何憑けてるんですか
「リア様、珍しいですね!いらして下さって嬉しいです!」
リアがユースの部屋を訪れた途端、彼はリアの足元に跪きその手にキスした。
「こういう出迎えっていうのも何か変だな、普通敬礼だろ?」
「ここは僕の家ですからね、うち式で。……なっ、なっ、なっ、何憑けてるんですか――――っ!?」
立ち上がりかけたユースは、そのまま後ろへ大きく飛び退いた。
「え?え?見えるの!?こいつ何?何故私のとこにいる?どうしたらいいんだ?」
「分からない!!分からないです――――っ!!」
「落ち着け、ユース、落ち着くんだ。」
「や、あ、はあ。……びっくりした。リア様、何でそんなに落ち着いてるんですか!!」
「どちらかと言うと興奮してる。よかった、私以外に分かる奴がいて。因みに私には見えない。お前には見えるのか?」
「いえ、見えないです。何かいるっていうだけで。いつからですか?」
「ペイジで落馬した時から。」
「どおりで、そういう訳でしたか。リア様が落馬なんて変だと思ってたんですよ。それは……何か言ってます?」
「うん、会話が出来る。」
「会話が出来る!?」
「全く普通に。分かっていることだけ話していく。名はフローラ、戦場で――。」
「ちょっと待ってください、女性なんですか?」
「本人は男だと言っている。名が分かったのもたまたま昨日なんだ。男だけど、フローラと呼ばれていたと。どう思う?」
「うーん…………今聞かれると迷うなあ。男性だと思ってました、ただの思い込みかもしれませんが。女性だと言われるとそうなのかなって気も。分からないです。」
「そうか。お前はこういうのよく見るの?で、性別も分かるのか?」
「よくは見ないですよ。よっぽど強烈なのが憑いていれば、見えちゃうこともあるって感じです。そうだな、視覚的にははっきり見えていないことも多いのか……性別は何となく勘で思い込んでるのかな。」
「で、こいつは男だと思ったと。」
「何となくですよ、何となく。それにしても会話が出来るっていうのも凄いな。フローラは何か訴えてます?墓参りに来て欲しいとか、きちんと供養して欲しいとか。」
「それがそう簡単にはいかないのだ。分かっていたらとっくにそうしている。」
「ですよね。凄まじい怨恨があるようにも見えないんですけど。」
「そういうのがあった方が分かり易くていいのだがな。」
「僕が話の腰を折っちゃいましたね。ペイジで何があったんですか?ああ、それよりリア様を立たせっぱなしで。お掛け下さい、お茶でも淹れますよ。」
ユースに促されて、リアは彼の部屋の大きなソファに腰を下ろした。
★★★
「どうしたもんですかねえ……?」
ユースはリアの後方を見つめながら呟いた。
「だろ?本人が何も覚えてないし恨んでもいないから、やりようがないのだ。」
「分かってるのは……名がフローラだってことと、馬上から剣で咽を貫かれて死んだこと、ランウェル橋だけは何故か覚えている。」
「死んだ場所は丁度国境の辺りだ。ケールに、私が祈っていた場所を教えてくれと言ったら案内してくれると思う。近くにポツンと楠がある筈だ。」
「何にも分からないかもしれませんけど、とりあえず行ってみますよ。」
「頼むよ。ああそれから、ケールには全く事情を話していない。」
「分かってますって。こういうの、説明する方が無理ですって。」
「だよな?お前が分かってくれただけで本当に救われる。お前も苦労が多かったんだろうな。」
「そのお言葉だけで、今までの苦労が報われるってもんですよ。」
「自分が当事者になってみないと分からないからなあ。あーあ、もっと早くここへ来れば良かった!」
「リア様、殆どいなかったじゃないですか。」
「そうなんだよな、急にお前の存在を思い出して。」
「思い出してくれて嬉しいです。」
「悪かったな、突然の人事変更。大変だっただろ?」
「そうでもないですよ、出る準備はしてたんで。皆行きたがってたので二師団に増えて喜んでます。留守番組の方が臍曲げてますよ。」
「それは頼もしいな。でも戦いに行くんじゃないから、その辺のところよろしくな。」
「ええ、いざという時の保険でしょう?十分に言い聞かせておきますよ。」
「まあ、ケールとペイジ隊の様子を見れば一目瞭然だろう。決して出過ぎることのないように、ギリギリの線で頑張っている。」
「ケールをフォローする心づもりで行きますよ。ランウェル問題は、ケールが事情を一番肌で感じているでしょうからね。」
「お前が行って大分肩の荷も下りるんじゃないかな。重すぎる責任をずっと一人で担って来たから。」
「だといいですけど。ああ、そう言えば、ハジャとパリアグラスの件で、僕が急遽ペイジに変更になったと聞いたのですが?どういうことですか?」
「ああ、それ気にしなくていいから。」
「そうなんですか?都会育ちのせいか魚とか草とか全く無縁で。薬草にも興味を持たなかったし。」
「いいんだ、それで。ちゃんと専門家も行っている。」
「だったらいいですけど。かと言って、フローラの件も何も分からないかもしれませんよ。」
「全然気にしないでくれ。お前が行った方が分かる確率も上がるんじゃないかって、こっちの我儘だから。お前は兵士なんだ、隊長としての仕事を全うしてくれたらいい。」
「よかった。じゃ、普通にしてます。」
ユースはほっとしたように安堵の息をついた。リアはそんな彼の様子を伺いながら口を開いた。
「な、ユース……言いたくなかったら無理に答えなくてもいいのだけど……。」
「どうしたんですか、リア様らしくない。」
「いやな、ふと思ったのだが、魔法街にはお前クラスの霊媒師がごろごろいるのか?今まで思い付きもしなかったが、ひょっとしたら私はそっち方面へ言った方が良いのだろうか?」
「絶対に駄目です!!」
「え?」
珍しく、ユースの目が吊り上がった。
「身を持ってでも阻止します!!」
「へ?そうなの?」
「あのですね、彼等のほぼ全てがインチキです。」
「ほぼ全て?」
「そうです。」
「お前の家族は?」
「インチキです。」
「あ、そう……。」
思いも掛けない返答に、リアは目をぱちくりさせた。
「えーっと……何故魔法街なるものが存在するのだろうな……?」
「殆どインチキですが、ごく稀に本物も存在するからです。」
「お前みたいな?」
「僕なんて本物でも何でもありません。」
「そうか?私的には凄いなって思うけど?」
「他の人が感じないことを感じることもたまにあるって程度です。端的に言いますと、本物は全く姿を現しません。地下とかの隠れ家に籠って、研究実験に明け暮れていることが多い。」
「そうなんだ。」
「例えば、水晶が見える魔女がいたとしますね。何故自分にだけ見えるのか、その形は何を表すのか、実際に見える本人の興味は尽きません。そうなると、過去に大きな事変があった時に水晶は何を示していたのか、その当時の魔法使いはどう分析したのか、と古い書物を読み漁ります。しかしそれでは彼女の納得のいく答えは出ないでしょう、謎は深まるばかりだ。ならばその当時、空の配置はどうだったのか、と占星術まで手を伸ばします。という風に、本物はやることが多過ぎて表になんか出て来ないんですよ。」
「非常に分かりやすい。腕っぷしが強いだけでは大将になれないということと同じ理屈だな。」
「その通りです、要は総合力です。剣が強いだけでも水晶が読めるだけでも、限定的になっちゃう訳ですね。」
「なるほど。お前の家はそっち方面の名家だと聞いたが、それはどういうことなんだ?」
「僕のひいばあさんが本物だったんです。立派な自分のうちがあるのに……まあ、僕の実家ですが……今では何処にあるのだか分からない、林の中にある納屋のような小屋に住んでいました。強烈な薬草の匂いもセットでね。殆ど覚えてませんが、僕はこの曾祖母が好きだった。きっと可愛がってくれたんでしょうね。」
「それは良かった。」
「しかし、能力が無く肩書だけある者にとっては、あそこは地獄の修羅場です。曾祖母以降、魔法使いの片鱗のある者は誰一人現れなかった。高名な魔法家から嫁を貰っても、婿を取っても。しかしそれは向こうにとっても同じでしょう、由緒正しき魔法家だと思ってたのに、と。」
「で、お前の存在が重要になってくる訳だ。」
「そういうことです。うちはインチキですが、稀に本物の魔法使いが出た。僕にそういう能力はありませんが、まほうのまの字くらいは解るので、逆に魔法の名家だなんてとても言えない。そんなインチキな人生なんてまっぴらごめんだった。だったら国の為に戦って死んだ方がいい。」
「そういうことだったのか、ありがとな……。」
リアがユースを見ると、彼は照れたように頭を掻いた。
「違いますって!僕は好きにしてるだけです!」
「ふふん、まあそういうことにしておこう。……な、余計な詮索だけど、お前の家はどうやって生計を立ててるんだ?曾祖母の時代から随分時が経っているだろう?」
「恐ろしいことに、曾祖母の強力な信者だった家から巻き上げているんですよ。それから、曾祖母は護符が得意だった。ただ書き付けただけなのか念を入れた物なのか分かりませんが、それを超高額で売り付けてます。で、それももうそろそろ残り少ない。だから、曾祖母の書いた護符と似たような物を製作し販売している。効力なんて勿論ありません。」
「ひ――!不毛だな!」
「不毛以外の何物でもありません。」
「当然……それは取り締まれないんだろうな?」
「まず無理でしょうね。偽護符を渡して、効果があったという者も多少はいるでしょうから。」
「だよなあ……。」
リアはソファに深く沈み込み溜息をついた。
「つまり、私が高名な魔法家に頼みに行っても、全くの無駄だってことだな?」
「そういうことです。僕に何か伝手があったらいいんでしょうけど、故郷を飛び出したのは遥か昔ですし、特にそういうのを嫌ってましたから。」
「うん……悪かったな、嫌な話を思い出させて。」
「いいんですよ。…………そうだな、試しに魔法街へ行ってみるのもいいかもしれないなあ。」
「どういうことだ?」
「いや、よくはないかな。……えっとですね、そんなの憑けて歩いていたら、ひょっとしたら本物の方が寄って来るかもしれないなと思って。でもいい人ばかりじゃないから、利用される可能性もあるなと。」
「へえ!面白いな!」
「リア様なら大丈夫か。だけど問題は……。」
「問題は?」
「時間がない。」
「そうだった。」
二人は顔を見合わせて笑った。
「エクリスタからのレスカだもんなあ、準備が大変だ。」
「大変なのは侍女だがな。それにしても、出立前にここへ来られたのは本当に良かった!お前も忙しいのにありがとな。」
「何の役にも立ててないですけどね。」
「いやいや、全然違う!私にとってもフローラにとっても。フローラ、ユースに何か聞いておきたいことあるか?」
…………ないと思う。色々教えてくれてありがとうって。
「ないって。色々教えてくれてありがとうって。」
「そうか!君もちゃんとどこかへ還れるといいな。」
……うん。俺……こいつ好き。
「うん、俺、こいつ好き。……ほんっとにお前は惚れっぽいな!な、ユース、こいつは物凄い男好きなんだ。やっぱり女だと思わないか?」
「何とも言えませんね、私は男にも好かれやすいので。」
「そうだった、そうだった…………。」
頭を抱えるリアを尻目に、ユースは身を乗り出してリアの後ろを眺め回した。
「うーん…………こうやって改めて見ると、フローラは他の霊とはちょっと違うような気がしますね。」
「どう違うんだ?」
「どう違うのかな……。」
ユースは席を立ってリアの隣に座ると、リアの後頭部から肩にかけての辺りをまじまじと見た。
「ああ、分かった。他の霊は、完全に取り憑いているって感じがするんですね。でもフローラは、取り憑いているっていうより溶け込んでいるっていうような。」
「私の中に入っているのか?」
「ほんのごく一部が。この一部が気になるな、どうなってるんだろう?リア様はフローラが憑いてから、何か欠落したものはないですか?出来ていたことが全然出来なくなったとか、ある記憶だけが全くないとか。」
「さあ、特に感じたことはないけど?増えたことならあるよ。フローラが教えてくれて弓が上達した。」
「それでもかなり練習しましたよね?そういう訓練に基づいたものは怪異現象じゃない。」
「そうか。」
「あまり気にすることではないのかもしれません。フローラ、気楽に取り憑いてなさい、真剣に悩んでもどうにもならないこともある。」
……ありがとう。ずっとリアといる。
「ありがとう、ずっとリアといる。ユース、こいつにそんなに気を遣わなくていい、言われなくてもこいつは物凄く気楽だ。」
「そのようですね。」
……ユースもペイジ頑張ってね。
「ユースもペイジ頑張ってね。」
「これは、これは!!どうもありがとう!!」
ユースはリアの頭をくしゃくしゃと撫でた。
……わーい!リア、ユースにキスして!
「は?何で私が!?」
……俺が好きなんだもん、早くして!
「えー、それはお前の勝手だろ!?」
……違うよ、ユースは俺をなでなでしてくれたもん。
「それでいいじゃないか!」
……返さないと!!
「返しすぎだ!」
「あの、何か揉めてるんですか?」
ユースがぽかんとしてリアを見ていた。
「あ――?えーっと……こいつがお前のことが好きだからキスしろと。」
「お安い御用だ。」
「そんなに甘やかすんじゃない!!」
……もう二度と会えないかもしれないじゃないか!
「もう二度と会えない?そんな簡単に大将が死んでたまるか!」
……違う!俺が成仏しちゃったら!
「いいことじゃないか!」
「ちょ、ちょっと、揉めないで下さい!!そんなに揉めることですか?フローラは僕を気に入ってるんでしょう?」
「かなりね、認識されているのが嬉しいみたいだ。」
「じゃ、いいじゃないですか。フローラ、君にキスするよ。」
……うん!
ユースは顔を寄せ、リアの頬にキスした。
……わーい!!
「フローラは何か言ってます?」
「わーいって喜んでるよ。」
「そう。君の元の姿が見えるといいのにねえ。」
そう言いながら、ユースはリアの髪を優しく撫でた。
「何かお前ら……。」
「はい。」
「気が合うね……。」
「そのようですね。霊に好かれたのは初めてですが、嬉しいもんですね。」
「つくづく……大将なんかやってる奴も一筋縄ではいかないなあ……。」
リアはガクッと頭を垂れた。
「私、もう行くわ。余計な注文が増えそうだ。ペイジよろしくな。」
「はい、リア様もお気をつけて。……リア様を利用している者がいると聞きました。」
「大丈夫だよ。お前も、次会う時はペイジだなんてことがないように頑張れよ。」
「心して。」
ユースはリアの手を取り、その甲にキスした。
「さてと……ダンスの練習に行かなくちゃ。」
「リア様得意じゃないですか。」
「男役はな。随分女役をやってないし、そもそもドレスを着ていない。」
「リア様、どこでその暴言を吐いているんですか!?ここは僕ん家ですよ!?」
「――――$”%!!」
「――――&#(!!」
「――――=’$!!」
「駄目だ!!これ以上隊長の時間を奪うんじゃない!!」
「僕ならそんな――。」
「いい、いい!!もうこいつ本当に男好きで!!じゃあな、ユース!!フローラ、行くぞ!!」
リアは足音高く、ユースの部屋を去って行った。
ユースは呆気に取られて彼女(達?)を見送り、笑った。笑いは次第に止まらなくなり、ソファに突っ伏して笑い続けた。
……本当に、人生って何があるか分からないな……!!あれだけ人を振り回して来たリア王女が、霊に取り憑かれてお悩みだとは!!人生って面白いな……フローラの分まで生きなくちゃな…………。ううっ……眠!!リア様はこれからダンス!?慣れもあるだろうけど、どれだけタフなんだ…………?僕は寝るぞ……誰かが……起こしに…………来るだろう………………。




