それぞれのレスカ ⑤ヒールカイロ家 シークレット・ビッグ・パーティ
超ハイスピードで曲が流れる。
指揮者は狂ったようにヘッドバンギングし、バイオリニストはやけくその上腕運動のように彼を追い、トランペッターは悦に入ったように本領を発揮した。ティンパニーが高く低く波のように打ち鳴らされ、これから何かあるぞ、と思わせた瞬間指揮者のタクトは天井を指し、ピタッと曲は止まった。その途端、キャアキャアと叫ぶ男女の声が入り乱れた。
ダンスフロアは男女別に向かい合わせで大きなサークルを組んでいて、次から次へとパートナーが入れ替わる。曲が止まった途端手近な異性と手を取り合って床に座るのがルールで、パートナーにあぶれた人だけが立っている状態となる訳だ。
自ら司会役を買って出たタアフランツ・ヒールカイロは、ポツンと立っている女性に近付いた。
「おお、美しい菫のようなお嬢さんだ!お名前は?」
「ダリアです。」
「ダリアさんでしたか!いずれにしても花のようにお美しい!ピックとはどんなお知り合いですか?」
「ブリリアント・スクールの同級生でした。」
「そうでしたか!ピックと仲良くしてくれてありがとう!さあ、立っているのはあなただけではないみたいですよ?彼にも色々お話を聞いてみましょう。お名前は?」
タアフランツは立ちん坊の男性を招き寄せた。
「ジョージです。」
「ジョージさん!ピックとはどんなお知り合いで?」
「バーベキュー・クラブの仲間でした。」
「バーベキュー・クラブ!?一体どんな活動をする会なのですか?」
「バーベキューを愛してやまないクラブです。主に食材に合う炭と調味料を研究するのがテーマです。」
「そんなクラブがあるのですね。で、ピックもそれに所属していたと?」
「はい。ピックはうちに限らず、色んなところに参加しているようでしたが。」
「私は息子のことがちっとも分からない!!」
頭を抱え込むタアフランツに、ダンスフロアのあちこちから笑い声が漏れた。
「ジョージ、あなたがバーベキュー・クラブを通して得られたことは何ですか?」
「……肉には塩。」
「肉には塩?タレやスパイスではなく?」
「肉には塩。」
「そうですか、貴重なお言葉を心にメモいたしましましょう。さあ、では、お二人に罰ゲームです!歌を歌って貰いましょうか!」
二人はコソコソと打ち合わせし、タアフランツに伝えた。
「決まったようです、曲目は愛のウバーハ港!!どうぞ!!」
タアフランツが指揮者に振ると、イントロが流れ始めた。
彼は中央からすっと身を引き、会場を見渡した。
遠い場所でピックランツが、楽しそうに男性のグループと話し込んでいる。自分が見ていることに気付くと彼は軽く手を上げたので、こちらも小さく合図を送るとまた話の輪に戻っていった。嫁のロザリーは別の場所で女性客達と歓談し、妻は料理に不備がないか目を配りながらも、手持ち無沙汰そうに立っている人にグラスを持って近付き、挨拶を交わしている。
その数ざっと千人。
息子がパーティをしたい、と言ってきた時には驚かなった。せいぜい百人くらいの規模だと思っていたからだ。しかし話を聞けば聞くほど、それは思惑と陰謀に満ちた、手の掛かるものだった。タアフランツは全てを呑み込んで、超大型パーティを開く決意をした。
「いい、いい、好きにしろ。」
「え……?いいんですか?」
息子は拍子抜けしたように聞き返した。恐らく反対されると思っていたのだろう。しかし何があろうと、私はあの時ほど怖くはない。
「あ、ありがとうございます!!因みに経費はリアに請求しますんで!!」
「そんなことをしなくてもよい。」
「しますよ!リアもいいって言ってるんで!」
「いや、するな。セイントレア王女がお前を卒業させてくれたんだろう?」
あの時ほど怖くはない。お披露目を兼ねた、セイントレア王女を歓迎する初めての晩餐会。ふと気付くといつの間にか息子が王女と踊っていた、楽しそうにぺらぺらと喋りながら。余りにも身分が違い過ぎてどんなお咎めがあるかと思ったら、学生時代の親友だと言う。セイントレア王女と親友…………?ならば、友達が千人いても不思議ではないのか。思い思いにパーティを楽しんでいる客達を眺めながら、タアフランツは考えた。
特に目立った子ではなかった。成績はそこそこ優秀、スポーツもそこそこ出来る。我を通したのは、初めてロザリーに会わせた日から、絶対に結婚すると宣言したことくらい。それでも絶対に無理だと思われたリード校に何故か入学して、しっかり卒業出来た。
タアフランツは再び会場を見渡した。
よくこれだけ集めたもんだ、感心する。自分の息子は、自分が思っている以上に大物なのかもしれない。
★★★
「ロザリー、あなたずるいわよ!」
茜色のドレスを着た女性が、半ば冗談、半ば本気の体でロザリーに迫った。
「あらクレア、ずるいって何が?」
一応聞いてみたけれど、ロザリーにはクレアが何を言わんとしているかはよく分かっていた。同席している茜色のドレスを着た他の四人の女性達も、彼女と似たような目でロザリーを見ていた。
「一人だけリアと踊って!!あの日は、あなた以外の女性とは誰とも踊ってくれなかったわ!!」
「ああ、あれ?だって……あの日のリアはドレスを着ていたんだもの。私はピックを通じて、どうしてもリアと踊りたいってお願いしていただけなのよ。」
「それはずるいわ!!」
他の女性がいきり立った。
「あんなに素敵な旦那様がいるのに、リアまで独占するなんて……!!」
彼女は顔を覆って泣き崩れた。ロザリーはそんな彼女の肩を寄せた。
「泣かないで、ソフィ。リアはあなたのことをとても気にしていたわ!」
「そうなの!?」
ソフィは顔を上げた。
「そうよ!あなただけじゃないわ!クレアも、ペイズリーも、トルーシェも、マッジも!皆元気だろうかとリアはあなた達ばかりを気にしていて、私とはちっともお喋りしてくれなかったわ!」
「あら。」
彼女達は、こみ上げてくる笑いに耐えるかのように頬を押さえた。
「とても……いいパーティね。」
彼女達の一人が、場を繕うかのように不自然に呟いた。
「まあ、トルーシェ!どうもありがとう!」
「お招き頂いてありがとうはこちらの方だわ。でも……これは何のパーティなの?よく分からないままいそいそと呼ばれてしまったけど。」
「ああ……。」
ロザリーは伏し目がちに溜息をついた。
「全く……うちの旦那様には困っちゃうわよ。」
「あら、どういたしましたの?」
彼女達は興味津々の目でロザリーを見た。人の不幸は蜜の味がする。
「実は……ピックが、急に作家になりたいと言い出して。」
「作家ですって!?普段のお仕事もお忙しいでしょうに!!」
「そうなのよ……うちにはそんな余裕はないし……。あの人、普段は柔軟な分一度言い出したら聞かないのよ。お義父様とも話し合った結果、やるだけやらせて、才能がないのが分かったら正気に戻るだろうと。」
「まあ、お優しいのね!!流石お坊ちゃまだわ!!」
「凄いわねえ……!で、今日のパーティは、作家発起祝いな訳?」
「違うのよ。あの人作家になりたいと言っている割には、お坊ちゃまだからダークなネタが全然無いみたいで。」
「ネタ探し!?」
「恥ずかしながらそうなの。今、学園ものを書いているようだわ。だけど夫は充実した学生生活をずっと送ってきたから、ダークな部分があることが理解出来ないらしいの。」
「こう言っちゃなんだけど……ご主人、作家には向いてないんじゃないかしら?」
「ええ。私も、お義父様も、誰もがそう思っているわ!いずれ諦めるでしょうけど、それまでは取り敢えず付き合ってあげる。誰か、学校であった、変な事件や困った学生さんなんかを知らないかしら?」
「私、知ってるわ!!」
茜色のドレスの一人が、高々と手を挙げた。
「あら、マッジ、早速嬉しいわ!どんなお話なの?」
「実はね、私の弟が通っているブリリアント・スクールの話なんだけど……。」
彼女達は身を乗り出して、マッジの話に耳を傾けた。
★★★
「やあ、みんな!こんなに集まってくれて嬉しいよ!!」
ピックランツは、その場に集まっている男性達と次々にグラスを合わせた。
「お招き頂いてありがとう!俺達だって、こうやって皆に会えて嬉しいよ!全員で集まれたのはリード校を卒業して以来なんじゃないか?」
「そうだよなあ!何だかんだ忙しいもんなあ!ところで、今日はリアは来ないのかい?」
尋ねられて、ピックランツは首を振った。
「残念ながら、今夜は宮中での行事があるそうだ。」
「そうなんだ!?俺はてっきり、リアを歓迎するパーティなのかと思ってたよ!」
「俺も!!」
彼等は驚くと同時にがっかりした様子だ。
「なんだなんだ?皆そんなにリアに会いたかったのかい?」
「そりゃそうだよ。」
「王宮に行けば、ほぼ毎晩いるけど?」
「分かってるけど、敷居高すぎだって!」
「まあね。でも、ダンスの時だけは身分あんまり関係ないよ、早い者勝ち。」
「そうだけどさあ、あの長い列に並ぶかあ?リアと踊る為に?」
「ピック、お前よく踊ったよな、しかも初日に。」
「踊りたい訳じゃなかったけど話したかったからさ、猛ダッシュで並んだ。」
「リアとダンスかあ……改めて考えると笑っちゃうよな、お前大丈夫だったの?」
「そんな余裕ないよ。今だからリアが全然変わってないのが分かるけど、無礼者!とか言われてもしょうがない身分だし。」
「確かになあ。まさかあのリアが、セイントレアの王女だなんてなあ!自分の目が信じられなくて何度もつねったもん。」
「レイダン皇太子と踊っている王女が妖精のように綺麗で見惚れてた。でも、誰よりも近くにいた僕がリアを見間違える訳がない。自分の直感を信じて行ったよ。」
「本当に綺麗だよなあ……。や、綺麗なのは知ってたけどそんな風に思ったことがなくて。」
「分かる!っていうか、リアが綺麗だとか綺麗じゃないとか言ってる自分に腹が立つ!」
「分かる、分かる!!お前はリアのくせに何なんだよっていうか!!」
「そうだよな!!あのリアのくせに!!」
「そうそう!!あのリアのくせに!!」
男性達は、悔しがりながら笑い合った。
「なあ、ピック。これがリアを歓迎するパーティでないなら、一体何のパーティなんだい?随分大規模だけど?」
「実はさ……。」
友人に尋ねられて、ピックランツはにんまりと笑った。
「実は僕、作家になろうかと思って。このパーティは景気づけなんだ。」
「作家!?」
その場にいる誰もが目を見開いた。ピックランツは友人も多く多趣味だったが、物書きになるというイメージは全くなかった。
「それはおめでとう。……っていうか、びっくりだよ。そんな時間あるのかい?」
「あ、何年も書き溜めた物があって、もう出版する手筈になっているとか?」
「いや、これから書こうと思って。」
「へえ!!何でまた急に?君にそんな趣味があるとは思わなかったよ。」
「自分でも作家になりたいなんて思ったことがなかったけど、急に凄くなりたくなって。」
「え、そんな感じ?ま、まあ、君は器用だし、うん、論文も上手だったもんな。そういうのだったらいいんじゃないか?」
「ああ、そういうのだったら分かるね。君のところはココナッツを手広くやってるんだっけ?ココナッツの研究論文、うん、いいかも!」
「いや、そういう感じじゃなくって、小説を書きたいんだ。」
「小説!?」
彼等は再び驚き、沈黙した。
「や、まあ……いいとは思うけどさ、家業の方はどうするのさ。」
「家業もするよ。」
「うーん……研究論文とかの方がいいんじゃないか?君は空想的な話を作り出すよりも、事実を多角から分析したりする方が合っていると思うのだが。」
「空想的な話が書きたいんだ。」
「分かった!!大きな構想があって、もう書き出すだけなんだね!!」
「それが、書き出してみたんだけどさあ……!!」
ピックランツは身体を投げ出して溜息をついた。
「書き出してみたんだけど?どうしたのさ?」
「今、学園ものを書いている。だけど、楽しいばっかりで、悪役が全然いないんだ!!」
「――――――!!」
「なんか、三ページ程書いたら行き詰まっちゃって!!誰か、君達の知り合いや兄弟の学生さんで、悪そうな奴を知らないか?知っていたら僕に話してほしいと伝えてくれ、僕はいつでも話を聞くよ!!」
「ピック!!家業に専念しろよ!!」
「親御さんが泣くぞ!!」
「親は協力してくれている。」
「そ、そうだな…………駄目だ!!俺は本当に、お前の為を思って言っているんだ!!せめてココナッツの研究論文にしておけ!!」
「みんな本当に優しいな。でも、僕の心の灯は消せない!!あ……あっちにもご挨拶してこないと。みんなゆっくり楽しんでいってね。面白いネタがあったらどうぞよろしく。」
「ちょ、待て、ピック――!!」
「やらせとけよ、僕はちょっと楽しみになってきた!」
リード校時代の仲間の声を背後に聞きながら、ピックランツは胸が熱くなった。
……みんな、本当に優しい。僕が逆の立場だったらきっと止めただろう。僕のことを心から心配してくれている。
こうやって一堂に会した中で、作家になる為におかしな学生のネタを探していると宣言することは訳ないことだった。しかしそれでは、リアの立てた仮説の一つとして、レスカに不遇の扱いを受けた(と思い込んでいる)誰かが実際にいたとしたら警戒感を抱かせることになるかもしれない。
大々的に触れ回ることは出来ない。あくまでも噂の域に留めるのだ。いるかいないかも分からない敵だが、もし実在したとしたら、それはセイントレア王女の敵である。その為に僕は放蕩息子を演じ切るのだ。
ピックランツはにこやかな笑顔を浮かべながら、歓談している別のグループの輪の中へと入って行った。




