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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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46/85

レスカ宰相 

 「やあ、大変お待たせしてしまって申し訳ない。」


 そう言いながら、レスカの宰相であり公爵でもあるジュラム・ビヨールダは、あたふたと賓客室の扉を開けた。リアは立ち上がりながら深々と膝を折った。


 「いえ、こちらこそ、お忙しい方に時間を割いて貰って申し訳ありません。」


 「とんでもない!!……おお、今日は勇ましい方のいで立ちですな!!」


 「悩みましたがこちら方が動き易いので。物を知らなくて申し訳ありませんが、これはご無礼になるのでしょうか?無作法でしたらお詫び致します。」


 「あなたの場合、昨夜のパーティで公になっているからどちらでもよろしいのではないですか?」


 「率直なご意見ありがとうございます。」


 「只、私の個人的な意見ですが、時々はドレスも着た方がいいと思いますよ。令嬢達が皆あなたに夢中になってしまうので、若い男性貴族からの反感を買うかもしれない。」


 「分かりました。」


 「あなた様はそこんじょそこらの騎士よりも、よっぽど男前ですからな!」


 ジュラムは朗らかに笑った。


 「さてさて、何からお話しようかな……。」


 ジュラムは腕を組んで小首を傾げると、床を見つめながら行ったり来たりし始めた。


 「不埒な偽使者のお話など――。」


 「ああ、それはね、別室に担当者を呼んでいるから今じゃなくていい、私にしか出来ない話をしないと。まあ、お掛け下さい。」


 ジュラムはリアに椅子を勧めると自分も腰掛け、俯いたまま考え込んだ。もじゃもじゃの白髪頭が顔を隠して表情は見えないが、彼は不意に顔を上げて口を開いた。


 「リア王女、お宅は――戦争が起こりそうなの?」


 思い掛けない質問に、リアは直ぐに口を利くことが出来なかった。流石レスカの宰相、只者ではない。ここは正直に話した方がいいと、リアは即座に判断した。


 「国境が揉めているのは事実です。ですが、我が国としては極力戦いは起こしたくありません。」


 「そう。原因は……あの川?」


 「はい、ノーセット川です。国としてはランウェル橋を境とした現状維持であってほしいと願うのですが、地元民には利権が絡み過ぎています。」


 「あの魚ね、何でしたっけ?あんなに旨い魚は今も昔も食べたことがありません。」


 「ハジャです。ペイジに行かれたことがおありなのですか?」


 「ええ、若い時に旅行で。魚一匹にこんな金額を払ってよいものかと悩みましたが正解でした、食べておいて良かったです。」


 「そうでしたか!」


 「パリアドレスも買ったんですよ。妻に怒られてしまいましたが。」


 「何がお気に召さなかったのでしょうか?」


 「デザインが気に入らなかったようです。こんなに素敵な生地なのに、こんなシンプルな物を選んでって。生地だけ買ってきてくれたら良かったのにって言うんですよ!」


 「それは大変でしたね。」


 「今となっては思い出です。のどかな……いい所ですよね。しかし、莫大な財を隠し持っている。」


 「アーネスタントは何か言っておりましたか?貴国から、アーネスタントへの使者が渡ったと聞いております。」


 迷いながらもリアは確信に触れた。真実を聞けなければ、わざわざ海を渡って来た甲斐がない。ジュラムは暫く何も聞こえなかったかのように宙を見つめていたが、再び視線をリアに戻し、思い切ったように口を開いた。


 「端的に申し上げますと、例の手紙について、アーネスタントは係わっていないと思います。」


 「何故そう思われるのでしょうか?」


 「…………。」


 「ジュラム宰相にとってそう思われる根拠がおありでしたら、お聞かせ願いたいと存じます。」


 「…………。リア様、その前に私も聞きたい。あなたは今回の件について、アーネスタントが関与しているとお思いですか?」


 「思いません。」


 「ほう、何故でしょう?」


 「あの手紙で私が引っ掛かっているのは、教育学、傭兵学に限定しているくだりです。私はリード校で、弓道学を落として卒業出来ませんでした。セイントレアでは、それを恨んでいる無鉄砲な王女が事態を混乱させている、という筋書きにしたい誰かの仕業なのではないかという説が有力です。」


 「なるほど、素直なお方だ。では、当方の見解を申し上げましょう。公になっていない機密事項が含まれています、くれぐれもご内密に。」


 「はい。」


 「五十年前の一馬鹿学生のせいで、アーネスタントの学生は当国に留学することを全面的に禁止されました。実は……この期限をもっと早めようかという動きがあるのです。」


 「そうなんですか!?」


 「まだ、そんな話がある、という程度です。レスカ国でも賛否それぞれの意見がありますので、これから煮詰めていく予定でした。」


 「そうだったのですか……。それにしても何故急に?」


 「急でもないんですよ。アーネスタントは事あるごとに我が国に許しを乞い、期限を早めてはくれないかと懇願し続けて来たのです。圧力を掛ける訳でもなく、淡々とひたすらに。五十年も無償で献金やら祝福やらを貰っている身になると、もうそろそろよいのはないかという気にもなってきます。当時の学校関係者や官吏も亡くなっている者も多いですし。」


 「なるほど。」


 「特にタスカ王子が熱心なようでしてね。優秀で向学心旺盛な若者に最高の教育を受けさせたい、などと若い王子に言われると、教育の自由を謳っている当国としては考えざるを得ないんですよ。」


 「タスカ王子はよくこちらに?」


 「いえ、ご本人がいらしたことはありません。しかしこの留学問題に関しては、タスカ王子の名代としていらしている方が殆どです。」


 「そうだったのですか、では……。」


 「そういうことです。アーネスタントは今、教育関連の話で最も問題が起こって欲しくはないのです。」


 「分かりました。いえ、非常に納得がいきました。」


 「ご理解頂けて嬉しいです。しかし当国は……貴国に対して謝らなければならないのかもしれません。」


 「どういうことでしょうか?」


 「我が国はアーネスタントへ使者を送りました、貴国のエクリスタへ送った使者と同様に。そして彼等は様々な探りを入れた筈です。セイントレアとアーネスタントとの現況についても。」


 「当然でしょう。」

 

 「その結果、教育学について、いや、それを建前として、セイントレアはアーネスタントを陥れようとしているのではないか、という誤解を招いてしまった可能性はあります。」


 「まあ……そうでしょうね、状況的に。セイントレアですらその疑義はありましたから。私が卒業出来なかったことをネタに、アーネスタントが有利になるような揺さ振りを掛けているのではないのか、と。只、レスカ国内ですらばれてはいけない私の素性を、アーネスタントが知る訳がないということで落ち着きましたが。当国ですらそんな状態でしたから、元々過敏になっているアーネスタントにとっては大問題でしょう。」


 「その通りです。」


 「謝罪の必要はありません。貴国には貴国の立場があります、渡った使者も同様に。寧ろ、混乱を招いてしまって申し訳ないと謝るのはこちらです。」


 「リア王女、私などに頭を下げないで下さい!!……失礼ですが、あなた様は本当に頭脳明晰な方ですね。セイントレアもあなたのような王女がいて益々安泰だ。セイントレア国王女が十二歳でリード校へ入学したという話を聞いた時には吃驚しましたが、今はそうは思いません。」


 「ご存じでしたか。」


 「ご存じも何も!!レイアモンド国王を初め、皆あなたを宮廷に招きたいと仰っていたのですが、つまらないことで王女が退学になってはいけないということで諦めたのですよ。」


 「そうだったのですか!」


 「リア様は……アーネスタントとの和合をお求めですか?」


 「はい。いつ、いかなる時にも。」


 「一度、会談をされてはいかがでしょうか。」


 「そうしたいのは山々なのです。しかし残念ながら、唯一繋がっている場所が戦争が起こりそうな所なのです。恥ずかしながら、軍の高官が現れた途端大手を振って諍いが悪化、などという懸念があります。アーネスタントは……どう考えているか、ご存じですか?」


 「はい、存じております。アーネスタントとしても、セイントレアとの戦は避けたいと思っているようです。推測ですが小さな内乱が幾つかあったようで、今セイントレアとの戦争は起こしたくない。」


 「それは良かった……。」


 リアは軽く胸を撫で下ろした。戦争をする気が満々なのと躊躇いを感じているのでは、全く状況が違う。


 「ね、リア王女……。」


 ジュラムはもじゃもじゃの白髪頭を掻き上げながら、ひたっと視線をリアに向けた。


 「はい。」


 「会談をしましょうよ。」


 「是非ともそうしたいのです。しかし……そうすると!」


 「分かってますって。だ、か、ら!ここですればいいじゃないですか!!」


 「へ…………?」


 思いも掛けない提案に、リアは面食らった。だが、これ以上の名案はありようがなかった。戦争とは無縁の、いや、それを凌駕しているレスカ国で会談をするならば、途端に戦争勃発、という最も恐れている事態は有り得なかった。


 「何故、そこまで…………。」


 「アーネスタントに疑惑を抱かせてしまったせめてもの罪滅ぼしですな。しかしそれ以前に、貴国やアーネスタントのような大国で、決して戦争があってはなりません。」


 「どうしてでしょうか?」


 「民が困るからです。一人の民が飢えると、十人の民も貧困に陥ります。数としては微々たるものですが、それが積み重なると世界は恐慌へと誘われてゆく。国は、国民がいるからこそ国家として成り立っているのです。」


 「凄い……帝王学の文言そのものだ。」


 「違います。レスカではグッド・スクールの最初の授業で習います。もっと易しい言葉ですけれどね。泣きたいことがあったり、もう学校へ行きたくないと思うことがあっても、あなたが生まれてきて、生きていることに価値があると。」


 「素晴らしい……感服いたします。しかし一応軍人である身としては……少し凹みます。」


 リアは項垂れた。ジュラム宰相の言葉を聞くと、国としての懐の深さをまざまざと見せ付けられた思いだった。


 「ですから!それを実践出来ていたら、我が国にだって軍は存在しません!」


 ジュラムは瞳の奥で笑い、リアも釣られて微笑んだ。


 「一つ一つ、解決していくしかありません。……陛下に、アーネスタントとの会合の儀についてお伝え願えますか?」


 「直ちに。父が出席した方がよろしいでしょうか?」


 「勿論それがベストです。しかし、国王が国を離れるというのは難しいのが実情でしょう。先方がどう考えているかも考慮して、というところですかね。」


 「分かりました。もし父が出席すべきでしたら、喜んで参ることでしょう。私でよければ丁度こちらに滞在しておりますので、早急に話し合いが出来て好都合です。いかなる形であれ、当国としてはどのようにも対応するつもりです。」


 「先方にもそのように申し伝えましょう。しかし……リア様が滞在中に、というのは少し難しい話かもしれません。」


 「何故でしょうか?」


 「ま、その、何と申しましょうか……アーネスタントの国王イゼナスク陛下はその……少々頭が固いのです。」


 「はあ、それで?」


 「つまり……会談までに時間が掛かるかもしれません。」


 「なるほど。長くてひと月くらいでしょうか?」


 「や、先方の考え方にもよりますが、年内中に……みたいな?」


 「年内中!?それでは戦争が始まってしまうかもしれません!!」


 「リア様、落ち着かれて下さい!そうなんですよ……アーネスタントの国王には、時々こういったタイプの方が現れる。じっくり吟味していると言われれば何とも言いようがないし、実際にその通りなのかもしれません。ゆっくりと考えたいタイプの方をせっついても、良い成果は得られませんしね……。逆に、タスカ王子などは起動力が高くて話が早いのですけどね。」


 「面倒臭い奴だな!!」


 「その通り!……いやいや、熟考されるお方なのですな。せめて、セイントレア国が一刻も早く会談をしたいという旨をお伝えいたしますので――。」


 「や、や、取り乱して申し訳ない。貴国のお陰で、立ち往生していた話が少しでも進みそうだというのに。……気長に待ちます、どうぞよろしくお取り計らいください。」


 「承知いたしました。では――特に私でないとお話出来ないことはこれぐらいですかな。何かご質問はありますか?」


 「いえ、貴重なお時間を割いて頂いてありがとうございました。ジュラム宰相とお話をしたい時にはまた会って貰えますか?」


 「勿論ですとも!そうでなくともアーネスタントとのやり取りについては逐一報告するつもりでしたし、リア様は今後も夜会に出席されるでしょう?その時にお伝え下さっても構いません。」


 「それは良かった。」


 「こんな爺が目障りですが、そこいらにウロウロしておりますのでいつでもお声掛けください。」


 ジュラムは高らかに笑った。


 「では、担当者と交代しましょうかね。呼んで参りますので少しお待ち下さい。」


 ジュラムは立ち上がると重い扉を開けて顔を外へ出した。外で待機している扉番に指示を出している声が聞こえる。


 ――ロジワニース侯爵を――。


 その言葉を聞いた途端、リアの心臓は跳ね上がった。


 ロジワニース侯爵だって!?ヴァネッサの父親じゃないか!!……まずい、まずいぞ……何でよりによって!!…………どれだけ私を恨んでいることだろう。知っているだろうか……?いや、知らない訳がない!!間接的ではあるけれど……ヴァネッサの縁談をぶち壊したのは、この私なのだから。






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