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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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レスカ宮廷 ♥ヴァネッサ♥

 大広間の扉は開かれた。折しもダンスの曲が切れたタイミングだったようで、開かれた入口に注目が集まった。

 そこに立っていたのは、見覚えのない、しかし圧倒的な美を携えた騎士。侍女に手を引かれて佇んでいる姿は神秘的なまでに美しく、賑やかだった広間は一瞬しん……とした静寂に包まれた。見覚えがあるのは、垂らされた一筋の金の髪のみ。それ以外の豪華絢爛な髪は、計算しつくされた無造作によって後ろで束ねられている。

 騎士の正体が分かった後は大騒ぎだった。あちらこちらで指笛が鳴り、音楽隊はトランペットのファンファーレを吹き鳴らし、各テーブルではクラッカーが弾け飛ぶ。リアは割れんばかりの拍手喝采で迎えられた。

 その中、一人の令嬢がまろびながらリアに駆け寄り、その胸に抱きついた。


 「リア……!!」


 リアを見上げる瞳には涙が浮かんでいる。クララは彼女を軽く引き離しながらもリアの手を取らせ、二人をダンスフロアへとさり気なく押し出した。ダンスの音楽が鳴り始めると彼女も正気を取り戻したようで、きちんとステップは踏んでいる。リアに関しては男性パートはお手の物なので、危惧することは何もないだろう。


 「リア……リア……!!」


 彼女はうわ言のようにリアの名を呼んだ。


 「はいはい、私はちゃんとここにいるよ。」


 リアは彼女の手をぎゅっと握った。


 「ああ、リア、こうやって再び会えるなんて夢みたい……!!あなたったら何も言わずに国へ帰ってしまうんですもの……。」


 彼女は震える声でそう言いながら涙ぐんだ。

 

 彼女の名はヴァネッサ・ロジワニース。学生時代にパーティか何かで知り合い、確かその頃は有名なお嬢様学校に通っていた筈だ。

 そう、この可憐で儚げな女性こそ、リアを退学に追いやりそうになった張本人なのだ。

 彼女の身分は侯爵令嬢。血筋の良さもさることながら、父親は名実ともに認められた実力者だ。当時、ヴァネッサはありとあらゆるコネと金と権力を駆使して、リアの身元を確かめようとした。勉学の上での平等を謳っているリード校では、高貴な者の身分が明るみに出ると即退学になる。リアの与り知らぬセインティアでは、てんやわんやの大騒ぎの後に、この探索を握り潰したらしい。

 しかし、リアにはヴァネッサを憎むことは出来なかった。すれすれのところで退学になりそうだった事実を知りながらも、無垢に慕ってくる彼女を無下にすることは出来なかった。それに若干、リアには後ろめたい気持ちがあった。その頃、ヴァネッサにはほぼ決まりかけていた縁談があったのだが、リアの登場によって彼女は一方的にその話を破棄してしまったのだ。


 「や、最初から言っていたと思うよ。二年で国へ帰るって……。」


 「そんなの聞いておりません!でも、まあいいわ……またこうやって会えたから。ああ、でも!悲しい……!!」


 ヴァネッサの目は再び涙で潤んできた。


 「ヴァネッサ、今度は何を憂えているんだい?」


 「王女だなんて……!!まさか、セイントレアの王女だなんて!!せめて王子だったら良かったのに……!!


 「自分でもそっちの方が適正があると思うよ。でもこれっばかりはな……。」


 「いいえ、違うの、違うのよ!!あなたはれっきとした王女だわ!!あんなに……ドレスがお似合いだなんて。殿方に手を引かれたあなたがあんなに美しいだなんて……。それが一番ショックなんだわ!!」


 「むう……何と答えてよいのか分からないが。」


 「いいの、リア。事実を受け入れられなくて混乱しているのね。あなたが国王と談笑し、レイダン皇太子の差し伸べた手を取って踊っている姿が忘れられない。ええ、大丈夫!!今は混乱しているけどそのうち落ち着くと思うわ。あなたは、間違いなく女性なのだわ……。」


 何だか一方的に突っ走っているようだが、彼女は彼女の中で何かを治めているように見える。リアにはヴァネッサの言っていることがさっぱり理解出来なかったが、彼女なりに必死に戦っているということは分かった。そう、こういうところも彼女を憎めない理由の一つだった。ヴァネッサには嘘がない。


 ……もう、ヴァネッサは、大丈夫だろう。


 リアは一つの警戒を解いた。見込み違いだとしたら、それは自己責任だ。


 「ね、ヴァネッサ、何故私がここへ来たと思う?」


 不意の質問に、ヴァネッサは目を見開いた。


 「そ、そういえばそうね……。レスカとの親睦を深める為?」


 「違う、レスカへ謝罪する為だ。」


 「謝罪ですって!?あんなに和やかな雰囲気だったのに!?」


 「レスカは許してくれている。恐らく、セイントレア国内で何か良からぬことがあって、結果的にレスカにも迷惑をかけることになってしまった。」


 「まあ、そうだったの。」


 「ヴァネッサ、協力してくれないか?」


 リアがヴァネッサを見つめると、彼女の瞳にはきらりと光が宿った。


 「謝罪はもちろんだが、私は手ぶらで帰るつもりはないんだ。」


 ヴァネッサの顔が破顔した。


 「当たり前じゃない、リア!!あなたに頼みごとをされて、私が断るとでも思う!?」


 「それは心強いな。」


 「私はどうすればいいの?」


 「今は詳しくは話せない、後日詳細を話す。こうやってあなたとずっと踊っていたいけれど、残念ながらもう曲が終わってしまう。今夜は他の人とも踊らないと。」


 「あら、もうあんなに長い列が出来て……!!でもあと一曲くらい大丈夫よね?」


 「私もそうしたいのは山々なのだが、今日だけは色んな人と満遍なく踊った方がいい。私と特に親しいようだと疑われて、あなたに危険が及んでもよくないし。」


 「そう?私はどう思われようと一向に構わないけど?でも、まあいいわ、あなたを困らせたくはないもの。」


 「近日中に使いを出す。ロジワニース侯爵家でいいのかな?」


 「ええ。」


 「明日にでも使者が行くと思う。」


 「分かったわ。……ねえ、リア、一つお願いがあるのだけど……。」


 「何だい?」


 ヴァネッサは上目遣いでリアを見た。


 「もう、舞踏会ではドレスを着ないでくださる?」


 思い掛けないお願いに、リアは一瞬頭が混乱した。


 「え!?どうだろう!?私もこっちの方が動きやすくて是非ともドレスは着たくないのだが、一応ドレスの方が正装だしな……。」


 「そう。では、時々は男物の服を着て、またこうやって踊ってくださる?」


 「それは勿論だよ!!」


 「じゃあいいわ。」


 リアが快諾すると、ヴァネッサは嬉しそうに笑った。見返す瞳に、もう涙はなかった。






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