マスター、お代わり
港近くの飲み屋街はごった返している。所狭しと立ち並ぶ居酒屋は、真昼間だというのに沢山の人々が出入りし、爆発的な笑い声や怒号が飛び交っていた。
そんな喧騒の中、リアはぽつんと一軒のバーのカウンターに座っていた。一枚の紙を穴が開くほど見つめて、はあと溜息をつく。
「マスター、テキーラお代わり、ショットで。」
「いいけどよ、兄ちゃんペース早くねえか?」
「だって美味しいんだもん。それにまだ二杯目だよ。」
「まあな、あいよっと。」
「ありがと。エスカルゴ頼んでないよ。」
「おまけだ。」
「わあい!」
「空腹で飲むと悪酔いするからな。」
「マスター優しー♡」
リアはテキーラを呷り、パセリと玉葱がてんこ盛りに乗ったエスカルゴを頬張った。
マスターは至極ご満悦な客の表情に頷きながら、ふとカウンターの上に置いてある紙に目が行った。その途端、動きが止まる。何度も何度も見せられたあの似顔絵だ。
「お前……役人か?」
「え?……ああ、これ?役人じゃないよ。」
「役人じゃないならなんなんだ?」
「ん……まあ色々と。」
「ふん、深入りはしねえけどよ、何度聞かれたって俺はそんな奴見てねえぜ。」
「だろうね。」
「だろうね!?じゃあ俺は何であんなにしつこく聞かれたんだ?」
「さあ。」
「ったく腹立たしいな!お前はどうしてこいつがここへ寄ってないと知っている?」
「だってそいつは、あ、ジョナサンって言うんだけど、ここへ来ないでレスカ宮殿に行っている筈だもん。」
「レスカ宮殿だって!?……お前、何者なんだ?」
「深入りしないんじゃないの?」
「そうだけどよ、まるで俺が犯罪を犯したみてえにしつこく調べやがって、ちったあ真実を知る権利ってもんがあるだろうよ。」
「そうか。悪いのはジョナサンだけど、迷惑を掛けてごめんね。」
「で、お前は?」
「うーん……強いて言うなら被害者かなあ?」
「何?お前セイントレアの王族か!?」
「ケホッ!!」
いきなり核心を突かれてリアはむせた。
「そ、そんな訳ないだろう!!その……仕える人っていうか。」
「そういうことか。セイントレアから遥々ご苦労なこって。」
「マスターのお酒が美味しいから報われるよ、お代わり。」
「あいよ。まあ、海も渡って来るか、特大のダイヤモンドじゃな。」
「ケホッ!!」
「兄ちゃん飲み過ぎじゃねえか?」
「ダイヤモンドが……どうしたって?」
「盗まれたんだろ?セイントレアの宝玉が?」
「え?まあ……そんな感じ……?」
「てことは……盗んだっていうのはおかしいよな、合法だろ?」
「どういうこと?」
「レスカ国王へ献上するつもりだった。」
「特大のダイヤモンドを?」
「あ、分かった、売るつもりだった!そんなもん、レスカ国王ぐらいしか買えねえだろ?」
「なるほど。」
「いや、それじゃ犯罪じゃねえな、分かった!!そいつはそれをちょろまかしたんだ!!」
「そうか!」
「そうに決まっている!!そうじゃねえとあんなにしつこく聞かれる覚えはねえ!!」
「マスター、大変だったんだね。」
「そうともよ!もう国内にはねえだろなあ……。」
「島のどこからでも持ち出せるもんね。」
「特大のダイヤモンド様は今何処にいることやら。畜生!そいつのせいで俺は……!」
「ね、マスタ……。」
「ん?」
年若い客の視線に、店主は一瞬威圧された。
「……何だよ、俺は……知らねえぞ。」
「だからさ、参考になるのはここへ来た客のことだけなんだ。」
「俺は……客が聖人であろうと犯罪者であろうと、何も知らない。」
「ご立派です!」
「そういうこった。」
「頼むよマスター、こうやって遥々海を渡って来た訳だし!」
「知らねえもんは知らねえよ!」
「そこを何とか。」
「むう…………。」
「マスター、テキーラ百本入れて。滞在中に全部飲むから。」
「ドアホ!!そういうくだらない金の使い方をするな!!」
「くだらなくなんかないよ!私はマスターが作るテキーラが本当に美味しいと思ったから――。」
「うるせえ!!…………実はな、実際のところ話せるような話なんて何もないんだ。」
「ちょっとでいいから。」
「…………。役人に聞かれた時と同じ話をするぞ。本当にそれが全てだ。」
「ありがとう。」
リアの前に新しいショットグラスが置かれた。
「来たのは六人。奴らはお前が今座っている、すぐ後ろのテーブルに着いた。そこしか空いてなかったんだ。」
「うん。」
「静かな客だった。何度も聞かれたが奴らは船乗りじゃねえ。ここは港からすぐだから、ここへ来る客の殆どが船乗りだ。無事に着いた祝杯を挙げるか、これからの出航を祈って祝杯を挙げるか、かつて祝杯を挙げて無事だったからまたここで祝杯を挙げるか、ここいらの漁師が日常的に飲みに来てるか、とにかく奴らはそういう感じが全くなかった。」
「役人とか領主とか、つまり……セイントレアに対してクーデターを起こしそうな、官的な感じでもなかったんだよね?」
「まさか!!それだったらまだ船乗りの方が近い。」
「そうか。」
「隣のテーブルの奴らが話し掛けに行ったが、すごすごと戻って行ったよ。」
「凄く嫌な感じだったのかい?」
「そういう訳でもねえけど話し掛け辛い雰囲気ではあったな。」
「残念だね、他国の船乗りだったのかな?」
「いや、地元の漁師だ。陽気な奴でな、外国の話を聞きながら一緒にわいわい飲むのが好きなんだ。自分で漁もしているけど網元なんで、気が合ったら奢ってやったり自分の屋敷に泊めてやったりする。ちょっと変わり者だが、さすがの奴でもそっとしておいた方がいいって感じだったんだろうな。」
「そんなに切羽詰まった感じだったのか?」
「うーん、まあそうかな。とにかく陰気だったね。」
「話の内容は分からない?」
「分からねえ、常にボソボソと人目を気にするように喋っていた。俺が感じたのは二つ。一つは地理的なことを話していた。手を広げたり方向を指したり。ここではよく見られる光景だ。」
「なるほど。」
「あと一つは、奴らは誰かに雇われた人間みたいだということ。奴らが何かしたくて自発的にレスカを訪れているのではなくて、誰かの指示の下ここへ来ているのだと感じた。」
「どの辺でそう思ったんだろう?」
「○○様は……しとけと。○○様は……でないと。みたいな感じ?」
「「……」は分からない?」
「全く。本当に小声なんだ、俺もちゃんとそう聞こえたかどうかの確信は持てねえ。」
「○○はジョナサンじゃなかったか?」
「それも分からねえ。そう言われればそんな気もするし、かと言ってそうだそうだ!という気もしねえ。」
「う――むぅ。」
「ちょっと変わったことと言えば、うちの料理をテイクアウト出来ないかと聞いて来たことくらいかな。ああ!奴らはそんなに飲まなかった、寧ろ食事をしに来たと言っていい。」
「テイクアウトもやってるの?」
「やってない。うちはバーだから今この時を大事にしたい。酒を頼んだのにテイクアウトが天手古舞で酒が出て来ないって状況が俺は嫌なんだ。」
「素晴らしい。テイクアウトの店を紹介してあげたんだよね?」
「知ってるじゃねえか。テイクアウトっていうよりも保存食専門の商店だがな。奴らはそこへ寄ったと聞いた。」
「うん。」
「あいつらは……何だったんだ?」
「このジョナサン号の乗組員。」
リアは似顔絵の描かれた紙をペラリと翳した。
「そういうことか!俺の勝手な意見だけど、あいつらは……特大のダイヤモンドがどうのこうのっていうタマじゃねえよ。」
「そうなんだろうね、恐らくジョナサンに利用されただけだ。」
「分かっているならいい。これが俺の知っていることの全てだ。」
「マスター、どうもありがとう。」
「本当に殆ど参考にならなかっただろう?」
「とんでもない!!……奴らは船乗りじゃねえ、マスターのこの言葉が妙に気になる。」
「いや、そう言われると、船乗りなのかなって気も……?」
「マスター、難しく考えなくていい。私は、そういう直感みたいなものを取り零したくないんだ。」
「そういうもんかね。まあいい、俺にも収穫があった。」
「収穫?」
「あいつらが何者なのか、あんたが初めて教えてくれた。」
「そうか、じゃあお互い良かったね。」
「ふん、こっちはとんだとばっちりを食らったぜ。」
二人は密やかに笑い合った。
「マスター、お代わり。」
「あいよ。いや……よくねえな。」
「駄目なの?なんで?」
マスターは身を屈めると声を潜めて言った。
「兄ちゃん、悪いことは言わない、帰った方がいい。」
「へ?」
「あんた、狙われている。」
「ええっ!!」
リアは目を見開いた。
「奥のテーブルにいる四人組、あいつらは海賊なんだ。」
リアがちらっと振り返ると、四人の男が睨めるような目でリアを見ていた。
「本当だ。ずっと殺気は感じていたのだが、まさか自分に向けられてるとは思わなかった。何でだろう、金持ちに見えるのかな?」
「違う、狙いは兄ちゃん自身だ。」
「私!?こんな場末の酒場で私がどこの誰かなんて――。」
「ぐずぐずしてると襲われるぞ、トイレに行ったふりして裏から逃げろ。」
「襲う!?私を!?何故!?」
「奴らが姿を現したのは久し振りだ、暫く海上にいたんだろうよ。奴らは飢えている。」
「狙いは私!?」
「さっきからそう言ってるじゃねえか!!」
「ちょ、ちょっと待て!私は女に見えるのか?」
「見えねえ。」
「じゃあどうして!?」
「綺麗だったらどっちだっていいんだよ!!」
「ヒェ――!!」
「早くしろ!後で金払いに来いよ。」
「ちゃんと今日払うよ。マスターお代わり。」
「はい……?俺の助言聞いてた?」
「色々ありがとう、でも私はこれからここで待ち合わせなんだ。」
「はあ?…………連れは腕っぷしの強い奴なのか?」
「どうだろう、昔はそうだったかもしれないな……あ、来た来た!!ジュラム、こっちこっち――!!」
マスターが入り口を見ると、初老の男が立っていた。もじゃもじゃな白髪頭が印象的だ。白いシャツに薄手のチュニック、ベージュのパンツに編み上げ靴といった全くもって一般的な服装だが、この老人には全く似合っていない。
老人はカウンターの客が呼んでいる声に気付くと、満面の笑みを浮かべながら軽快な足取りでこちらへ向かって来た。




