悪目立ちするセイントレアの学生
「悪目立ちするセイントレアの学生か…………。」
ウィンディアは、自室の壁に掛かった弓矢のコレクションを見るともなく見つめていたが、不意に頭を振った。
「セイントレア人に限らず、心当たりがないなあ……。」
「まあ……そうですよね。」
リアは腕を組みながら、深く頷いた。
ウィンディアの授業は最も厳しい授業の一つだ。弓道に限らず、実際に危険を伴う授業は非常に厳しく統制されており、悪ふざけでもしようものなら進級どころか退学になる可能性がある。考えてみれば、ウィンディアの授業はそういった生徒を洗い出すのに、最も困難な科目であった。
「私みたいに、実際に先生のクラスで落とされた学生は?」
「うーん……ちょっと待って……何人落としたかな……。」
ウィンディアは考え込みながら指を折った。
「進級試験は除外するよ。卒業までに単位が取れればいい訳だし、生徒もそんなに切羽詰まった感じがないし。要は卒業試験だ。去年は……私がみている学校では五人ばかり落としたかな。うち四人は他の科目でも落としていて、その中の一人は前年も留年している。後の一人は、本当に弓道術だけで卒業出来なかった。真面目な性格の子なんだけどね、残念ながら元々の運動神経が若干劣る。気持ちだけでは及第点を上げたいところだが、そういう訳にはいかないのが現実だ。本人も泣きながらもう一年頑張ると言っていたし、実際頑張っているし、次の試験ではほぼ合格出来ると思う。」
「セイントレア人だけで五人も落ちているのですか!?」
「あ、違う!今のはトータルだ!実は……教師の方も、学生の素性を調べることはあまり推奨されていないんだ。ほら、この学生は出身地が一緒だから大目に見てあげよう、なんてことになったら不平等だろう?」
「ああ、なるほど。この学生はセイントレアの王女だから単位をあげようとかになったらまずい訳ですしね。」
「…………。」
「ピック、蒸し返すな、もう謝罪は受けただろう?」
「僕だってひとこと言いたいよ!!僕の尊敬するウィンディア先生が、ウィンディア先生が、ウィンディア先生が……!!」
「案外しつこい性格だな。先生、では何か気になる生徒がいたとしても、調べることは不可能だということですか?」
「いや、そんなことはない。学生の状態を把握しておくのも一つの仕事だからね、特に私みたいに実際に武器を手にするクラスは。」
「つまり、推奨はされていないが、調べようと思ったら調べられるということですか?」
「そういうこと。只、大抵の者は偽名を使っている。本名まで、ということになると学校長の許可がいるし、もう既に大事になっていることが多い。」
「ここ数年で調べた学生はいますか?」
「一人だけ、かなり気になったから。本当は偏った目で見ないように、なるべく調べないようにしているのだがな。」
「その一人は?」
「分かったのはセイントレアの貴族だということと、偽名を使用しているということ、卒業したブリリアント・スクールくらいだ。これ以上だと学校長へ相談、ということになる。でも私はそうはしなかった、落第させるのはほぼ確実だったから。略歴を見て安心したかったんだ。レスカへ留学させられるほどの貴族なら食いっぱぐれることはまずないし、リード校中退または留年でもそれなりに箔が付くからね。」
「その学生は今?」
「君のことだよ。」
「ええっ!?何でまた?」
「だ、か、らっ!私が及第させたら、君は首席で卒業出来たんだよ。他の教授からも注目の的だった。せっつかれるし、合格が決まったら自分のところの研究室に入れるからいち早く知らせて欲しいとか言われるし。」
「そ、そうなんですか!?まるで優秀な学生みたいじゃないか!!」
「優秀な学生なんだよ!!何で極端に弓矢だけ全然駄目なんだ!?」
「何ででしょうねえ!!あ……私今、弓矢も相当イケるから。」
「嘘をつくのはやめなさい。何とか点をあげられないものかと熟慮したのだが、君の弓道センスは努力で何とかなるものじゃない。」
「嘘じゃありませんってば!今まで見えていなかった世界が急にパアッと開けてきて。」
「え……?どういうことだ……!?セイントレアで特訓したのか!?」
「特訓!?……はしましたけど。」
「…………指南の方は?」
「は?」
「君のどうしようもない弓道センスを何とか出来た人がいたなんて信じられない。セイントレア軍の指導役か?名を教えなさい。」
「ええっ!?や……軍の者ではないですよ、えーっと、何だったかな。ああ!地方を訪れた時に謎の兵士が現れて何故か私を気に入り、何だかんだご指導を頂き、その場を去って行った……のではなく!あ、やっぱり、あの、その場を去って行った……のでした。」
「謎の放浪の騎士!?」
「そう!!そうです!!」
「セイントレア人か?名前は?」
「セイントレア人かどうかは分かりません。名も知りません。」
「ふーむ…………。」
ウィンディアは腕を組んで考え込んだ。
「リア。」
「はい!」
「今度その謎の騎士に会ったら私に連絡をしなさい。姓名の確認もするように。」
「謎の騎士なのでまた会えるかどうか……。」
「会えたらでいい!君の弓道術を何とか出来た人物がいたなんて!一度会ってみたい。」
「そんなに素晴らしいって感じの人でもないですよ。煩悩が多いし、いや多過ぎるくらいだし!」
「天才なんてそんなもんだ。」
「そうですね。」
「…………。」
「ピック、本当にしつこいな!先生、そんなことより!ここ数年で落とした学生のこと、もう一度調べて貰えませんか?何ならリストを貰えればこっちで調べますので。」
「心得た。傭兵学やその関連の教師達にもそれとなく探りを入れてみるよ。」
「ありがとうございます!!」
「セイントレア王女が知りたがっているということは知られていいものなのか?それとも内密に?」
「是非後者の方で。」
「了解した、少し時間が掛かるかもしれないが。」
「構いません、調べて頂けるだけで本当に助かります!」
「いやいや、これぐらいのこと…………ああ――っ!!」
「先生、どうしたんですか!?」
「いたいた!!変な奴いた!!確かセイントレア人だった!!」
「本当ですか!?」
リアとピックランツは目を見開いて顔を見合わせた。
「そう!!そう、あれは何だったかな……確か面接だ。」
「面接!?」
「ああ、思い出した!あれは、ジェイルーン・ブリリアント・スクールの面接だ!」
「ブリリアント・スクール!?でも教えてらっしゃるんですか?」
「元々は義理や何やかやで断れなかっただけなのだが、今となっては良かったと思っている。若くてまだ身体も型も出来上がってない生徒をみるというのは、私にとってはいい経験だった。」
「なるほど。面接って何の面接ですか?」
「入学の面接だ。」
「入学の面接!?」
「前回の面接だから……一年は経っていないか。」
「そんなこともするんですね、まるで学校の幹部みたいだ。」
「いや、そんなこともないよ。ジェイルーンは人気のブリリアント・スクールだから途轍もない志願者がいるんだ。客員だろうが関係者だろうが、総動員で面接する。」
「へえ!その中に……。」
「そう、一目でブ、ブーッて奴がいた。」
「そんなに!?」
「一目でブ、ブーッて、どんな感じだったんですか?」
リアとピックランツは興味津々で身を乗り出した。
「なんていうかな、存在自体が物凄く横柄なんだ。そのうち面接だというのに椅子が固いだの、咽が乾いているのだがお茶は貰えないかだの訳が分からないことを言ってくる。」
「ヒェ――!!」
「凄すぎる……若造でそんなセイントレア人がいたのか!どこのどいつだろう……?」
「面接官は三人体制で組んでいるのだけどね、全員落とす気満々だったから、質問事項も激烈に絞ってとっとと終わらせた。あんなんを入れたらジェイルーンの品格と秩序に関わる。」
「セイントレア人なんですか?名前を覚えていますか?」
「確かにセイントレア人だったと思う。名前は覚えていないなあ、即効頭の中のゴミ箱に入れたから。」
「ですよね。今から調べることは可能ですか?」
「うーん、ちょっと分からない。在籍したことがある者についてはそこそこ資料があるだろうけど、入学前だからなあ。志願者の書類まで取ってあるかどうか。」
「そうかあ!確かに微妙。」
「調べるだけ調べてみるよ。もしかしたら他の面接官が覚えているかもしれないし。」
「是非ともお願いします!!」
リアは深々と頭を下げた。
★★★
捲土を巻き上げながら、金の光のような疾風が駆け抜ける。
疾風と共に、尋常では有り得ないような速さで的中音が続けざまに鳴り響いた。正に矢継ぎ早だ。十二番目の的が小気味の好い音で打ち抜かれた後、馬は明確な指示のもと緩やかに止まった。
騎乗しているのは目も眩むような美しい騎士。午後の授業の為にばらばらと集まり始めている学生達は、割れんばかりの拍手を送った。
ウィンディアとピックランツは、信じられないような目でお互いを見つめていた。が、自然と笑みが零れてきて、片手を上げるとパチンと大きく手を合わせた。
「先生、どうでしたか?」
学生達に憧れの眼差しを向けられながら、彼女は馬を引いてとことこと歩いて来る。ウィンディアは背筋を伸ばし、毅然とリアを見下ろした。
……冗談じゃない!!これが実戦だったら、私の胸はとっくに射抜かれている!……本当の天才に天才のフリは辛いものだなあ……。
「素晴らしい、しかしまだまだだな。」
「どの辺がまだまだなのでしょうか?」
「それは指導出来るものではない、君が見出すものだ。」
「はあ……。」
「リア!!僕は感動したよ!!あんなに駄目だった君が……君が……!!」
ピックランツは声を詰まらせながら涙を拭っている。
「そ、そう?……ウィンディア先生、私は及第点を貰えますか?」
「ああ。」
「本当ですか!?」
「頑張ったな、今の君なら楽々クリア出来る。」
「…………では、弓道術の単位を貰えて、リード校を卒業したことに出来ますか?首席じゃなくていいんで。」
リアの全然切羽詰まっていない物言いに、ウィンディアも適当に答えた。
「いいや、それは出来ない。そうしたかったらリード校の編入試験を受けなさい。それから一年間私の授業を受けて、卒業試験にパスしたら単位をあげるよ。」
「じゃ、いいです。」
リアは小さく笑った。嬉しそうに笑っているリアを見ているうちにウィンディアも釣られて笑い、ピックランツは泣きながら笑った。
無言のうちにお互いに肩を叩き合いながら、笑い声は止まらなくなった。笑い過ぎて上を見上げると、そこには抜けるような青空。笑い声は過去も身分も超えて、空色の中へと溶けていった。




