ロジワニース父子
「お呼びしたのは、ブラードン・ロジワニース侯爵と申します。」
ジュラムは笑いながらリアを振り返った。
「とにかく人脈が広い男でしてね、今回の件にも最初から関わっておりました。リア様はご令嬢とはお知り合いなのですよね?侯爵は教育への造詣も深いし、うってつけかと。ああ、いらしたようです、お嬢様もご一緒だ。」
ジュラムが扉を開くと、ヴァネッサはドレスを広げてジュラムに挨拶し、そのままリアに飛びついた。
「リア……!!」
ヴァネッサの肩越しに、洗練された身のこなしのスマートな紳士と目が合った。ヴァネッサの容姿が良いのはどうやら父親譲りらしい。
「これこれ、ヴァネッサ、はしたない。リア王女様がお困りではないか。」
ブラードンはにこやかな笑みを浮かべてリアに近付き、膝を折った。
「ブラードン・ロジワニースと申します。リア王女様、お目に掛かれて嬉しゅうございます。」
「どうぞリアとお呼び下さい。ジュラム宰相から大変頼りになる方だとお聞きしました。」
「いやいや、買いかぶりですよ。王女様にご協力出来るお役目を頂いて、心より光栄に思います。」
ブラードンの言葉には嘘がないように見える。しかし、ジュラムがあれだけ推していた人物だ。表面の愛想の良さとは別に、とぼけたような鋭敏さが見え隠れし、人を動かす空気を纏っている。
「では、後は侯爵にお任せして私は退出致しますね。リア様、困ったことがおありでしたら何でもお申し付け下さい。」
ジュラムが去ってしまうと、部屋の中は急に静かになってしまった。
リアは穏やかに笑顔を浮かべてはいたが、頭の中は様々な思考が猛烈にせめぎ合っていた。
……ヴァネッサには協力を頼んだが、まさか父親まで出て来るなんて!……何も知らない訳がない。ヴァネッサが私の素性を突き止めようとしたのだって、恐らく父親の力を使った筈だ。このまま何事もなかったかのように話を進めることなど出来ない。このブラードンこそ、レスカで唯一の、私に協力したくない人物なのかもしれないのだから。いずれにせよ黙っているのは性に合わない。今ヴァネッサがどういう状況なのか分からないが、こうなったら謝ってしまえ。こっちだって退学になりそうで危なかったが、何が何でもこの人に協力して貰わねばならないのだから。合わないから担当者を変えてくれとでも言ったら、レスカにセイントレア国王女は頭が悪い能無しだと思われる。
「ロジワニース侯爵…………。」
「どうぞブラードンとお呼び下さい。」
「ではブラードン。私は、あなたに謝らねばならないことがあるのです。」
はて?とブラードンは首を傾げた。どこまですっとぼけているのか分からないが、演技でやっているのなら素晴らしい名俳優だ。
「どういうことでしょう?私はリア様にお会いしたのは今日が初めてですが――。」
「ヴァネッサのことです。」
「ヴァネッサ?」
二人は目を丸くした。
「その……人づてに聞いたのですが、私のせいでヴァネッサの縁談が壊れてしまったと……。」
「ああ、あれですか!!」
「やあだ、リア!!」
二人は腹を抱えて大笑いし始めた。
「いいんです、いいんです!!寧ろリア様には感謝しなくてはならないのです!!」
「かん……しゃ?」
「や、勿論最初は猛反対しましたよ?このヴァネッサときたら、九割方決まっていた縁談があるのに、好きな人が出来たから婚約を破棄したいと急に言い出すのですから!」
「はあ……。」
「しかもその相手というのはどうやら女性らしい。誰だって反対しますよね!?」
「そう思います。」
「結局、ヴァネッサは私に無断で、勝手に婚約を破棄してしまいました。しかし彼女は正しかった。その婚約者というのは、実は借金塗れの一家でしてね、知り合いだったし血筋だけはすこぶるよろしいので、深く調べずに口約束してしまっていたのです。」
「え?え?そうだったのか!?」
「そうだったのですよ!リア様には余計なご心配をお掛けしてしまったようで、本当に申し訳ない!!」
「や、大事に至らないで何より……。」
ほっとしながらも、リアはブラードンにボディブローの一発でも入れたい気分だった。
……ったく、こっちはどれだけ気に病んだと思ってるんだ!!私の心配を返せ!!
「で?ヴァネッサは今――?」
「私の手伝いをしながら花嫁修業中です。もう婚期もいいところなのですが、あんなことがあった為にどうも私の方が臆病になってしまいましてな。」
「あ、そう。」
「それにしても、私は娘の先見の明にひどく感動しましてね。よくぞあの縁談を破談にしてくれたと。それに、好きになった人というのがこれほど最高のお方だったとは!」
「はあ。」
「リア様ももう一度お考えになってはいかがですか?只ななぬご縁だと思いますし。」
「何の話だ?」
「やだなあ、ヴァネッサとのことに決まっているじゃないですか!!」
「き、決まってるって、私は女だ!!」
「よろしいのではないですか?あなた様は大抵のことは許される身ですから。ああ、勿論正妻になどと望んではおりません、側妻の一人として置いて貰えれば。お相手がリア様なら安心して送り出せる。」
「ひぃ――!!冗談じゃない!!結婚は大抵のことではないと思うが!?」
「そうよ!!お父様ったら、私があなたと踊っているのを見て以来俄然燃えちゃって。お父様、そんなに色々言うからリアが困っているじゃないの。私だって急に結婚だなんて困ってしまうわ。やっぱり……恋人同士の時間はもう少し長く持ちたいし……。」
「違う、ヴァネッサ!!そういう問題じゃない!!」
「すまん、すまん。これ以上の良縁はないと思ったらつい焦ってしまってな!リア様、ご滞在中にどうぞごゆるりとお考えください。」
「何を考えろと言うのだ!!」
「何ならご帰国の際に、連れ帰って頂いても構いませんので。」
「お父様ったら!またそうやって先を急ぐんだから!まずはお仕事でしょ?リアはその為に来たのだから。」
「そうだった、そうだった!!まずは我々もしっかり仕事をして、お前もかけがえのない人にならねばな!!」
「やあだ、お父様ったらはしたない!」
「ははは!!」
「ほほほ!!」
二人は満面の笑みを浮かべて笑っている。
リアは肩を落として大きく溜息をついた。




