない。私は現地を視察している。イゼナスク国王がどう考えているのかは分からないが、我が国ペイジ軍が兵を出すまいと抑えているように、アーネスタントのハルナック軍も慎重になっているように見える。あそこに戦いの火蓋が切られたら、お互いに甚大な被害を与えることは間違いないだろう。勝てる見込みがあるのならまだしもそれすら未知数。それに……そもそもあそこは友好橋だろう?再び争いを起こして良いのだろうか?と躊躇いがある……と、信じたい。本当に、中央っていうのは現場を分かっていないんだな。」


 「そうでしたか……。」


 「現にアーネスタントのタスカ王子も視察に来たらしく…………あ――!!」


 「リア、どうしたの?」


 「そうだ!!タスカがいるじゃないか!!機動力の高い?らしい?タスカが!!」


 「タスカ王子がどうしましたか?」


 「当国としては、絶対にイゼナスク国王と話がしたい、という訳ではありません!国の代表として話が出来るのなら誰とでも。セイントレア国王とアーネスタント王子との話し合い、それでいいじゃないですか!私は顔を出しません、二対一で不利だと思われたら嫌ですから。ジュラム、この線で話を進めては貰えませんか?タスカ王子はランウェルにいながらも、好戦的な素振りは見せなかった。きっといい話し合いが出来るだろう!」


 「………………。」


 「ジュラム、どうした?」


 「リア様、えっとリア、申し訳ありません。」


 「だからどうした?」


 ジュラムはにんにくを三つ四つ口に放り込むと、モグモグと噛み砕きながら宙を見つめた。


 「その……我がレスカ国は、アーネスタントに親善使節団を送っております。」


 「うん。」


 「一時は諜報を送り込もうとしたのですが、かの国は諜報に対する感知が非常に鋭い。無事に帰って来た者はおりませんでした。」


 「分かるよ。」


 「ですから合法的に、親善使節団を組んだのです。人数は二十人程ですが、この二十人はアーネスタント王族の近辺をウロウロ出来る。軍の家系の者はおりません。アーネスタントとの架け橋になるようにと集められた、真の平和の為の使節団です。」


 「素晴らしい。」


 「実は、我々はタスカ王子のハルナック行きを知っています。彼はお忍びで二度ほどハルナックを訪れていますね。諜報……もとい、使節団の一人が、完全にタスカ王子に張り付いておりました。しかし、ある日突然行方不明になり、彼がハルナックへ行っていたことを後日知ったのです。居所が分からないことはちょいちょいあるのですが、この時の不在は長くて、王家の方でも騒ぎになっていたらしいです。ハルナックから帰って来た後にはこっぴどく怒られたみたいですよ。」


 「ということは、ハルナック行きはタスカ王子の独断だったと?」


 「そのようですね。」


 「うーむぅ…………。」


 「リア、どうしました?」


 「やー、行動パターンが似てるなあと思って。」


 「似てる?誰と?」


 「うん……私と。」


 ジュラムは物憂げにしているリアを見て、ポンポンと肩を叩いた。


 「リアもお父上の許可なくランウェルへ向かったと?」


 「軍を編成しちゃうとまずいと思ったんだよ。あそこはそれくらい危うい。私一人なら只の観光客で済む。」


 「良きご判断です。帰ったらこっぴどく怒られました?」


 「こっぴどく?……ああ、怒られなかったな。」


 「お優しいお父上で。」


 「その……現地でちょっと……病を得てしまって。」


 「おお!それは大変でしたね!」


 「大変……?だったな、当時は。もうそんなに経つのか。」


 「今は病の方はよろしいのですか?」


 「ええ、すっかり……というより、病有りきの私でもいいかなと。」


 「素晴らしいお心掛けです!」


 ジュラムは感動したように、目をキラキラさせた。


 「や、そんな大したことではないけど。」


 「いえ、あなたのような若いお方が、その真実を悟っているのは素晴らしい!」


 「真実!?ジュラム……どこか具合悪いの?お酒なんかに誘っちゃ駄目だった?」


 「いえいえ!私は元気です!まあ、年相応のあれやこれやはありますが。私はいいのですけど同年代のご夫人達がうるさくってね……大したことないのにあっちが痛いこっちが痛い、いい薬はないかしら、死ぬのかしら、いい医者を紹介して欲しいと。何故人は、年を取るということを理解していないのでしょうか?」


 「ジュラム、大変だねえ……。私はそういう話からは悉く逃げまくってるけど。元々女子会には参加しないし、気持ち悪い流れになりそうだったら軍の方へ逃げられるし。あなたの立場ではねえ……蔑ろに出来ないことも多いだろう。」


 「分かってくださって嬉しいです!」


 「分かるさ。あんまりくだらないことで悩んでいると、いっそのこと私と職業チェンジしようかと持ち掛けたくなるよ。気が張り詰めていると病の方が逃げていくから。」


 「ゎを――ん!!」


 「どうした、ジュラム!?泣き上戸か!?」


 「うっ、うっ、分かってくれる人がいると嬉しくて。」


 「大袈裟だな!」


 「こんな話、誰とも出来ないし。」


 「はは!ジュラム可愛い。……でも職業チェンジはしないよ。この仕事は私にしか出来ない、あなたと同じようにね。」


 リアが笑うと、ジュラムは何度も頷きながら涙を拭った。


 「勿論です!!……おお!私はあなた様相手に何を愚痴っているんだ!?……失礼しました、話を聞いて貰えるのが嬉しくて、つい饒舌になりました!」


 「やー、参考になったよ。私は本当に好き勝手やって来たから、もっと重鎮の話を聞いた方がいいのだろうかとちょっと反省中。」


 「反省なんかしないでください!!」


 「しないよ。」


 リアはクスリと笑った。


 「私は今まで好き放題やってきたんだもん、これからもそう。」


 「そうであって下さい。……うん、こうしてお話をすると益々惜しまれるなあ……。」


 「惜しむ?何を?」


 「あなたとタスカ王子。私も直接お会いしたことはないのですが、気が合いそうな感じがします。お互いに話し合えたら、良い関係性が築けるのではないかと思ったのですよ。」


 「そうか!!確かに、イゼナスク国王と違って価値観が合いそうだ!流石ジュラム、思いつきもしなかった!」


 「私も最近考えるようになったんですよ、あまりにも話が進展しないので。いきなり国王同士の協議というのは難しかったのかもしれない。まずは王子王女で会ってみて、潤滑油みたいな役割をして貰った方がよいのではないかと。特に頭の固いイゼナスク国王のような人には。」


 「いいじゃないか!王子と王女の親睦会!国策やら戦争やらはおいといて、本当に挨拶するだけの懇親会。私がタスカと親しくすることで、ほんの少しでも戦争が遠ざかっていく。」


 「私もそう思います。」


 「ジュラム、この線で話を進めては貰えないだろうか?レスカで、あなたが間を取り持ってくれたら本当に心強い!あ、そういえば、惜しいって……?」


 「そう、惜しいんですよ…………。私ももっと早くこのアイデアを思い付いていたら…………。」


 「と言うと?」


 「アーネスタントのタスカ王子、現在もまた行方不明中です。」


 「あら。」






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