協力してくれているのかい?
「いい奥さんを貰えて良かったね。」
ロザリーが去ったドアを見つめながら、リアは呟いた。
「うん、十三歳で初めて会った時から心に決めていたんだもん。無事に結婚出来て良かった。」
満ち足りた表情のピックランツは本当に幸せそうだ。
「いいなあ…………。」
思わず羨望の溜息をついたリアに、ピックランツは驚いて振り返った。
「何を仰る、リア王女さん?君の縁談はまだまだこれからだよ?」
「そうなのかなあ……や、とてもそんな未来を想像出来ない。ふーう!所詮私は、戦場でしか価値がないんだろうな!」
「何か極端だね。君の場合何かと柵はあるだろうけど、有無を言わせぬ権力はあるし。」
「ううう、やっぱりそこ?」
「え?まあ……人生、何があるか……分からないし。」
「もういいよ!」
しどろもどろなピックランツの様子に、リアは激しく頭を振った。
仲が良さそうなピックランツとロザリーを見て、羨ましくなってしまった。自分のことを考えるとつい悲しくなってくる。今じゃない、今じゃないいつか考えよう……。
「いいの、いいの!まずは仕事だ。私はその為に来たんだもんな!」
リアは自らを鼓舞しているように見える。
……うん、友人としては最高だよな、セイントレア王女っていうのは吃驚だけど。面白いし、実際は凄い美女だし、剣は天才だし、本気で喋ったら絶対言いくるめられるし、っていうか毒舌だし、留学中にドレス姿なんて見たことなかったし……うーん、結婚したい男なんて、いるの……かなあ……?まあ、世の中広いから先のことなんて分からないけど。せめて僕は、僕に出来ることを協力しよう。
ピックランツは気を取り直して、明るくリアに声をかけた。
「ところでリア、ロジワニース侯爵家は君の思う通りに協力してくれているのかい?パーティ続きで疲れてるみたいだけど?」
ピックランツが尋ねると、リアは小首を傾げた。
「うん、仕事は仕事でちゃんとしてくれてるよ。やたら脱線するのも事実だけど。」
リアはロジワニース父子との会議を振り返った。
★★★
「やっぱりこの国のバナナプリンは最高だなあ!!」
リアは感嘆の声を上げた。
「お国にはないんで?」
「ないねえ。」
「あら、バナナプリンがないなんて残念ね。」
「うちはチョコレート系は凄く美味しいんだけどね、無性にこれが食べたくなる時があるんだ。」
「そうでしょう、バナナがいいですからな。」
「パラダイスだ。」
ご満悦な表情のリアを、ブラードンは横目で伺った。休憩を挟んだせいで、さっきまでのしっとりとした雰囲気はどこかへと吹き飛んでしまった。
「でさ、話を戻すけど、今回の件は多分私に恨みがあるか、私を失脚させたい誰かの仕業なんじゃないかと思うんだ。」
「リア様単独ですか?セイントレア王家ではなく?」
「何とも言えないけど。只、私は弓道術を落して卒業出来なかっただろう?傭兵学や教育学云々とか言いそうなのは、如何にも私じゃないか。」
「ああ、なるほど!」
「でもね、そうじゃない可能性も考えておいた方がいいと思うんだ。」
「と言いますと?」
「本当に、レスカの教育や傭兵の体制を恨んでいる奴。」
「うーむ!!」
ブラードンは唸った。
「中々……抽象的すぎて、どう探してよいやら……。」
「そう、そうなんだけど!」
リアは首を捻っているブラードンを手で制した。
「感情面で考えていくと切りがないから、恨みそうな奴を絞っていくんだ。」
「はあ。」
「まず、セイントレア国籍を持つ者で、レスカの入学或いは卒業試験に落ちた奴。」
「ああ、そういうことですか!」
「確率としては低いかもしれないが、やれることはやっておきたいんだ。」
「分かりました、調べてみましょう。学校はどの辺を対象にしますか?」
「ブリリアント・スクールからでいいと思う。それから、傭兵学に限らず私みたいに関係科目で落ちた奴。」
「ふむふむ……あああ!!」
「どうした!?」
「あの問題がある!!」
「何だ、何だ?」
ブラードンは急に頭を抱え込んだ。
「リア様に、この国の学校制度についてお話ししておきましょう、ではない!えーっとですな、リア様もこちらにいらしたからよくご存じだと思いますが、このレスカ国には大きく分けて二種類の学校があります。」
「そうだっけ?」
「一つはリア様が行かれたリード校のように、学力重視の学校。七割がこっちですな。もう一つはヴァネッサが行ったような、血統重視の学校。」
「ああ、そうか!」
「血統重視の学校は、それこそ先祖代々まで血統が辿れますので何の問題もありません。しかし、学力重視の学校は……。」
「偽名が使える。」
「そこです!例えば、ヴァネッサがヴァネッサ・ロジワニースの名で学力重視の学校へ行ったら、どこの誰だかばればれです。その為に偽名が必要になる。顔見知りがいたとしても素知らぬふりをするのが暗黙のルールで、もしばらしたら、ばらした方が退学になる。」
「そうだった……。」
事実、リアは学生時代アリア・レイベッカと名乗っていた。入学が決まった後、本当はセイントレア王女なのですが、という旨の手紙をレイアモンド国王へ宛てていた。
「そう言えばリア、レイベッカはどこから借りて来た姓なの?何となく聞き覚えがあるような気がするけど、あなたとは繋がらなかった。」
何となく聞き覚えのあるヴァネッサの記憶力に、リアは舌を巻いた。
「母親の母親の旧姓。」
「ああ、それじゃあ分からないわね。」
こっちは退学が掛かっていて大変だったんだよ!と文句の一つも言いたいリアの頭に、ある考えが閃いた。
「うん……偽名でも構わないかな。」
「そうですか?」
ブラードンは戸惑ったような目をリアに向けた。
「私みたいなパターンも多いと思うんだ。全く関係のない名前を持ってくるのもあるだろうけど、ちょっとは関係のある偽名を使うという。大体の貴族の姓名は頭の中に入っているから、どの辺のことを指しているかくらいは見当が付くと思うんだ。」
「ああ、それはあるかもしれないですな。分かりました、以上のことに該当する者を挙げておきましょう。」
「ありがとう、ブラードン。恩に着るよ。」
「いえいえ、実際にやるのはヴァネッサですからな、礼はヴァネッサに言ってやって下さい。」
「そうなのか!?」
「そうですよ。綿密な調査、作業をやらせたら彼女の右に出る者はいない。」
リアは尊敬の眼差しをヴァネッサに向けた。
「そうか、ヴァネッサ、よろしく頼むよ。」
「任せて。」
ヴァネッサの瞳の奥がキラリと光った。
「他には?あなたが今、調べておきたいことは?」
「ヴァネッサ、君がいると本当に心強いな。……傭兵の方も気になっているんだ。試験に落ちた落ちないとかの基準じゃなく……軍の話。レスカ軍に、セイントレア国籍を持つ者も確かいた筈だ。何て言うか……私も軍にいるから分かるのだが、愛情の厳しさを取り違えて、セイントレアがレスカに踏み込めばいいなどと願う輩がいるのではないかなど……。」
「それは無いですな。」
ブラードンが笑いながら手を振った。
「何故そう言い切れる?」
半信半疑なリアを見て、ブラードンは有り得ない、といった風に肩をすくめた。
「いいですか、レスカには傭兵に強い学校が幾つかある、リード校はその最高峰ですな。そんな所で学ぶ外国人の学生が何を思うのか。それは、学んだことを祖国で活かしたい、ということ、リア様然りです。それでも、国へは帰らずにこの国の軍に入りたいと志願する者がいる。そうなってくるともう研究者の域ですな。セイントレア国籍を持つそんな者が数名います。いずれもレスカ軍の重鎮です。」
「そうだったのか……。」
「彼等に声を掛ければ、まだ頭角を現していない若手のリストもすぐに上がってきますが、手配しておきましょうか?」
「いや……いい……。」
リアは静かに言った。
「兵士っていうのはいいもんだな。くだらない言い訳とか馬鹿みたいな喧嘩とかしょっちゅうだけど、嘘がないんだ。それを疑うなんて私は……。」
「そこを疑うのがあなた様のお仕事ですから。」
ブラードンは悪代官のように微笑んだ。
「貴公もな。」
リアがそう言うと、ブラードンははて……?といった表情で視線を反らせた。
「それはそうと……彼等に会ってみたいもんだな、若手も含めて。異国の地でそんなに頑張っている者がいたなんて。」
「あら、だったらパーティーしなくちゃ!!」
「や、そんな大それた感じじゃなくて!」
「パーティー!いいですな!リスト云々はおいといて、セイントレア籍を持つ軍人に声を掛けておきますよ!」
「セイントレア王女からの激励訪問なんて、みんな大喜びなんじゃない?やっぱり軍は殆ど男の世界だから、女の参加はリアと私だけにしてね!」
「ちょっと待って!!そんなにどんどん話を進めないでくれ!!」
「善は急げですよ。」
「私はこっちへ来たばっかりなんだ!兵士達にはいずれ会いたいと思うが、王宮の絵画や彫刻を見る約束もあるし、旧友とも会いたいし!」
「旧友って誰よ?」
「ピックランツ。」
「ああ、ヒールカイロ男爵家の。彼をこっちに呼べばいいじゃない。」
「それよりリア様、リア様は我が家に滞在されてはいかがですか?綿密に連携が取れますし好都合かと。ヴァネッサとも一緒にいられますよ?」
「そういう訳にはいかないよ。お部屋を賜っているし、王室主催の行事も幾つか呼ばれてるし、夜会だって可能な限り出るべきだろう?……って?今何時だ?」
リアは芸術的過ぎて読み辛い柱時計を目にして飛び上がった。
「うぎゃ――!!もうこんな時間っ!?王妃からお茶に誘われてるんだった!!今すぐ戻らないとクララに殺される!!ブラードン、ヴァネッサ、呼んでおいて御免!!また後日!!」
リアは風のように去って行った。その後にはドゴーン、バゴーンという謎の音が、廊下から響き渡ってきた。




