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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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結局今のところ

 「結局今のところ……アーネスタントに動きはないんだな?」


 白身魚の前菜を頬張りながら、リアはハドグに尋ねた。


 「ああ、まるで凪いだ海のように穏やかだ。レスカはあれ以来何も言って来ないし、アーネスタントなぞ気配すらない。」


 「そうか、それは良かった。」


 「もしアーネスタントが抗議してくるのならペイジなのでは?」


 エクリスタ海軍の大将サリエントが、首を捻りながら尋ねた。


 「どうして?」


 「アーネスタントが船を出してここへ来るとしたら遠過ぎるからです。アーネスタントとセイントレアの国境にはエッラ山脈があり、東側は断崖絶壁になっている。アーネスタントの港は、首都アネストのずっと北側にあるバルファネ港になるでしょう?そんな北側からこんな南側へ船を出すくらいなら、ペイジへ問い合わせた方が手っ取り早いのでは?」


 「いや、そうとも言えない。確かに、距離的なことだけならペイジを経由した方が近い。しかし、あそこは本当に一触即発の状況なのだ。更に厄介なのは、軍や国よりも地元民が熱くなっていることだ。何が起こるか分からない。アーネスタントが本当に戦争を起こしたいのならペイジへ行くだろうし、注意喚起やひとこと言いたいだけならこっちへ来る可能性が高いだろう。」


 「そうですか……。まさか、ペイジがそれほどの状況だとは。」


 「ランウェル問題は本当に根が深いのだ。」


 「地続きのペイジよりも、遠く海を隔てたエクリスタの方がアーネスタントにとって近いということですね?」


 「そういうこと。」


 うーんと唸りながらハドグは首を振った。


 「分かっているようで、分かっていなかったな……。」


 「それは仕様がない。反省とか改善とか関係なく、離れた土地事情っていうのは行ってみないと分からないことばかりだ。」


 「ああ。アーネスタントのやつ、本当にこっちに来るかもしれんな。」


 「もしアーネスタントやレスカの使者が来ても、交渉はジェマーソンに任せていい。ハドグやサリエント他エクリスタを信頼しているが、全土を把握している者を一人置いておいた方が良いだろう、との中央の判断だ。」


 「分かった、その方が俺等にとっても助かる。何かあった時にいちいち中央へ使いを出すよりな。」


 「当然のことですが、私はこちらの事情をあなた方ほどは分からない。その辺はしっかり教えて下さい。」


 ジェマーソンがそう言うと、サリエントは嬉しそうに笑った。


 「勿論です。それから、ジェマーソン総帥には是非とも私と手合わせ願います。リアとは叶いそうにないですから。」


 「望むところです。サリエント、私もジェマーソンで構わないですよ。」


 「それは駄目です。ジェマーソン様はあくまでも総帥です。」


 「え?リア様はいいのに?」


 「リア様は特別です。あなたは私の中でずっと総帥でしたから、今更そんなことを言われても困る。総帥は総帥です。」


 「よく分からん理屈ですね……。」


 戸惑うジェマーソンにリアはククッと笑い、ジェマーソンは不満そうに首を傾けた。


 「なあ、サリエント。アウヴィッシュから要請があったと思うが、もう一度この国の港について話してくれないか?それに……先程出た話が妙に気になる。」


 リアがそう言うと、サリエントは顔を引き締めて頷いた。


 「はい。我々はアウヴィッシュ軍務大臣の要請通り、港という港を徹底的に調べました。しかし、怪しい船は皆無だった。外国からの漁船、商船も全て裏が取れて、変な動き方をしている船もいない。ただ……何と言うか、気になる地域があるのです。」


 「気になる地域?」


 「ええ、この国の本当の最南端です。我々はマーシューブ地方と呼んでますが、それは地元民がそう言っているだけで、正式にはエクリスタ南部です。」


 「そこがおかしいと?都市なのか?」


 「いえいえ、都市どころか村でもありません。誰一人住んでいないんじゃないかと思えるような場所ですが、そういう訳でもないんですね。大昔からそこに居住している世帯が多少あるという程度です。」


 「そこがどうおかしいんだ?」


 「テントを張った跡、みたいな形跡があるのです。即席で建てたような掘立小屋とか焚火の跡らしき物とか。」


 「地元民はどう言っているんだ?」


 「それが、誰も知らないと。見慣れない者も見なかったし、そんな小屋もいつからそこにあったか分からないと。」


 「へえ、そんなことってあるのか?」


 「あるかもしれない……ですね。彼等の多くは森を少し入って小高い丘になった所に、小さな集落を作って住んでいる。見つかった小屋も森の中ですが、方向が全然違うんです。全く分からなった可能性も大いにあります。」


 「そうか。」


 「只、あれは昔に建てられた物ではない。木の切り口などを見ると割と最近の物ではないかと思われます。」


 「むう……。そもそも、マーシュ―ブの民はどうやって生活しているんだ?」


 「まあ、自給自足ですね。畑を作ったり、猟をしたり。しかしその人口も年々減っている。子供達はマーシュ―ブから離れさせて、商家に奉公させたり、網元に預けたり、軍に入れたりしてますよ。今いる者は、昔からずっとそうやって生活してきた者だけです。」


 「猟をするんだな?だったら小屋の方向へ行くこともあったんじゃないか?」


 「ないそうです。そんな離れた所で獲物を捕っても、持って帰るのが大変だって。」


 「なるほど、漁は?」


 「するにはするんですけど、我々が考えている漁とは大分かけ離れてますよ。マーシュ―ブの海はずっと遠浅が続いていて、とても透明度が高い。朝や夕刻にバケツとたもを持って、ちゃいちゃいと掬い上げて終わり。一日中海へ出てる者などおりません。」


 「では、船を出したり、海辺で魚を捕っている見慣れない者がいても、気付かなかったということだな?」


 「そういうことです。」


 うーむ、とリアは考え込んだ。


 「こんなにいい海があるのに、何故漁業が発展しなかったんだろうな?」


 「遠浅だからです。」


 「ああ、そうか。」


 「港を作るには向かないし、ちょっと北側へ行けばよい港が沢山ありますから。」


 「なるほどな。そんなに必死にならなくても、自分が食う分くらいは何とかなるってことか。南の土地は豊かだな。船は持っているのか?」


 「船というよりボートですね。海岸に置いておくと痛むので集落に保存してあります。使う時は皆で担いで海へ出してますよ。漁で使うよりも寧ろ、祭りで使っているようです。確か二隻あったんじゃないかな。」


 「その船を使ってレスカへ誰かを渡した可能性は?」


 「まず無理ですね、ボートですよ?屋根だってないし、悪天候なら一溜まりもありません。マーシュ―ブの民を疑っているのですか?」


 「そういう訳ではない、全ての可能性を考えているだけだ。誰かがマーシュ―ブの民に頼んで、もっとましな船の作成を頼んだ可能性は?」


 「ない、と言っていいでしょう。彼等は作れるかもしれません。或いは遠い昔に誰かが作ったことがあるかもしれません。しかし、余り大きな船は彼等にとって邪魔なのです。何故ならそこは、遠浅だから。」


 「ああ、そうか。」


 「必ず座礁します。」


 「うーむぅぅぅ…………。」


 頭を抱え込むリアにハドグが声を掛けた。


 「どうした、リア?」


 「うう……行きたい。そんなレアな民と、是非とも私が直で話をしてみたい。せめてあと一日あったら……。」


 「諦めろ。先程お美しい侍女殿が到着なされたじゃないか。お前の準備っていうのは、あの侍女様のご到着待ちだったんだろ?」


 「ハドグ、私の侍女に意味不明な敬語を使うのはやめてくれ。畜生……クララの奴……いや、後続隊の奴……何でこんなに早いんだよ?」


 「後続隊が頑張ったからですよ!!あなたがクララ無しではレスカに行けないと言い張るから!!」


 ジェマーソンがそう言うと、ハドグは怪訝な表情で眉を顰めた。


 「そうなのか?クララ殿はそんな重責を担われているのか?あんな風に貧血で倒れるなんて、お身体は大丈夫なのだろうか?」


 「まあ、大丈夫だと思うよ。若いし、元々とても健康だし。って言うか、私専属の侍女なんてもの凄く健康でないと務まらないし。旅の疲れが出たんだろう。それよりさ……お前の部下の方がどうなんだよ?ここへ来る前顔を出したけど、ちょっとびっくりしてしまって……とか言ってたぞ?」


 会議が終わり、このまま食堂へ向かおうか、と話している頃にクララは到着した。状況を知ったクララは、それでは私がリア様にお付きしなければと馬車を降りて食堂へ行こうとしたのだが、次々と差し出される手に面食らった。どこまでも続くごつごつした手と自分に注がれる眼差し。ふと気が遠くなって彼女は意識を失った。


 「面目ない。クララ殿は大丈夫なのか?」


 「ああ、今にもベッドから起きそうなところをやめさせた。お前が用意してくれた侍女達がよくやってくれているよ。まるで王女みたいだ。」


 「本当に、王女より王女みたいな人だな……。」


 「………………。」


 「若いってお幾つなんだ?」


 「……二十九。」


 「うむ、若いな。程よく若い。」


 「………………。」


 「ね、リア。私も気になっているのですが、何故お付きが一人だけなのです?彼女は本当に重責を担っているのですか?」


 「え?あ、まあ……。」


 サリエントが尋ねると、リアは曖昧に目を伏せた。ジェマーソンが反撃するかのように声を上げた。


 「リア様には分からないんですよ。」


 「は……?」


 「リア様には着付けの作法が分からないのです。」


 「はい?」


 「ざくっとは分かるよ、ざくっとは!!」


 「ざくっとはね……。」


 ぽかんと口を開けるサリエントとハドグに、ジェマーソンは笑った。


 「ほら、我々にもあるでしょう?高貴な者だけが許されるタイの結び方とか、祝福の意を表すカラーとか。それが、上へいけばいく程複雑になってくる。他国の王族相手に、しかも謝罪でということになると細心の注意が必要です。当然、女性の方が複雑です。ドレスの生地から色、髪型、合わせるアクセサリーも。リア様にそういったことに対する興味があればよいのですが、それがまるで……。」


 「派手じゃなければいいんだろ?」


 「それで済まないから面倒臭いんじゃないんですか。」


 「まあね。でも、レスカはそんなことで怒るほど器の小さい国ではないよ?……と信じてる……。」


 サリエントとハドグは相変わらず目をぱちくりさせている。


 「お前……ドレス着るのか……。」


 ハドグが思わず呟いた。


 「早く脱げるように願っている。早く仲直りして、アトラクション用と称して持ってきた派手な騎士服を着られるように頑張る。」


 「何考えているんですか!!」


 「大丈夫だって!レスカだって、別に大喧嘩してる訳じゃないだろ?それに多分、レスカの王宮に出入りしている旧友なんかもいると思う。その辺の身分はお互い絶対に隠していたから分からないけど、いない筈はない。」


 「味方とは限らないですよ。」


 「敵だと言うのか!?私は学生として行ったんだ。そんな敵味方だなんて複雑な付き合いはない!」


 「もう、分かってませんね!」


 ジェマーソンはふうっと溜息をついた。


 「何度も言いましたが、あなたの存在自体を妬む者がいるのです。その美しさ、明晰な頭脳、天才的な剣術などを。」


 「だからと言ってオールマイティじゃない!これだけ怒られてきたんだ、ちょっと秀でたところがあってもそんなの一部だ、騙されないぞ。みんな裁縫で骨折しないし、ちゃんとパンケーキは焼けるし……モテるし……。」


 「あなたの場合目立ち過ぎるんですよ!少しは自覚して下さい!」


 「目立とうとして目立っている訳じゃない!周りが騒ぎ過ぎるんだ!」


 「ちょ、ちょ、ちょっと、変な内輪揉めは止めて下さい!こうやって話せる時間は限られているのですから!」


 サリエントがそう言うと、二人は口を噤んだ。


 「そうだよ、絡んできたのはジェマーソンだからな。で?何の話をしてたんだっけ?」


 「クララ殿の話だ。」


 ハドグが言い切った。


 「クララ?が、どうしたっけ?」


 「重要なお役目を担われているようだが、お一人で大丈夫なのか?と言うより、レスカへ渡るのがお前と侍女一人だけだということに驚いている。こちらから人員を割いた方が良いのではないか?こちらにも少数だが女兵士もいる。」


 「駄目。今回の目的はあくまでも謝罪だからなるべく丸腰の方がいい。侍女をぞろぞろ引き連れて、というのも失礼に当たる。会議でも話したが、船の漕ぎ手も新人を多く入れてくれ。」


 「もし何かあったらどうするんだ?」


 「どうしようもないよ。例えお前クラスの精鋭ばかりを連れて行ってもどうしようもない。行先は外国だもん。もし何かないように気を付けるだけだ。」


 「…………お前も大変だな。もし俺だったらと思うとぞっとする。立ったり座ったりしただけで、もし何かしてるんじゃないかと気が気じゃねえよ。」


 真剣な顔をしているハドグにリアは噴き出した。


 「ハドグ、難しく考えすぎだって!レスカの王族だって人間だよ?お騒がせしてすみませんでしたって謝って、なるべく楽しくお喋りするだけ。それより私は、ドレスを着て食事をする自信がない……。」


 「絶対に脱がないで下さいよ!」


 「やらしいな。」


 「やらしいなって……!!」


 「ジェマーソン、あれを一回着てみろよ。苦しくって食事なんて出来ないよ?」


 「しなきゃいいじゃないですか!小食なので入らないんですって。王宮の女性は皆そうしてますよ?後から裏で沢山食べればよろし。」


 「嫌だ、絶対にデザートまでたどり着く。」


 「お前、本当に凄えな……。俺だったら一口も入らん。」


 「それ褒めてないから。ああ、そう言えば、ワインの件よろしくな。百本くらいはある?」


 「余裕だ。」


 「やあ、助かったよ!クララと後続のワイン隊待ちだったから。これですぐに発てる。」


 「こっちとしても丁度良い。ヴィンテージだの記念ボトルだの、ちょっと開けるのが躊躇われるような物ばかり沢山あったから。レスカへの土産として持って行ってくれた方がすっきりする。」


 「ワイン隊がサディワイナリーでどっさり買い付けてくるから、こっちでそれを納めてくれ。」


 「いいねえ。最近サディワイナリーの物が中々手に入らねえからな。」


 「ごめんね、王宮のソムリエがごっそり買い付けてしまったから。」


 「だよな!畜生、隠れた名ワイナリーだったのに!価格も高騰する一方だ。」


 「申し訳ない。でも、時間の問題だったと思うよ。ラトルの手に掛かれば早かれ遅かれ発見されただろう。一応取り過ぎるなと注意しておくけどどうかな、王宮でも賓客にも大好評なんだ。」


 「一応言っておいてくれ、俺等の飲み分まで取るなと。」


 「うん。」


 「開けましょうかね。」


 サリエントが一本の赤ワインを高々と掲げた。


 「サディワイナリーの銘品です。今では中々手に入らない。」


 「嬉しい!開けよう、開けよう!」


 「ようし、乾杯だ!皆、立て!!」


 ハドグが声を掛けると、兵士達は一斉に立ち上がった。ハドグは隅々まで見渡しながら、大きな声を張り上げた。


 「いいか!我が国リア王女は、重要な役目を担って明日渡航される。皆で無事を祈ろうじゃないか!」


 見返す瞳は皆、意気揚々としている。ハドグは頷きながら音頭を取った。


 「セイントレア国王女の前途を祈って――乾杯!!」


 「乾杯!!」


 兵士は揃ってリアに杯を掲げた。


 その後、乾杯は何度重ねられたか分からない。エクリスタの夜は賑やかに過ぎていった。


 




 

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