こっちのワインも美味しいですよ
「リア、こっちのワインも美味しいですよ!」
「いいよ、さっき新しいの開けて貰ったばっかだもん、勿体無い。」
「そんなことおっしゃらずに!皆で飲んじゃうから大丈夫ですよ、皆はリアにおいしいのを飲んで貰いたいんです!」
「そう?じゃいただきます。」
ポンッと軽快な音を立てて開けられたワインは、細かい泡を弾かせながらグラスに注がれた。爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
「旨いなあ!!自分では赤が好きだと思ってたけど白も旨いなあ!!魚との相性が抜群だ。」
「でしょう!!」
「リア、こっちのワインも飲んでください!ロゼワインだって旨いのは本当に旨いんです!」
他の兵士が綺麗なピンク色のボトルを差し出した。
「おい、お前ら!!」
ハドグが声を張り上げた。
「そんなに次から次へとワインを持って来られちゃ、リアが落ち着いて食事が出来ねえだろうが!!ちっとは大人しくしてろ!!」
ハドグが一喝すると、リア達のテーブルにわらわらと寄って来ていた兵士達はすごすごと引き下がった。
ここはエクリスタにある食堂の一つ。本当はリアとジェマーソンの為だけに用意されていたのだが、リアの提案で当然それは却下となり、ハドグ他エクリスタの幹部と一緒に食事をしている。三百人ほど収容出来る食堂だが、幹部以外の者はくじ引きで入ることを許された。
リアにとって、自分は客ではない。いつどこで共に戦うことになるか分からない兵士達なのだから、なるべく広く面識を得ておきたかった。
「悪いな、リア、騒がしくて。」
「元気があっていいじゃないか。本当は一人一人と話をしたいところだが。」
「そんなことをしたら舞い上がって仕事が手につかなくなりますよ!何と言っても、あなたはハドグを倒したのですから!」
可笑しそうに口を挟んだのは、エクリスタ海軍の大将サリエント。ハドグとは対照的に、すらりとしていてスマートな印象だ。
「ぃやあ、久し振りに心が沸き立つような名勝負でしたからね!リアがハドグを倒した時は、やった!!と心の中で快哉を叫びました。」
「酷えな、お前は。」
「あんたが負ける姿なんてもう二度と見られないかもしれない。皆大喜びじゃないか。」
兵士達はこちらをちらちらと伺いながら嬉しそうにしている。中にはリアに目が釘付けで、うっとりとしている者もいた。
「クソッ、あいつら……!後で一から鍛え直してやる!」
「恨まない、恨まない。」
「恨んでなんざいないけどよ……だけどなあ、リア。」
「うん?」
「あれ、わざとか?」
「あれって?」
「癖。同じ剣筋、同じ立ち位置。」
「うん。」
リアはワインを飲み干しながら頷いた。
「お前みたいのに正面からいったって埒が明かないだろ?体格が不利な分、まあ色々とね。」
「なるほどなあ!!」
ハドグは悔しそうにテーブルを叩いた。
「そういう戦い方もあったか!俺もやろう。中央ではそれがスタンダードなのか?」
「いや、別に。亜型だと思うけど。ほら、そもそも癖だと認識できるくらいの実力者じゃないと使えないから。」
「ほうほう。……うむ、やはり負けた方が得るものがでかいな。その一、俺は癖の練習に励む、その二、人を見かけで判断しない。悪かったな、リア、話が出来る相手じゃないと勝手に思い込んで。」
「ううん。」
リアはまじまじとハドグを見た。
「謝る必要なんかないよ。その二は私も当てはまるからな。」
「どういうことだ?」
「うん……。」
リアは考え込みながら、ハドグのグラスにワインを注いだ。
「実はさ、お前のことをもっと頭が固いと思っていたんだ。こんなにあっさりと負けを認められてちょっと驚いている。」
「なっ……!そんな訳ないだろう!!」
「そうなんだけどさ、もっと色々言ってくるかと。」
「どう色々言うんだ!?俺の剣は手を離れたし、お前その後空中で腹に一発入れただろう?どう考えても勝ちの要素はねえぞ。」
「だからさ、その辺が私の思い込み。こんなに潔いとは思わなかったから。勝手に思い込んでて私もごめんね。」
「…………!!」
「やっぱりその辺が大将だなあ。そもそも勝ち負けを冷静に判断出来ないと、戦場には向かないもんな。ん、どうしたハドグ?」
ハドグは顔を赤くして固まっている。
「や、別に……。」
「照れてるんですよ!」
サリエントが笑った。
「誰かに褒められるなんて滅多にないからそれで――。」
「照れてなんか!!」
「いいじゃないか、いいお顔だよ。」
「ち、違っ!!」
リアの周辺は楽しそうだ。
そんな彼等の様子を伺いながら、ジェマーソンは今日の出来事を振り返り小さく溜息をついた。
★★★
「ではリア様、会議室へご案内します。」
リアの手を借りて立ち上がったハドグは、リアに向かって敬礼した。
「その口調もやめてくれないか?さっきみたいな感じの方がいい。」
「そ、そうか?」
「そうだよ。それから、様も禁止。」
「禁止って言われても……。」
「ほら、様様の上に丁寧な言葉を遣われると、私が王女だと一発でばれて狙われるじゃないか。」
「あー、なるほど!」
「リア様!!」
ジェマーソンは思わず呼び掛けたが、振り返ったリアは獅子のような目をしていた。
「や、でも、ジェマーソンだってリア様と呼んでいるし……。」
「ああ、ジェマーソンは特別。自分がそうしないと示しがつかないとか言って。中央ではみんなリアだよ。」
「おお、そうか。」
「ちゃんと隅々まで伝えといてね。」
「分かった。考えてみりゃそうだよな。戦場の中であんまり大事に扱い過ぎると、王女ここに在りと示しているようなもんだよな。」
「そういうこと。」
「リア様!!」
ジェマーソンは再度リアに呼び掛けてみたが、今度は蛇のような目で見返された。
「ジェマーソン……。」
ハドグが腕を組んで考え込みながら、ジェマーソンに声を掛けた。
「はい?」
「うむ……まあ、中央には中央の事情があるのだろうが、そういうのもどうかと思うぞ。」
「や、違いますよ!!」
「どう違うんだ?本人がそう言ってるんだ、丁寧にするのも程々にしておかないと、逆に首を絞めることになるぞ。」
「そうそう。」
神妙そうな顔で頷いているが、この人の目の奥は激烈に笑っている。
中央にばれたらどうなるか知りませんからね……!!
歯痒い気持ちを掻き毟りながら、ジェマーソンはリアを睨み付けた。




