それぞれのレスカ ⑦ロジワニース家パーティ リアとセイントレア人レスカ軍兵士の親睦を深める会
「ヴァネッサ様、グラスが空ですよ、シャンパンをお持ちしました!!」
「僕はアイスクリームを!!」
「ヴァネッサ様、セージの花冠です、どうか受け取ってください!!」
ロジワニース家の花のガーデンは、今を盛りとばかりに咲き乱れている。そんな中、複数の男性に囲まれているヴァネッサは、花よりも美しく清らかに微笑んだ。
「ヴァネッサ様、私にはあなた様にあげられるものは何もありません、だけど……っ!!」
若い青年はヴァネッサの前で跪いた。
「だけどっ!私と結婚して下さい!!」
「!!」
「まだまだ無位の身ですが、精進して、出世して、きっとあなたを――!!」
「おい、抜け駆けはずるいぞ!!」
「そうだそうだ!!」
「だって、この機を逃したら――!!」
「それはみんな同じだ!!」
「きゃ――――!!やめて――――!!」
喧嘩を止めようと立ちはだかったヴァネッサは、失神した、ふりをした。
「ヴァネッサ様!!大丈夫ですか!!」
ヴァネッサを支える為の多くの手が彼女に伸びた。ヴァネッサは彼等の手に身を委ねながら、息も絶え絶え呟いた。
「私なぞの為に……喧嘩なんてなさらないで……。」
「申し訳ありません!!」
「こいつが悪いんですよ、こいつが!!」
青年の一人が、求婚した若者の襟首を持って立たせた。
「おやめになって!!」
割って入ったヴァネッサは失神した、ふりをした。
「ヴァネッサ様!!」
再びがっくりとしたヴァネッサの口元に、一人の若者が赤ワインの入ったグラスを充てがった。
「ん……ん…………。」
ヴァネッサは、徐々に意識を取り戻していく、ふりをした。
「まあ、私ったらはしたない!!」
「はしたないのは我々の方です、皆、あなた様の美しさに目が眩んでしまって――。」
「そんな!!私なぞ、翌朝には消えてしまう露のような命です。太陽のように輝く皆様方は、どうか光の道をお歩きになって!!」
「何を仰いますか!!どんなに出世しようと、共に喜んでくれる人がいないと!!」
「そうですよ!!命に替えてでも守りたいという人がいなければ!!」
ヴァネッサの夫気分になった彼等は、口々に叫んだ。
「そうですか……。」
ヴァネッサは恥じ入るように俯いた後、顔を上げて花のガーデンの隣にある芝生のガーデンを見つめた。威勢のいい声が聞こえて来るが、取り囲んでいる人の為、中で何が行われているのか全く分からない。
「では……皆さまは、何故手ほどきをお受けになりませんの?リア王女が自ら剣をお取りだというのに?」
ヴァネッサを取り巻いていた彼等は、はっとして芝生のガーデンを振り返った。遠い所から急に今に戻されたような気がする。やいのやいのと罵声を送る、彼等にとっては非常に聞き慣れた騒がしい歓声が耳に戻って来た。
ヴァネッサはうっとりとした声で呟いた。
「そうですわね……リア王女を倒してしまうような強いお方がいらしたら、私きっと心を惹かれてしまうに違いありませんわ。」
「――――!!」
「では、僕がきっと!!」
「何を言う!!お前は腰抜けではないか!!」
「失礼いたします!!」
彼等は脱兎のごとく、芝生のガーデンへと駆け出して行った。そして、ヴァネッサの周りには誰もいなくなってしまった。
「もう!全員行くことないじゃない!」
急に静まり返ったガーデンで、ヴァネッサはぶつくさと独り言ちた。
……こうやって若者にチヤホヤされるのも悪くないけど、今はリアが見たいわ……。
咲き誇るブーゲンビリアを横目で見ながら、ヴァネッサはくすりと笑った。
……強い強いとは聞いていたけれど、リアが実際に戦っている姿なんて見たことがないもの。若い子を相手に稽古をつけるって聞いたけど、是非私が見なくちゃだわ。
耳を澄まし、本当に自分が一人だと確かめた後、ヴァネッサはえいやっと起き上がった。
★★★
ヴァネッサが静かに、それでも急いで芝生のガーデンへ駆け付けると、一人の青年がコロンと仰向けに倒れたところだった。対するリアは、何事もなかったかのように普通に立っている。
「も、もう一番っ!!」
倒れた青年は跳ね起き、その勢いのままリアに振り被った。がしかし、彼は先程と同じようにパタンと芝生の上に倒れた。リア王女が動いたのは分かった。それは分かったが、見ている者も打たれた本人も、何がどうなっているのかは全く分からなかった。
「アレク、格好いいぞぉ――!!」
「スピード自慢はどこへいったぁ――!?」
聴衆は面白がって囃し立てた。打たれた本人はキョトンとした様子で、首を捻りながら起き上がった。
「だからさー。」
リアはアレクを立ち上がらせながら、練習剣を持たせた。
「ほら、今の動作をもう一遍やってみな?今度はゆっくりな。」
アレクは訳が分からないながらも同じ動作を繰り返した。
両手で持った剣を右手に持ち替え、右斜め後方に振り上げリアの首筋を狙う。女相手では力はいらない、寧ろ片手で操作してスピードを上げた方がいいだろう。
右腕を最大まで伸ばす途中で、見えない方向から点が迫って来た。線や軌跡ではない、点が自分へと拡大して来る。自分の右腕が最後方へ伸び切った瞬間、点は自分の左肩に軽く当てられ、見えているにも拘らず彼はコロンと後ろへ転倒した。
「な、分かっただろ?」
キラリと光る眼が自分を覗き込んでくる。
「アレク、確かにお前は速い方だ。だけど速さだけに重点を置いていると、もっと早い奴が現れた時に打つ手がなくなるぞ。ほら、ここ。」
リアはこつんと剣を胸に当てた。
「今私はお前の左肩に当てたが、勿論心の臓だって狙えた訳だ。急所を晒すのは極力避けた方がいい。立って。」
リアは再びアレクの手に剣を握らせた。
「今度はなるべく身体を開かないように打って来い。」
そう言われても……と、アレクはたじろいだ。もう、どう打っても躱されるような気がする。しかし、とアレクはぐっと歯を食いしばった。折角名士が相手をしてくれているのだ、やるべきことに集中しよう。……胸や腹を狙ってもどうせ躱される。そう見せかけて足を狙う。掠るとは思えないが、その勢いで体当たりだ。
「ぅお――――!!」
アレクは雄叫びを上げ、脇を固く締めて突進した。と思ったら芝生の上に転がされていた。
「いいじゃないか!!」
天から降って来る王女の声は溌剌としているが、アレクは泣きたい気分だった。
「どこが……いいんですか?」
「今のだと一刀目では殺せないな。二刀目では確実に仕留めるが。」
アレクは意地を持ってよろよろと立ち上がった。
「あ……ありがとうございました!!」
「おう。」
「次、お願いしまーす!!」
リアが声の方を見ると、何故か兵士の数が増えているような気がする。
「ちょっとタイム、タイム!!」
リアは慌てて叫んだ。
「こう連続だと流石に疲れたよ、ちょっと休憩させて。そうだ!折角だからうちの兵士達とも手合わせしてやってよ、新人が多いから丁度いいだろう。」
リアは円陣を囲っている、エクリスタ船員の辺りに声を掛けた。皆、やる気満々の顔をしている。
「ようし、行って来い。負けたら徒じゃ済まないからな。」
★★★
「ひゃー、楽しいな!!」
リアは汗を拭いながら、のどごしの良いシャンパンを呷った。
「お気に召しましたかな?」
ブラードン・ロジワニースが、リアに近付いてグラスにボトルを注いだ。
「やあ、ブラードン!パーティを開いてくれてありがとう!とても楽しんでいるよ、暫く動いてなかったから身体が鈍って鈍って。」
「リア様に気に入って貰えたようで、ようございました。」
「本当に感謝している。セイントレア人のレスカ軍兵士なんて、会えることはまずないだろうからな。いい機会を貰えた。」
「感謝しているのはこちらの方ですよ。」
レスカ軍大尉のエナックが声を掛けた。
「新人もベテランも、リア様を見て渇を入れられた気分です。」
「そう?レスカ兵士なんて、うちなんかよりもずっと厳しい訓練を受けているような気がするけど?」
「そうでありたいと願っておりますが、必ずしもそうであるとは限らないのですよ。」
「そうなのか?」
「勿論、兵士としての訓練は絶えず受けております。しかし、自国へも帰らずにこちらの軍に籍を置く者ばかりでしょう?どうしても勉強したい研究者肌が多くて、ついそちらに専念しがちです。」
「なるほどなあ!研究って傭兵学とか?私ももっと勉強したかった、二年じゃとても足りない。」
「それは人それぞれです。建築や設計、測量なども。地質学や海洋生物なんて者もいますよ。」
「そうだよな、軍は殆ど全てのことに係わっているものな。結構人数が多くて驚いたけど、全部で四十人くらい?」
「いえ、生粋のセイントレア人は十五人ほどです。あとの者は、親や祖父母がこちらに住み着いて、生まれながらにレスカ国籍を持つ者ですね。何しろ、ロジワニース侯爵に賑やかにしたいと言われましたので、広く声を掛けました。」
エナックがブラードンを見ると、彼は満足気に頷いた。丁度ヴァネッサも彼等のテーブルに着いたところで、つつましやかに会釈した。
「賑やかな方がいいに決まってるさ!そういえばエナック、お前の専門は何なんだ?」
「私は只の兵士です。」
「ほう!!」
「ですから、あなたに稽古をつけて貰っている兵達が羨ましくて。……ね、リア様、私も相手をして貰えませんか?」
「いいねえ!……いや、駄目だ。侍女に固く止められているんだった。」
「そうなんですか!?」
「そうなんだよ。畜生、クララの奴……。必ず新人の相手だけをして下さいって、熟練のレスカ兵士は絶対に駄目ですって。」
「凄い、読んでる。流石セイントレア王女付きの侍女だ。」
「まあね、言っていることは分かるんだけどさ。ちょっとした捻挫なんて大したことないけど、その足でヒールを履くなると確かにきつい。自国じゃないからな。」
「そうですよね、大事なお身体だ。軽薄なお誘い、失礼しました。」
「謝らないでよ、私だって本当はやりたいんだ。でも……ちょっとくらいなら……いいかな?」
「止めておきましょう。そのお話を聞いてしまったら、もう本気ではやれないです。」
「確かに。」
「それにしても素晴らしい侍女殿ですね。今日はこちらにいらっしゃらないのですか?」
「来てない。そういえば来るって言わなかったな、可能な限り付いて来たがるのに。」
「いらしたらさぞやモテたでしょうね、今日は女性がお二人だけですから。あ、それが怖いからいらっしゃらなかったのかもしれませんね!」
エナックは朗らかに笑ったが、ヴァネッサとブラードンはあらぬ方向へ目を反らした。
「そういえばエナック様!」
ヴァネッサは愛らしく声を掛けた。
「何でしょう、ヴァネッサ様。」
「エナック様は何故レスカ国にいらっしゃいますの?一度も聞いたことがありませんわ!」
「や、やあ…………。私は大した理由ではありませんよ。」
「大した理由なくレスカ軍の大尉にならないだろ、私も気になる。」
「や、本当に高貴な皆様にお話しすることでは。」
「知りたいですわ!」
「そう言われると気になってしようがない。」
二人に詰め寄られて、エナックはポリポリと頭を掻いた。
「その……こちらでの留学時代に恋人がいましてな。」
「まあ、素敵!!」
「素敵!!」
「学生時代の恋人、何てロマンティックなのでしょう!!恋人が国へ帰るなと?」
「いえ、すったもんだの修羅場ですよ。」
「国と私とどっちが大事なのって?」
「そんな綺麗な話じゃないです。その……出来ちゃいましてね。」
「出来ちゃうと言いますと……まあ!!」
「まあ!!」
「義父母には罵られ殴られ蹴られの散々でしたが、何とか認めて貰って今に至ります。」
「ロマンティックですわ!!」
「そんなんじゃありませんてば。」
「ロマンティックですわよ、どうしても奥様と一緒になりたかったのでしょう?」
「まあそうですけど。折角子供も授かったのだから育てたかったし。」
「何て素敵……。」
「セイントレアの実家は戻って来いとは言わなかったのか?」
「その点は自由でした、私は三男ですので。セイントレアに戻っても家業を継ぐ訳でもなく軍に所属したことでしょう。それより、相手方に男としての誠意を示せと。」
「ご立派ですわ!!」
「親にも迷惑を掛けました。義父母宛てに謝罪の手紙を書いて貰ったり……。」
その時芝生の中央から、わ――っ!!と大きな歓声が上がった。どうやらレスカ兵士とエクリスタ兵士が、好勝負をしているらしい。リアは額に手を翳して戦況を伺った。芝生では、押しつ押されつの白熱した試合が行われているようだ。誰が戦っているのかを認めると、リアは身を乗り出して叫んだ。
「行け――、ブライアン!!お前のペースに持ち込むんだ!!」
リアは拳を振り上げて檄を飛ばした。
「なんて素敵なご両親なのでしょう!!反対はされなかったのですか?」
「怒られはしましたが反対はされませんでした。私の両親はお互いをとても愛しておりますので、その辺の理解はあったと思います。」
「素晴らしいですわ!!そう思いません、リア?」
ヴァネッサがリアを見ると、彼女は腕をぶん回して何かを叫んでいた。
「ん……?ああ、勿論!」
「理想の家族ですわ!外国に一人取り残されることに関しては、不安に感じませんでしたの?」
「そんなことを考えている余裕なんてありませんでした、妻の腹には一つの生命が宿っていたのですから。」
「奥様は本当にお幸せですわね。そう思わない、リア?」
「おう!!ブライアン、絶対に退くな!!先に心が折れた方が負けるぞ!!」
「…………好勝負のようですな。」
リアに釣られて、エナックも首を伸ばして芝生を伺った。
「私には、エナック様のロマンスの方がとても興味深いお話ですわ!」
「とんでもない!!若いお嬢様のお耳に入れる話では……!!」
「私、心底感動しておりますのよ!!エナック様は、愛という名の天使ですわ!!」
「お恥ずかしい、止めてください!!」
「いいえ!!ね、リア――。」
ヴァネッサが気付いた時にはリアは芝生に駆け出し、猛烈な勢いでブライアンを捲し立てていた。
ヴァネッサは、ふうと息をついて再び腰を下ろした。
「外国ではご苦労が多かったのではないですか?」
ヴァネッサは真剣にエナックに問うた。
「そうでもありません。ほら、私はその前に四年間こちらで暮らしていた訳ですから。」
「ああ、そうでしたわね!……今、こちらのご親族の方は?」
「今では仲良くして貰っています。何しろうちにはチビが三人いますもんでね、孫が可愛いと思う気持ちの方が強いようです。そもそも、妻の家系はとても良い一族なのです。娘を傷付けられたということで、感情的になってしまったのでしょう。本当に申し訳ないことをしました。」
「エナック様は、お幸せですか?」
「ええ、とても。」
エナックは照れたように頭を掻いた。
「人生、何とかなるもんですね。妻と子供を守りたいという一念さえあれば。」
エナックの言葉にヴァネッサは深く頷いた。
「お言葉、胸に響きましたわ。」
「深刻に受け止めないで下さい。あなた様にはこんな話とは無縁な、華やかな未来が開けているのですから。」
ヴァネッサはにっこりと微笑み、歓声に沸き立つ眩しい芝生に目を遣った。




