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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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いい景色だろう?

 「ひゃー、着いた!!フローラ、どうだ?リリーもお疲れさん!」


 リアは馬に水を遣りながら、待ち切れないように辺りを見渡した。ちらりと見るだけで、昔いっぱい遊んだ幼馴染みが待っているかのような気持ちになる。


 「いい景色だろう?私はここから見る眺めが大好きなんだ!」


 リアは眼下に広がる懐かしい景色に目を見張った。


 ……うん、気持ちがいいね!リアはよくここへ来たの?


 ……そう!中々セイントレアではお目にかかれない景色だろう?


 ……そうだねえ。……うん、いいね!海と、空と、街と、山と。


 ……分かってるねえ!


 ……夜もいいだろうねえ、星とか月明りとか。


 ……いいんだよ、空には月と星、地上には生活する民の灯。


 ……来たんだ?


 ……当然。


 ……一人で?


 ……そう。


 ……リアにとってここは、お気に入りの秘密の場所なんだ?


 ……秘密っていう訳ではないけれど。レスカの人ってこういう景色が当たり前だろ?ここ程は高くないけど、気軽に行ける見晴らしのいい丘って結構あるんだ。だから、ここは道もないのにわざわざ行く場所じゃないと思われているみたい。


 ……そういうものか、こんなにいい場所なのにね。


 ……気に入った?


 ……うん。……いいね、凄くいいね!自然と街との距離感がいいのかな?


 ……だろ?海と空も絶景だけど、人の暮らしもよく見える。


 ……みんな、可愛い。


 ……そう!みんな可愛い!フローラ、分かってるねえ!


 ……分かるよ、凄くいい。


 ……良かった、気に入って貰えて!今日は単独で抜け出せそうだったから、絶対にお前を連れて来たいと思ったんだ!


 ……俺を連れて来たい?リアが来たいんじゃなくて?


 ……勿論私も来たかったけどさ!お前が喜んでくれるんじゃないかと思って。


 ……喜んでる。


 その途端、リアは不意に涙した。


 「え?何だ、何だ!?……ああ、お前か。フローラ、どうした?」


 ……う、嬉しくて。


 ……嬉しい?何が?


 ……リアが、俺を連れて来たかったって。


 ……泣くこたぁないだろ!お前が泣くと結構疲れるんだからな、ちょっとは落ち着け!


 リアは馬の汗を拭いていた手を止めて地面に座り、ピックランツが用意してくれた水筒のお茶を一口飲んだ。涼風がさらさらとリアの髪を掻きあげる。


 「風がいいねえ……。」


 リアとフローラは、暫し吹き抜ける風に身を任せた。

 風によって雲が変化し、雲の形によって下界に映る影の形が変わってゆく。二人は見るともなく、そんな雲の動きを目で追っていた。


 ……リア、どうもありがとう。


 どれくらい時が経ったのだろう、リアはポツンと頭の中の声を聞いた。


 ……礼なんていいよ。本当に、私がお前と一緒来たかったんだ。


 ……ありがとう。


 ……うん……。


 二人は、再び下界の景色に目を遣った。


 ……お前さ…………。


 ……何?


 フローラは嬉しそうに聞き返した。久し振りに取れた、二人きりの時間が嬉しいみたいだ。リアは躊躇いながらフローラに話し掛けた。


 ……うん、あのな…………お前多分、ただの兵士ではないよ。


 ……どういうこと?


 ……実際に実戦で戦っていたんだろうが……お前は貴族だ。


 ……ええっ!?そうなの!?


 ……だと思う。しかもかなり高位の貴族だ。


 ……えええっ!!自分では全然そんな気がしないけど!?


 ……では、どんな気がする?


 ……………………。


 ……分からないんだろ?お前は……貴族の仕来りをよく知っている。


 ……例えば?


 ……例えば?うーん、ああ、王宮の廊下で他の貴族と居合わせた時とか。リアが先に行かないとこの人達ずっと待ってるよって言われて、ああそうだったと思い出す。私は中央にいないことも多いから、合理性も含めてつい待っちゃったりするのだが、都会ではその方が不合理なんだよな。


 ……まあ、ね。そうか、それを知っているということは俺は貴族なのか。でも高位の貴族っていうのは?道を譲る順番なんて貴族だったら誰でも知っていると思うけど?リアが忘れちゃうのは、高位すぎて譲らなくてはいけない人がいないだけ。そこを気にしているのは寧ろ、下級貴族なんじゃないか?


 ……ああ、なるほど。でもなあ……!なんか違うんだ、高位の貴族でないと知らない何か……。


 ……例えば?


 ……例えば?例えばって言われてもいつの何だったか……。


 ……リアが忙しいのはよく分かるよ!でも俺だって、今後の行く末が掛かってるんだ!リアはいつ、俺が高位貴族だと思ったの?


 ……いつ……?


 ……いつ……?


 ………………。


 ……って言われても困るよな、日にちの感覚が麻痺してて。俺だってそうだもん。じゃあさ、一つずつ思い出していこう。今日はどうだった?朝起きて、ベッドから降りて、顔を洗って……。


 ……違う、朝起きて、ベッドから降りて、クララを呼んで、クララが持って来てくれた水を飲んで、クララが洗面の用意をしてくれて、顔を洗って、今日は馬で出掛けるから乗馬服にしてくれと……ああ――っ!!思い出した!!


 ……思い出した!?やった!!


 ……そう!そう!そうなんだよ!!お前は衣装に関するレアな作法をよく知っているんだ!!


 ……乗馬服?


 ……それ関係ない、宮廷での衣装だよ。言っとくけどそれが何なのかと聞かれても私には分からないからな。クララに着付けをして貰っていると、時折お前がそれでいいの?って聞く。それをそのままクララに伝えると、クララがびっくりしたような目で私を見て、謝りながら慌てて何かを変える。細かいことだったと思う、リボンとか、レースとか、アクセサリーとか。


 ……そういえば!……うん、そういうこともあったよな。それで合ってたかなあと思って、つい口に出ちゃう。出せないけど。


 ……あのクララですらうっかりするような知識を、お前はよく知ってるんだ。


 ……そうかあ。でもそれだけで高位の貴族と言えるかなあ?


 ……言えるんじゃないか?まあ、私は端から覚える気がないから何とも言えないけど。


 ……低位の貴族かもしれないよ?高位の貴族のリボンの結び方とか豪華なレースに憧れてた。


 ……うーん、憧れだけで、あの複雑な知識が身に着くか?


 ……クララみたいな立場だったりして。ザ・侍女。


 ……おう、言い切ったな!そうなんだよ!お前は、男性服よりも女性服の造詣の方が圧倒的に深いんだ!!


 ……そ、そういえば!


 ……やっぱりさ、お前女なんだよ、フローラ嬢。


 ……きゃー、やめてー!!


 ……嫌なの?


 ……嫌だね、何か違う!俺は男だ!!


 ……うーむぅ……堂々巡りだ。


 リアは身体を投げ出して空を仰いだ。


 ……俺は……何なんだろうな……?


 ……なあ?段々分からなくなってくるな。最初は戦場で敗れた兵士だと思っていたのに。


 ……女物の服に詳しい高位貴族?


 ……戦う侍女?はは、戦う王女よりレアだな。


 ……確かに!


 ……ま、いいよ。あんまり悩むな、私は困ってないから。


 ……ありがと、リア。


 ……礼もいいって、気楽にしてろ。


 ……うん。……ユースからは何か連絡があった?


 ……いや、ない。ペイジはかなり緊張状態のようだ。ユースにしろケールにしろ現状に集中してほしいから、直で手紙は宛てていない。ペイジだったら殆どセインティアを経由するしな。


 ……そうなんだ。


 ……今私が手紙を書いているのは、ピズロとジェマーソンだけ。あんまりばらばらと色んな人に宛てて混乱するのもよくない。セインティアとエクリスタに一通ずつ宛てて、それぞれが動いてくれたらいいと思う。


 ……リア、帰りたい?


 ……まあ……ね。ペイジが心配だ。私がいることによって、戦争が避けられるのなら……とつい思ってしまう。でもこれは私の独りよがりだ。私が最も信頼しているケールと、最も運を持っているユースが行っている。私がいようがいまいが、起こる時は起こるし、起こらない時は起こらない。


 ……こっちでやることも沢山あるしね。


 ……そう!目の前のことに集中だ。さ、そろそろ戻るぞ、帰って夜会の準備だ。


 ……今夜はロザリーが来るもんね、お洒落しないと!


 ……あー、そうだった、今日はドレスかあ……。


 ……リア、またここへ来る?


 ……来られたらいいなあ。


 ……来られなくてもいいけど、また来ようね!


 ……おう!


 ……えっと……好きだよ、リア。


 ……ええ?急に告白かい?


 ……うん、だって、リアのことが本当に好きなんだもん。


 ……ありがとう。私だってお前のことが好きだよ。


 ……ええっ!?そうなの!?


 ……そうだよ、いてくれると心強いよ。弓矢であんなに褒められたのは予想外だったが。


 ……ふっふっふっ、俺の手柄だ。


 ……頼りにしてるよ亡霊さん。おっと!フローラだった!


 ……どっちでもいいよ。


 ……い、いいんかい!!


 ……うん、リアが俺を好きだって言ってくれたから。


 ……ふうん?


 ……リアは、俺が、思ったより使えるから好きなの?


 ……どういうことだ?


 ……あの、例えば、矢術とか衣装の知識とか。


 ……うん。


 ……うん!?それだけ!?


 ……それだけではないと思うが?


 ……例えば!?


 ……例えば…………?あのさ、逆に聞きたいのだが、好きとか嫌いとかに理由があるのか?


 ………………。


 ……私はダンゴムシをこよなく愛しているが、何故と聞かれても理由は三つくらいしか出て来ない。


 ……ダンゴムシ…………。


 ……好きとか嫌いとかって何となくなんじゃないか?お前は、私を好きな理由を一から百まで言えるのか?


 ……い、言えない……。


 ……だろ?世の中全て、何となくだ。


 ……く、国を支配する王族が……!!


 ……お前それ言っちゃう?では、何となくじゃないものなんてあるのかよ?


 ……な、無い……!!


 ……だろ?私は皆が何となくして欲しい方向へ動いているだけ。何となく戦争は嫌だし、何となく平和な方がいいし、何となく豊かな方がいいし、何となく貧しいのは嫌だ。


 ……何となく分かったけど、何となくうまく丸め込まれたような……。


 ……何となくそれでいいのだ、絶対などありはしない。


 ……で、リアは何となく俺のことが好きなんだね?


 ……うん。


 ……俺はね!何となくだけど、リアのことが凄く好きだよ!!


 ……はいはい、分かったよ。


 ……ひゃっほうっ!!これからもリアの助けになれるように頑張るね!


 ……ありがとよ。


 ……それから、出来たらまたここへ来ようね!


 ……おう。


 ……それから、来世で俺と会ったら絶対結婚してね!


 ……お、おう……。


 ……それから、今夜の夜会は茜色に黒真珠が付いてるやつにしてね!


 ……へ?そんなんあったっけ?


 ……あるよ!


 ……何故それなんだ?やけに注文が多いな。


 ……ロザリーが来るからお洒落しないと!あんなにエグい服はお前でないと着こなせない。


 ……エグい?それでいいのか?


 ……いいんだよ!あんなに胸元が開いているのにお前が着ると凄く上品なんだ。これでまた新たな流行りが出来るな!リクエスト通り髪を一房垂らすことも忘れずに。


 ………………。


 ……ただ垂らすだけじゃ駄目だな、流行り過ぎだ、もう少しアレンジした方がいい。ほら、考え込んでいないで下山しないと!クララがまた大変だよ?


 ………………。


 リアは首を大きな溜息をつきながら馬に跨った。


  





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