僕に出来ること
「………………。」
ピックランツは沈黙している。
「どうした、ピック?」
リアが声を掛けると、じっと自分の手を見つめていたピックランツは顔を上げた。それから、ぼんやりしていたことに気付いてぽりぽりと頭を掻いた。
「うん……ロジワニース侯爵家、やっぱり凄いなあと思って。君が希望したことを、そんな風に全部調べ上げることが出来る貴族なんてそういないよ?」
「まあ、そうだろうな。」
「よっぽどの実力がないと。なんかロジワニース侯爵に任せておけば大丈夫だって気がするけど、僕に出来ることなんてあるのかな?」
「うん…………。」
リアは曖昧に頷いた。
「本当のことを言うとさ、やっぱり私は、私を失脚させたい誰かの仕業だと思っている、今でも本国でのほほんとしている誰かね。ブラードンが調べてくれていることは全て無駄骨に終わるかもしれない。それでも、あらゆる可能性を考えておきたいんだ。」
「そんなの当然だろう?全部調べ上げて、何かおかしなところが一つでも出て来たらいいじゃないか。僕に何が出来る?」
「ありがとう、ピック。」
懐かしい旧友は、やはり今も変わらず親切だ。
「ピック、お前の友達やその兄弟達で、現役の学生はいるかい?」
「そりゃ大勢いるよ。何が知りたいんだい?」
「あのさ……ブラードンには統計的なことを頼んだのだけど、現場の声を聞きたいんだ。例えば……セイントレア人で、やけにトラブルになる奴とかやたら苛められる奴とか。自暴自棄になって馬鹿なことを考えそうな奴。そんな馬鹿の親はやっぱり馬鹿だろうから、子供の訴えを真に受けて嫌がらせをしそうな奴。でもこれは大貴族に限るな、そうでないとこんな大規模な嫌がらせは出来まい。セイントレア国を建前にして、あわよくばレスカの教育や傭兵の体制が変わればいいと願っている。」
「君って…………。」
ピックランツは絶句した。
「何だ?」
「何て言うか……その腹黒さに吃驚して。よくそんなことを思い付くよな。あ、勿論君が悪いって言ってるんじゃないよ!流石王女っていうか、読みが深過ぎるっていうか。」
「………………。」
「知り合いの学生達に声を掛けてみるよ、悪目立ちするような奴がいたら覚えているだろう。逆にリード校にはいないだろうなあ。皆自分の勉強に夢中だし、人のことを構っている余裕なんてないし。」
「そうかもな。」
「あ!!」
「どうした?」
「そういえば僕、ウィンディア先生と交流があるんだ!!」
「そうなのか!!何でまた!?」
「閲兵式の時に、先生の姿が見えたから熱烈に手を振ったんだ。そしたら後から僕のところへ来てくれて。後日お礼状を出したらお返事を頂いたんだ。今では年に一、二回くらいはこの家を訪れてくれて、お互いの近況を話している。」
「へえ――!!そんなタイプに見えないのに以外だな!!」
「ね。学生に対してはクールで達観しているイメージがあるけど、本当は親切で情に厚い人だよ。君の進路もかなり心配していたし。」
「そうなんだ!!……え?で、何て答えたんだ?」
「元気でやっているみたいですよ、としか答えようがないだろ。手紙は滅多に届かないし、その内容だって仔馬が生まれて可愛いとか、ダンゴムシと蛾の掛け合わせは可能なような気がするけどどうだろうかとか、超気持ち悪い三つ巴の亀の置物を貰って困っていたが、段々気に入ってきたとか。君が何をやってるんだかさっぱり分からなかったよ。」
「ごめん、ごめん、私は戦地にいることも多いからさ。」
「近衛隊長なのに?」
「それは建前。」
「そう……君は本当に、前線で戦っているんだな。」
ピックランツはリアの鮮やかな髪を思い出した。とは言っても今も見えているのだが。剣術学はレベルが違い過ぎてペアを組んでいなかったが、剣は覚えておらずに髪ばかり思い出すのは剣筋が見えていなかったせいだろう。実際ピックランツは、リアが何をやっているのか全く分からなかった。風のように過ぎ去り、稲妻のような金の残滓が目の奥にちらつくだけ。リアを目の前にして、あの技を以て稽古場ではなく実戦で戦っているのだと、改めて思い知らされた。
「ウィンディア先生はお元気?今でも教えてらっしゃるのだろうか?」
リアは懐かしそうに目を細めている。
もう戻ることのない遠い日々。夢中になって理論を頭に叩き込み、泣いたり笑ったりしながら練習を繰り返し、数多くの試験に取り組んだ日々。
ピックランツは頷きながら、ウィンディアの力量を思った。先生、リアはとても有意義な時間を過ごせたようですよ。例えあなたが落とした弓道術で、彼女が卒業出来なかったとしても。
「お元気にしてらっしゃるよ。変わらずリード校でも教えてらっしゃるし、もう二、三校は掛け持ちしてらしたと思うけど。」
「へえ、お忙しいね!しかも普通に近衛の仕事もしてるんだろう?」
「うん。」
リード校では、学生の身分が公になると退学になる。しかしそれは学生だけのことで、教師はどちらでもよかった。ウィンディアは明らかにしない方だったが、生徒達は彼の素性をよく知っていた。美しい容姿のせいか大抵の式典では近衛隊の中央にいたし、王宮でも何かと目の付く場所にいた。学業には非常に厳しい教師だったが、それを超える能力と的確な指導力があった為、学生には厳しいと文句を言われながらも、とても慕われている存在だった。
「会いに行ってみる?」
ピックランツは唐突に言った。
「え?」
「ウィンディア先生は教育にも傭兵にも関わっている。何より生徒を落す本人だよ?」
「そうか!」
「先生の専門は弓矢だけど、当然剣術だとかそれこそ傭兵学の教師とかとも繋がりがあるだろう?教える側としての幅広い情報を持っているんじゃないか?」
「確かに!面会の約束をしてくれるのか?」
「違うよ、今から行ってみようよ。」
「え?そりゃお会い出来たら嬉しいけど、急すぎないか?お仕事中だろうから迷惑じゃないかな?」
「確か今日は、リード校で弓道術を教えている日だ。今から向かえば昼休み前に着く。先生だって君のことをとても気に掛けていた、きっと会って貰えるよ!」
「急に押し掛けて大丈夫かな?」
「君、王女だって自覚ある?他国の王女が会いたいって言ってるんだから、大体のことは通るだろう?」
「そんな……まるで権力を振り翳しているような……。」
「こういう時に権力を使わないでどうすんの!」
「そ、そう……?」
「そうじゃなくても君に会いたいと思うよ!近衛を通しての面会だと何かと面倒だよ?お会い出来なかったとしても、アポだけ取れればいいじゃないか。」
「それはそうだな!」
「そうだよ!君は馬で来たんだよね?僕もそうしよう、その方が早く着ける。さあ、行こう。」
「ちょっと緊張してきた!」
「何言ってるんだよ!!」
ピックランツはリアの背を叩き、彼女をドアへと促した。




