やけに調子が狂っちゃうんだよ
「なんかなあ、やけに調子が狂っちゃうんだよ。」
リアは目を瞑ったまま呟いた。ふわふわとした膝の上、ひんやりとした細い指が、リアの顔を丹念にマッサージしていく。
「ヴァネッサねえ……というより、ロジワニース侯爵家ですか……。まあ、それぞれのお方がとても個性的だというお話はよく耳にするけど、それを上回る程やり手だ、とも言われてるわ。強引だとか押しが強すぎるなどと一部では悪口を叩かれてるけど、真っ向から対立する人なんていないんじゃないかしら。王族の方々の信頼も篤いのでしょう?しっかりとした印象があるけど、一体どんな風に話が脱線していく訳?」
「………………。」
自分のモテない問題を追及される羽目になったとは言えずに、リアは沈黙した。」
「ん……まあ色々とさ。」
「ふうん。ヴァネッサ……様とは挨拶を交わすくらいはしたけど、侯爵家がどうなのかなんて私には分からないわね。……はい終わり、どう、リア?」
「うーん、気持ちいぃ……!!」
リアは大きな長椅子の上で伸びをした。
「このまま寝ちゃいそう……。」
溜まっていた疲れが出たせいか、すぐにウトウトと眠りに落ちそうになる。
「駄目よ、リア。私だってこれから死んだように眠るんだから。」
小さな唇が頬に落ち、リアはうっすらと目を開いた。
そこにあるのは懐かしい顔。小さな顔に、つぶらな薄いグリーンの瞳。決して大きくはないが、キリッと切れ上がっている為賢明な印象がある。ピックランツ・ヒールカイロの妻ロザリーが、リアの頬に手を当てたまま柔らかく微笑んでいた。
「あ、ごめん!!君だって疲れてるのについ甘えてしまった!!」
リアは跳ね起き、ロザリーの頬にキスした。
「いいのよ!あなたがうちに来てて、しかもセイントレア王女だと聞いた時にはびっくりしたけど!」
なるべく早くピックランツを訪れたかったのだが、ロジワニース会議が思ったより長引いた上、王室から誘われている茶会や夜会を断ることも出来ずにすっかり来訪が遅れてしまった。リアがピックランツを訪ねた時には、里帰りしていたロザリーも丁度帰ったところだった。
「お母さん、大丈夫だったの?」
「大丈夫も何も!!」
ロザリーは腰に手を当てて、鼻息を荒くした。
「しゃっくりが百回以上出てるから死ぬかもしれないとか言うのよ?医者は大丈夫だって言ってるのに!!」
「ひゃっひゃっひゃっ!!」
リアはソファに突っ伏して笑った。
「面白いお母さんだね!」
「全く困っちゃうわよ!しゃっくりの後は何だかんだ雑用をやらされて、すっかり遅くなってしまったわ。」
「暫く顔を見せていなかったから寂しかったんだよ。」
ピックランツが穏やかに笑った。
「そうなんでしょうけど!」
「ごめんねロザリー、疲れているところ。休んできなよ。」
「悪いけどそうさせてもらうわ。今の私は、起きていたところで文句ばっかり言いそうだから。リア、暫くはこちらにいるんでしょう?」
「そのつもり。」
「ずっとこの家に滞在すればいいのに。」
「無理、無理!!」
ピックランツは手を振った。
「今の宮廷はリア王女一色だよ!王室の皆々様がずっとリアを放さないし、男も女もリアと踊りたがるし!茶会やパーティーの誘いも相当あるんじゃないの?」
「そうなんだよ!遊びに来た訳じゃないからとっとと仕事したいんだけど、せめて王室絡みの誘いくらいは受けないと角が立つしなあ。何より、仕事のパートナーである筈のロジワニース家が一番遊びたがるから困ったもんだ。」
「ヴァネッサなんてまるでリアのお目付け役みたいに離れないもんな。」
「まあ!大人気なのね!」
「もう、凄いよ!それに、男も女も髪型が凄いの!!笑っちゃうくらい髪を一房ひらひらさせてさ!!」
「何それ?」
「リアが初日の夜会でした髪型なんだよ。」
「侍女がね、謝意を表す為にって即席でアレンジしてくれたんだけど、何だがなあ……。」
「髪型だけじゃなくてドレスもだよ!ほら、ウェストの辺りがピタッとしてて裾の方がシュッとしてるのあるじゃない?あれが大流行りで。」
「そうなの?……え?ドレスって?誰が着るの?」
「リアだよ。凄く可愛いよ?」
「え――っ!!リアがドレス!?ま、まあそうよね、女性なんだもんね。うん、確かに似合いそうな気がするわ。でもあのドレスって……。」
「そうなんだよ!!」
「そうよね!あれは流行るもんじゃないわ、よっぽど細くてそこそこ背が高い人じゃないと!」
「皆ムチムチしてて凄いよ!若くて細い人は綺麗だけどそんなの一部で、殆どの人がムチムチだよ!」
「あはは!!笑っちゃうわね!ピック、私も夜会に連れて行ってよ!」
「いいとも、今晩にでも行こう!リアまで辿り着けるか分からないけど!」
「その光景だけでも見てみたいわ!リアのドレス姿も!」
「えー、ドレスじゃないと駄目?」
「駄目よ!!あなたのドレス姿なんて滅多に見られるもんじゃないわ!」
「あ、そう。」
「では、私は夜の為に休ませてもらうわね。ピックに何かお話があるんでしょう?どうぞごゆっくり。」
「ロザリー、疲れてるのに色々ありがとうね。」
「いいえ。リア、また夜にね。」
ロザリーは鮮やかな笑顔を残して去って行った。




