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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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レバ刺し

 「リア、お待たせしてすみません。」


 白髪頭の老人は、よいしょっとカウンターの席に腰掛けた。


 「待ってないよ。ジュラム、何食べるー?エスカルゴ食べたらお腹空いてきた!」


 「そうですね……マスター、アボガドのカルパッチョとパイナップルサラダ、それからあんず酒を。」


 「私はレバ刺しとにんにくの丸焼き、お酒もお代わり。」


 「おい、大丈夫なのか?そんなに強そうなおじいちゃんにも見えんが……?」


 マスターは心配そうに、自身の二の腕を叩いて目配せをした。


 「大丈夫だって!レバ刺しとにんにくがメニューに載っていたから心躍ってたんだ、早く食べたいよ!」


 「そこまで言うなら作るけどよ。」


 「楽しみー♪」


 マスターはふうと息を吐きながら奥へ下がった。


 「リア、レバ刺しというとあのレバー?私は食べたことがなくて。」


 「凄く美味しいよ!」


 「そうなんですか?どうも見た目が苦手で。」


 「そう?プリプリでさっぱりしてるんだよ?」


 「ほう!見た目からは想像が出来ないなあ。」


 「是非食べてみて!」


 「よし、今日はチャレンジしてみよう。リアはよく食べるの?」


 「それが全然!うちのコックに作ってって言ったら、私を解雇したいのですかと泣かれてしまって。」


 「でしょうね。」


 「だから外にいる時だけしか食べられないんだ。置いてない所の方が多いから今日はラッキー。」


 「ほいお待たせ、テキーラにあんず酒。」


 「マスター、ありがとう。ジュラム、かんぱーい!」


 「乾杯、リア!」


 二人はかちりとグラスを合わせた。


 「こういうところでリアと飲むというのもおつなものですな。」


 「結局おしろ……おうちでは忙しくてすれ違いばっかりだったもんね。」


 「急な会議が入ってしまったりして申し訳ない。」


 「私の方こそ!貴重なお時間なのに面会をキャンセルしたりしてすみません。」


 「お忙しい身なのは重々承知です。あなたから、ここで会いたいというお手紙を頂いた時には吃驚しましたが。」


 「もう強引に予定を作るしかないと考えたんだ。逆に外に出てしまった方が二人きりで会えるかなと。迷惑だった?」」


 「とんでもない!!」


 ジュラムは強く手を振った。


 「そんな訳ないじゃないですか!寧ろ……。」


 「寧ろ?」


 「わくわくします!!」


 「私も!!」


 二人は笑いながら再び杯を合わせた。


 「ほい、レバ刺しにパイナップルサラダ…………おい、来たぞ。」


 マスターが注意した時には、既にガラの悪い男達がこちらへ向かって来るところだった。彼等は二人を取り囲み、横柄な態度で手近な席に腰掛ける。ジュラムの隣のカウンターに座った男が、彼の肩に手を回しながら話し掛けた。


 「じいさん、綺麗な兄ちゃんと飲むのは楽しそうだねえ。」


 「ええ、とても楽しいですよ。」


 ジュラムは満面の笑みで答えた。


 「俺達も混ぜて貰えないもんかなあ?」


 男はぐっと肩を掴んだ。が、何故かぐしゃっと服を握っただけだった。


 「お誘いありがとうございます。大変嬉しいお誘いですが、今日はこの方とのお話が大事なのです。またの機会にお願いします。」


 「ふん、我々もこの方とのお話が大事なんだ。舐めてんじゃねえ!!」


 男はジュラムの襟首を持って立たせた。しかし急に膝が脱力し、カウンターの席にストンと座ることになった。立ちん坊になっているジュラムは申し訳なさそうにリアに謝罪した。


 「リア、お手を煩わせてしまって申し訳ありません。」


 「こちらこそ申し訳ない、私がここにいたのが悪かったようだ。」


 「それはあなたのせいではないでしょう?絶対について来るなと申したのですが、恐らく店の外に警護がいる筈です。ちょっと呼んで来ますかね。」


 「じいさん、無事にここから出られるとでも思ってるのか!?」


 彼等のリーダーだと思われる大男が、指をポキポキ鳴らしながら近づいて来た。


 「じいさん、外に誰かいるのか?」


 「多分。」


 「多分!?」


 大男は仰け反って笑った。


 「マニュアル通りのはったりだな!」


 「ヒャ、ヒャ、ヒャ!!」


 「……おい、タロン、それくらいにしておけ。店の雰囲気が悪くなる。」


 マスターが声を掛けたが、タロンと呼ばれた大男はダンッとカウンターを叩いた。


 「いいや、そういう訳にはいかねえ。こっちにも面子ってもんがあるからな!!」


 「ふう……一体どんな面子なんだか。」


 リアが首を振りながら溜息をつくと、他の男がリアの顔を覗き込み、ふーっと煙草の煙を吹きかけた。


 「兄ちゃん、あんた状況が分かってないようだな。このタロン様を怒らせたらそれは手酷い目に合うことになる。優しくしてやってる内に従っておいた方がいいんじゃないか?」


 「優しいとは思えないけど。優しくても優しくなくても、どっちにしろ私は手酷い目に合うんだろう?」


 「分かってるじゃねえか。こんなしけた店にいるより俺等の豪華客船の方が楽しいぜ。たっぷり可愛がってやる。来い!!」


 男は満面の笑みでリアの手首を引き寄せた。しかしその途端笑顔が苦悶の表情に変わり、手首を押さえて立ち竦む。その間に頬に鋭い一発を入れられ、彼はバタンと仰向けにひっくり返った。


 「この野郎!!大人しくしていればつけあがりやがって!!」


 カウンターの男がリアに掴み掛かった。が、目にも止まらぬ速さで腹に膝を入れられ沈むように床へ突っ伏していく。リアはそのままタロンの懐へと飛び込み襟首を掴むと、自身の肩と背で彼を背負い上げドタンと床に叩き付けた。タロンの意識はあるようだが、立ち上がることは出来ずにヒクヒクと痙攣している。リアは残る一人と対峙した。彼はナイフを握った拳を振り上げていたがブルブルと震え出し、一目散に表の扉へと向かった。リアは彼の腕を掴み、ぐっと引き寄せた。


 「逃げられちゃ困る、お前には仕事があるんだ。」


 「し、仕事……?」


 彼は化物を見るような目でリアを虚ろに見つめた。


 「こいつらを表に引き摺りだせ、目障りだ。その為にお前を残しといたんだからな。」


 「へ……へい!」


 「表に本当に警護がいる。何か聞かれたら、暴れていたから俺が倒したと言え。その後は逃げていいよ。」


 「へい!!」


 彼はすぐさまタロンの足首を掴み、ズルズルと表へ引き摺り始めた。何故か息を潜めて成行きを見守っていた客達もぽつりぽつりと立ち上がり、ぶっ倒れている海賊達を外へ運び出してゆく。彼等は全員を運び出して戻って来ると、何事もなかったかのようにそれぞれのテーブルで飲み始めた。


 「ほい、テキーラにあんず酒、それから山盛りポテトフライ。」


 マスターは手際よく、ポンポンポンと酒とつまみをカウンターの上に置いた。


 「マスターありがと。ポテトフライ頼んでないよ。」


 「あっちのテーブルからの奢りだ。」


 「えっ?」


 リアが振り返ると、二人組で飲んでいる船乗りが軽く帽子のつばを上げた。リアはぺこりと頭を下げた。


 「酒はあっちの席が全部奢ってくれるってよ。」


 マスターは大勢でガヤガヤ飲んでいるグループに目をやった。彼等はそれぞれ上機嫌な様子で杯を上げたので、リアもグラスを上げて手を振った。


 「いいのかなあ、こんなに奢られちゃって。」


 「いいんだよ、あくどい海賊を倒してくれて皆スカッとしてるんだ。奢られておけ。」


 「そう?お騒がせしたのに申し訳ないな。」


 「いやいや、俺もいいもん見せて貰えた。誰かの奢りがなきゃ俺が奢ってる。」


 「ええっ、そんなに!?」


 「まさかこんな細腕の兄ちゃんが、タロンを背負い投げるとはなあ!!流石……セイントレアの王族に仕える人……だっけか?」


 「そうそう!」


 「なんだなあ!!」


 「うーむぅ、複雑な気分だが、皆がいいならまあいいか。」


 「そうよ!」


 「ね、ジュラム、レスカの海軍でも海賊は捕まえられないの?」


 「恥ずかしながらそうなのです。」


 ジュラムはポリポリと頭を掻いた。


 「彼等の持ち場は海上ですからね、とにかく逃げ足が速い。こういう陸上で誰かが通報してくれればと思うのですが、恐ろしくて遠巻きに見ているだけです。今回一網打尽に出来て、リア、お手柄でした。」


 「単なる成り行きだけど。」


 「彼等は恐らく……グーシュです。」


 「グーシュ?」


 「悪名高い海賊団です。タロンがいるなら間違いなくそうでしょう。強盗、強姦、殺人、奴らは何でもやる。まあ一生牢屋から出られないでしょうね。」


 「へえー。」


 「それにしても……。」


 「うん?」


 「噂通りだ。」


 「噂?」


 「お強いとは聞いておりましたが、まさかこれほどとは。素手でグーシュを倒す!?剣を持ったらいかほどに!?」


 「や、止めて下さい!私の場合、極端に出ちゃっただけですから。」


 「極端に出ちゃった?」


 「え?まあ……。そんなに強くなくてもいいから、裁縫とか料理とか、れ……恋愛?……とかに、もっと……。」


 リアはぶつぶつと独り言ちた。


 「ほいお待ち!レバ刺しにパイナップルサラダ!」


 マスターがタンタンッと料理を並べた。


 「え、さっき貰ったよ?」


 「食ってねえじゃねえか。」


 マスターの視線の先には、カウンターに飛び散ったレバーとパイナップルの残骸があった。女給がせっせとそれらを拾い上げカウンターを拭いている。


 「マスター、ごめんね。」


 「いいってことよ。心躍ってたんだろ?早く食え。」


 「ありがと、いただきまーす!ジュラムも食べて。」


 リアは艶やかなレバーを、薬味の利いたゴマ油にちょいちょいと付けて口へ放り込んだ。ジュラムも見よう見まねで恐る恐る口へと運ぶ。


 「おいしーい!!今まで食べた中で一番美味しい!!」


 「そいつは良かった。」


 「む……リア、これは本当に美味しいですね。」


 「ね!」


 「ああ、今日はなんていい日なんだ!レバーは美味しいし、悪党は捕まえられたし。…………これから、あんまり面白くない話をしなければならないのは本当に残念です。」


 「ん…………。」


 リアは静かに頷いた。それと同時にこの国の宰相の敏腕さと心遣いに、改めて尊敬の念を抱いた。他国の王女の話なんて適当にあしらっておくことだって可能なのに、この人はそうはしない。笑いながら楽しいムードを敢えて壊すようなことを言う。目の前にいる白髪頭のおじいちゃんは、世界でトップの政治家なのだとリアはしみじみと思った。


 リアの周辺は上手くいってなかった。協力者は大勢いるのに決め手となるようなことが何も出て来ない。それと同様に、王宮の方でも事態は進展していないようだった。時折ジュラムが何か言いたそうな顔をしているのだが、お互い忙し過ぎて擦れ違いの日々が続いていた。

 

 「ね、ジュラム、私にとって信頼出来る人ってどういう人だと思う?」


 リアの質問に、ジュラムはうーんと首を捻った。


 「先回り出来る人、とかですかね。少しの言語や仕草で意を酌む、みたいな?」


 「ああ、そういう人もいいね。でも大事なのは……私にとって嫌なことを言ってくれる人なんだ。」


 「なるほど。」


 「今日はあなたが来てくれて良かった。」


 「私にとってもそうですよ。」


 二人は小さく笑い合い、静かに杯を合わせた。





 

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