アイーシャ邸会議
「言わずともご理解頂いていると思うが、一応言っておく。これから行う会議は極秘だ。他言無用に願いたい。」
ダンガラールは、長方形のテーブルに腰掛ける一同をぐるりと見回した。ダンガラールの隣にはリア、そのサイドにはアウヴィッシュ、ジェマーソンと並び、ダンガラール側にはローウェン、ピズロと腰掛けていた。
彼等は無言で頷いた。そもそもこの会議の存在自体極秘だ。アイーシャ邸を囲む警備にも、きつく箝口令が敷かれていた。
「順を追って確認していく。アウヴィッシュ。」
ダンガラールはアウヴィッシュ・フレデリック軍務大臣に視線を遣った。
「はい。」
アウヴィッシュは書面に目を落とし、顔を上げると鋭い眼光を向けた。
「エクリスタ駐屯地から急使があったのは二日前です。レスカ国からエクリスタへ使いが来て、セイントレア国がレスカ国に宣戦布告をしたのは真実か、との問い合わせでした。」
「うむ。レスカからの最短の着岸地ではあるが、わざわざ軍へ使者を送ったのは我々の真偽を確かめている。それが真実だったら使者の命は亡かったろうに。レスカの、我が国への信頼に感謝する。」
ダンガラールは深く息をついた。
「セイントレアからレスカ国へ送られたという使者について説明致します。その偽使者はレスカ城には入らず、城門で手紙を渡したとのことです。身なりも身のこなしも立派で、見た目だけならセイントレア国からの使者で通ったと。」
「怪しいな。」
ローウェン・キーアパル宰相は呟いた。
「かなり怪しいです。内容が内容だけに、誰とも謁見せずに手紙を渡すだけで帰るとは。そんなこともあって、レスカ国も真偽を疑ってくれたのでしょう。手紙の内容を端的に申し上げます。「我が国セイントレアは、長年にわたりレスカ国を支援し多額の寄付を行って来た。相互の関係をより一層強固にする為に、教育学、傭兵学を共有したい。応じなければ武力を行使する。」」
「サインは?」
リアは尋ねた。
「陛下の筆跡に非常によく似たものです。しかし、あちらにも陛下の署名入りの文書が沢山送られておりますので偽物だと鑑定されました。」
「そう。それにしても不思議だな、対象が教育と傭兵に絞られているのが。政治や経済には触れていないんだな?」
「はい。」
「芸術や建築、農業に関しては?」
「特に。それらも広義の意味では教育でありますが、寧ろ学校制度を指しているような印象があります。」
「うーむ……。その偽使者の行方は?」
「分かりません。レスカのウバーハ港から入出港したということ以外は。」
「エクリスタ駐屯地から何か回答がありましたか?」
ジェマーソンは隣の父親を伺った。
「いや。エクリスタ駐屯地からの伝令を帰したのは昨日だから、まだ時間が掛かる。全ての港を虱潰しに調査しろと指示しておいたが。」
セイントレアの港は少ない。東側は海に面しているが、その殆どは崖になっているからだ。セイントレア南東部に位置するエクリスタ軍港が最も大きく、漁港もその周辺に集中している。しかしその規模は小さく、海外へ渡るとなるとエクリスタ港以外は考え難かった。
「エクリスタ港からの入出はない、それは間違いないだろう。自分の庭で見慣れない船がいたら、軍が気付かない訳がない。」
「問題は誰が送ったか、ですね。」
ピズロの言葉に、皆は深く溜息をついた。
「リア様、あなたにお伝えしなければならないことがあります。」
ローウェンは苦渋の表情でリアを見た。
「何?」
「実は……。」
「いや、いい。私が話そう。」
ダンガラールはローウェンを遮った。
「リア。」
「一体どうしたのですか?」
「リア、落ち着いて聞け。疑われているのはお前だ。」
「は……?」
「お前が弓道術を落してリード校を卒業出来なかったから、レスカの教育体制、特に傭兵学を恨んでいるのではないかと疑う輩がいるのだよ。」
「は――――っ!?」
リアはそっくり返った。
「な、な、なっ……!!」
「よい、分かっておる!お前はつい先日まで前線にいた!それどころじゃない!」
「だったらどうして!!」
「それでも何か言うてくる者は必ずおるのだ。王女はキューダンにいたのだから、同じ南部の港に足を運ぶのは訳ないと。」
「東と西では随分離れてますよ!?」
「分かっておると言うとるじゃろうが!」
「う……腹立つ。どの辺が言うとるんですか?」
「……バクナストーン伯爵。」
「叩き斬ってやる!!」
「落ち着け、リア!!」
ダンガラールは立ち上がったリアを宥めた。
「うう……父上、あの家いつか潰しますので。」
「好きにしろ。」
「あの家おかしいですよ。私を嫁にくれと強烈アタックしてくるくせにこの仕打ち?」
「やれるものならやってみろ。しかし組織が大き過ぎて難しいぞ。調べれば調べる程巨大な一族だ。」
「リア様、協力します!!」
「私だって!!」
ジェマーソンとピズロは勢い込んだ。
「よい、よい、若者よ、熱くなるな、頭を冷やせ。問題は、このようなことが起こったら誰が得をするかを考えろ。」
ダンガラールに窘められて、三人は黙った。
「陛下の仰るとおりだ。ピズロ、お前はどう思う?」
ローウェンが隣の息子に目を遣ると、ピズロは溜息をついて考え込んだ。
「そうですね……。バクナストーン伯爵は、リア様を嫁に迎えたかった。しかしリア様を貶めるような発言をしている。その意図とは……?」
「今のリア様を嫁に迎えるのはまず無理でしょう。しかし、リア様に悪評が流れたら?何となく知れている皇太子の件もうやむやになりそうですし、人気が落ちて失脚したところで再び婚姻話を持ち出すのでは?」
ピズロの問いを受けるようにジェマーソンが答えた。
「可能性はあるな。あの一族が欲しているのは高貴な血だ。子宝には恵まれているが、なかなか良縁が組めない。……父上、バクナストーン伯爵自身が、王家に取って代わりたいという可能性はあるでしょうか?」
「ない、と言ってよいだろう。取り巻きは大勢いるが、王家に歯向かってでも、という者はいないと考える。あの一家の血筋的に、そこまで忠誠を尽くす者はないだろう。」
「あの、よろしいですか?」
ジェマーソンが遠慮がちに声を掛けた。
「何だ?」
「気になっていることがあるのです。しかしこれは、陛下にとって非常に失礼な発言になり兼ねないですが……。」
「構わぬ、話せ。そういったしがらみを越えて、国力となると信じてお前達二人はここにいる。若い意見が聞きたい、忌憚なく話せ。」
ダンガラールの言葉に頷き、ジェマーソンは口を開いた。
「陛下、ありがとうございます。今回のことで、リア様を疑う声が上がっています。それから最近、シャウル様が誘拐されそうになりました。リア様とシャウル様が失脚、あるいは行方不明等になったら、注目を浴びるのは他の王子王女なのではないですか?」
「その可能性を我々も考え始めた。」
ローウェンが答えた。
「今までは陛下の寵姫、或いは実子をお疑いするなど、余りにも無礼だと考えられて来た。王宮の暗黙の掟だ。しかしこうも異変が重なると、全てを疑って掛からねばなるまい。今後は諜報を配置することが極秘で決定した。只、彼等にとっても見慣れない者がいきなり周辺に多いと疑われる可能性がある。怪しまれないようにさりげなく忍ばせるには少し時間が掛かる。」
「そのことを知っている者はごく少数なのですね?」
「これを知る者が裏切っていたら我々はかなり不利になる。本当に数名だ。」
「分かりました。」
「父上、聞きたいのですが、私の兄弟達は皆、次の国王になりたがっているのですか?」
リアがダンガラールに尋ねると、彼はうーん、と首を捻った。
「どうだったかなあ。母親の方は割りと言っていたような気がするが。」
「ちゃんと聞いておいてくださいよ!」
「その話はもうお前に決定だから、あまり頭に入ってこないのだ。」
「しっかりしてくださいよ!…………レスカに、本気で戦争を挑む者がおりますかね?」
「ないな。全世界を敵に回すことになる。」
「ですよね。」
レスカ国はセイントレアの南東に位置する小さな島国だ。しかし、最も古い時代に興った文化発祥の地として考えられ、現在の文化水準は計り知れない。全ての分野において常に時代の最先端をゆき、その知識、技術を学ぶ為に世界中から優秀な人材が集まる。そしてその技術支援の為に、多くの国から莫大な寄付が寄せられていた。
軍も例外ではない。レスカ国に軍は存在する。しかしそれは、国土を守る為の集団などではなく、寧ろ大掛かりな建築事業、或いは高度な戦術のシュミレーションなど、その仕事は多岐に渡る。実際このレスカ国相手に戦争を起こしたらどうなるか。恐らく、様々な文化をもたらしてくれるこの国の為に、多くの国が軍を派遣するであろう。事実その契約を結んでいる国も多かったし、セイントレア国も例外ではなかった。
「うーむ……教育に傭兵学……。腹が立つけど私に目が向けられるようになっているのか……?」
リアは考え込んだ。
「いっそのこと、もう一度リード校へ入り直すか?今ならまだ編入でいけるけど?弓はかなり上達したんだ、得意と言ってもいい。」
「駄目だ!!」
「駄目です!!」
ジェマーソン以外の全員が、声を上げた。
「え、駄目なんですか?今のリア様でしたら本当にトップで単位取れますよ?」
「お前は何を言うちょる!?」
ジェマーソンはアウヴィッシュに頭を小突かれた。
「そういう問題じゃない!リア様に今、一年も国を抜けられたら大変なことになる!」
「その通りだ。二年という約束だったのだからな。一単位の為に一年も時を無駄にされてたまるか!」
「一応言ってみただけですよ。私が正規に単位を取ったらこの疑いは晴れるかな、と……あ!!」
リアは目を見開いた。
「どうした?」
「いるじゃないですか!私以外に、教育学を何とかしたい輩が!!」
「そうなんですよ!!」
アウヴィッシュが頭を抱えながら呟いた。
「アーネスタント……。」
レスカ国の教育への門戸は開かれている。人種や身分、貧富の差を問わず、勉学への情熱と才能があれば、質の高い教育を受けることが出来た。逆に言うと、それらを笠に着ると手酷い目に合った。
五十年程前、アーネスタントから一人の学生が留学した。どこぞの侯爵の子息だったが、彼は身分をひけらかして同じ学生を顎で使い、教授を買収して単位を取るように仕向け、応じないとなるとならず者を雇って教授を脅迫した。それらが明るみに出るとレスカ政府は怒り、アーネスタントからレスカへの留学を向こう七十年間出入り禁止とした。出禁となったのは学校だけだったが、学校教育、からの現地就職による技術の習得というパターンが多かった為、レスカ国にいるアーネスタント人は他国に比べて圧倒的に少ない。アーネスタント国は恥じ入って謝罪したが、今後の学生の留学は認められなかった。それでも目指すニ十年後の為に、アーネスタント国からレスカ国への寄付は滞りない筈だ。
「もう、レスカからアーネスタントへの使者が渡ってしまった……。」
アウヴィッシュは暗い表情で顔を上げた。
「ハドグは頑張った。あの手この手を使って、何とか使者をレスカに帰らせないようにと手を尽くした。しかし、エクリスタに派遣された使者とは別の者がもう、アーネスタントに向かっていると……。」
「うーむ…………。」
部屋中に気まずい溜息が充満した。
「まずい、まずいぞ……。レスカからアーネスタントに送られた使者は、何の目的で……?」
恐る恐るリアが尋ねると、アウヴィッシュは絶望的な目を向けた。
「一応、レスカからアーネスタントへの問い合わせだそうです。国から使者を送ってはいないか、最近レスカへ向けて出国した者達はどういった目的で行ったのか。しかしそれだけでは終わらないでしょう。慌しい軍の動きはないか、セイントレアとの戦争の気配はないか、など色々探るでしょうね。」
「うっ……!来るかもしれないな……アーネスタントが。」
「はい…………。」
アウヴィッシュは沈鬱な表情で頷いた。
「アーネスタントから問い合わせがあるかもしれません。うちがアーネスタントに対して、不利になる発言をレスカにしていないか、と。……軍を連れて。」
「だよね……。本当にアーネスタントが当国を陥れる為に罠を張っている可能性は?レスカに奔走している隙に、ペイジを落すという。」
「ない、と思いますよ。そもそも、リア様がリード校へ留学していた事実は殆ど知られておりません。レスカでも王宮と学校の一部が知っていたくらいで、そういったことが公になるのをレスカは嫌うのでしょう?」
「確かに。アーネスタントには私の動向など分からないだろうな。我々が、タスカ王子にどういった経歴があるのか分からないように。そうなるとアーネスタントが裏で手を引いている可能性は低いな……。」
席に着く者の頭の中は激しく回転していた。何かうまい方法はないかと皆必死だった。
アウヴィッシュは続けた。
「エクリスタかペイジ、アーネスタントが入国出来るルートはこの二つしかありません。エクリスタ近辺の漁港も含めて。」
「うん、私は……。」
「リア、お前はレスカへ渡れ。」
ダンガラールが命じた。
「ああ……その方がいいですね。」
「単位を取らせる為に行かせるのではないぞ。王女として行け。」
「分かってますって。今回の騒動を謝罪して誤解を解き、如何にレスカ国が偉大であるかを褒め称え、エクリスタ産の最高級のワインを沢山お土産にして、寄付金の額はもっと上げた方が良いのではないかとお伺いし、美しいドレスを着て一緒にダンスして、ちょっと疲れたらあの涙が出る程おいしいバナナプリンを頬張り、パティシエの腕前を賛美し、それから――。」
「もういい。リア、どこから狂った。」
「すみません、バナナプリンからです。バナナプリンを思い描きながら、マンゴータルトも捨て難いと邪念が働きました。」
「話を戻すぞ。リア、レスカへ渡る前にエクリスタへ行け。」
「必然的にそうなるでしょうね。」
「現在の状況をエクリスタの大将、ハドグに綿密に説明する必要がある。何かおかしいと判断したら早急に中央へ応援要請を出せ、或いはペイジが危なかったら、そちらから人員を割く可能性があると。こちらもこの程度しか分からない状況だが、エクリスタの方が混乱しているだろう。中央と地方の連携が、命運を分ける鍵となる。」
「はい。」
エクリスタ駐屯地はただの駐屯地ではない。陸軍であり、セイントレア国唯一の海軍でもあり、セインティア中央軍と並ぶもう一つの軍であった。
兵士になりたい者は、各駐屯地が応募する採用で決まる。しかし、軍人になりたい者はセインティア軍かエクリスタ軍の研修訓練を経ることになる。現在スタルナ基地司令のナッカルなどは、セインティアを訪れることなくエクリスタでの教育、実地訓練、闘争制圧を経て、現在の任務を任されている。
エクリスタ軍のトップは叩き上げだった。ハドグ・ドアンゴ大将は、前任者の推薦と部下達の支持を受け、今の地位にいる。エクリスタの最高責任者となる時、流石に中央との面識が皆無なのもよろしくないだろうとのことで、一、二年はセインティア軍に所属していた筈だ。
「行くのは私だけですか?私がレスカへ渡った後、話が出来る者がいた方が良いように思うのですが。」
ダンガラールは頷いた。
「その通り。アウヴィッシュ、たたき台は作ったか?」
「はい。」
アウヴィッシュは書面に目を走らせた。
「三軍の大将、ユース・シャニットを行かせようかと思います。割くのは一旅団のみ。エクリスタは軍ですからね、そんなに人員はいらないでしょう。旅団も全てをエクリスタに投入するのではなく、途中途中の要塞に配備する予定です。エクリスタに何かあった時、セインティアまでの中継も重要になってくる。キーアパル宰相とも話し合ったのですが、軍が絡む話だと官僚よりも軍人を行かせた方が齟齬が生じないと判断いたしました。」
「ユース・シャニットか。何だか常に違う女と踊っているイメージがあるが。あいつで大丈夫なのか?」
「大丈夫だと信じてこの案を出しています。女と踊っているだけなら中央軍の大将にはなれません。」
「略歴を。」
「少し変わった経歴の持ち主です。彼は魔法街の名家の出身です。」
「ああ!あの時のあいつか!?まるで別人じゃないか!」
「別人だと思われていたのですか?」
「うむ、あの時の少年は怯えた子犬のような目をしていた。息子を返せだの帰らないだの大騒ぎだったような。女をとっかえひっかえ踊っている今の彼とは一致しない。」
「我々は一致してますよ。ちゃらけてるように見えますが、単に寂しがり屋なだけです。どうだ?」
アウヴィッシュはジェマーソンに目を遣った。
「いいと思いますよ。見た目はあんな感じですが、彼は女も男も関係なく人を大事にします。血統しか眼中にない生家が本当に嫌だったのでしょうね。それに……ハドグにとっても良い人事だと思います。彼を豪傑のように思う者も多いのですが実は、妙に権威や貴族に対して意識する傾向があるようなのです。」
「あの筋骨隆々の大男が?」
ローウェンが驚いて尋ねた。
「そうなんですよ!多くの人に認められて今の地位にいるというのに、自分が平民の出だということを卑下しているようなのです。ユースはいいですよ、名家の出身ですが同じ庶民ですし、彼自身頓着しない性質なのでハドグとも気が合うのでは?」
「そうか。お前達がそう言うのであらば、私はそれを信用するまでだ。ここはユースに――。」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って――!!」
ダンガラールが頷き掛けた時、リアは大きく手を振った。
「何だ?」
ダンガラールは訝し気な目をリアに向けた。
「ごめん、ごめん、殆ど決まってたのに皆ほんっとにごめん!!」
「リア様、今の案では納得いかないのですね?」
アウヴィッシュは身を乗り出して、リアの動向を伺った。
面倒臭い王女だと思ったことは数知れない。ほぼ決まり掛かった案を直前で覆す、今に始まったことではない。只それが概ね功を成しているので、次第に彼女の提案に興味を持つようになり、今では重要な意見の一つだと考えている。この王女の良いところは、己の権力を誇示したいという欲求は一切なく、本当に国のことだけを考えていることだ。幼い頃に、アリの踏み潰しゲームに一心不乱になっていた彼女からは想像もつかないが。
「今、ペイジには誰が行っている?」
「え?」
思い掛けない質問にアウヴィッシュは考えを巡らし、どうだ?と隣のジェマーソンに問い掛けた。
「ゼムビスト軍のデルクを行かせております。割いたのは同じく一旅団。それと、生物と植物の研究者を三名同行させております。」
「戦況は?」
「一触即発の状況です。研究者達も研究どころではないようで、ケールからも毎日のように手紙が届きます。誰か、アーネスタントと話が出来る者を寄こして欲しいと。」
「うう……私が行きたいところだが。アーネスタントと話し合いが出来るような状況なのか?」
「残念ながらそういう訳ではありません。只ランウェルの救いは、どうやらアーネスタントも戦いを起こしたくないらしいというところです。いざこざは漁師、農家の民間で起こっております。取り締まっても取り締まっても抜け穴がある。いっそのことアーネスタントと一時協定を結んで、大々的な国境立ち入りへの検問や、一時的なランウェル橋の封鎖など、これ以上地元民が熱くならない為の措置を取れればいいのに、とケールは言ってます。しかし、彼にはその権限が無い。国境の問題を、国境に配備された司令というだけで、勝手に進めていい問題ではないと彼は危惧しております。いつアーネスタントから協議の申入れがあってもいいように、話の分かる、国の代表として発言してもおかしくない立場の者を寄こしてほしいと。」
「何故早く行ってやらないんだ?デルクでも立場は弱いだろう?彼もいい仕事をするが、今必要なのは高い役職を持っている者だ。」
「昨日にでもピズロ君が発つ予定だったのですよ、ユースと共に。しかし、急にレスカ国宣戦布告問題が持ち上がってしまった。」
「そうだったのか……。」
リアは腕を組んで考え込んだ。
「アウヴィッシュ大臣、いっそのことケールの位を上げるのは不可能か?それこそ、国の代表として話をしてもおかしくないくらい。元々私の切り札としてペイジに遣ったんだ。あいつ程ランウェル問題を解っていて、真の平和を望む兵士はいない。」
「もうとっくに上げております。今は准将です。しかし、これ以上の昇進は無理です、余計な混乱を招き兼ねません。」
「どうしても無理?」
「今回の昇進で、ケールの上だった者がかなりケールの下になりました。中央軍はケールのことをよく知っておりますが、その分戸惑いはある筈です。」
「それに、中央軍のように大きな集団だと残念な少数意見も必ず出てきます。魚と水草を調べて出世するなんていい身分だな、と。」
ジェマーソンが追随した。
「派遣された土地のことを調べるのも立派な仕事だと思うけどな。」
「大抵の者はそう思ってますよ。只、腕っぷしだけを頼りにしている者などには面白くないのかもしれません。」
「リア様、私としてもケールの位はもっと上げて、更に活躍して欲しいと思っております。しかし今はここが限界です。」
「そうだな……。ユースにはどれだけ付けるつもりだったんだ?」
「ユース三軍から一師団の予定でした。」
「そう……。」
リアは尚も考え込んだ。
「あの、リア様。」
アウヴィッシュが声を掛けた。
「何?」
「計画ではユース軍はペイジに行かせる予定でした。しかし状況が変わり、エクリスタに投入した方が良いのでは、と急に予定の変更を考えざるを得ない状況となりました。リア様はどうお考えで?」
「うん……。」
リアは見えない蝶を追っているかのように、宙を見つめた。
「ペイジにはユースが必要かもしれない。」
「その根拠は?」
「何となく……勘。」
「勘ですか。」
「うん。強いて言うなれば、あのエリア自体不可解だろう?」
「ハジャとパリアグラスですか?」
「そう。よく分からん問題は、殆ど勘だけで生きている奴に任せた方が、案外上手くいくのではないかと。」
「ユースが聞いたら全否定しますよ。」
ジェマーソンが笑った。
「まあね。因みにケールに死角はない。誰が来ようと上手く転がす。」
「ずっとリア様付きでしたからね。」
「どういうこと!?」
「まあまあ、いいじゃないですか。」
「なるほど、そういうことでしたか。私としても、何が何でもユースをエクリスタに、という強い根拠はありません。リア様がそう仰るのであればそれで構いません。」
「一師団ではきついかもしれないな。一軍……を割かれるとセインティアがきついか。せめて二師団付けたら?途中の要塞に配備する人員も含めて。ペイジはエクリスタと違って一要塞に過ぎない。その代わり、デルク団は中央に戻ればいい。」
「分かりました、兵糧も考えながらそれで検討しましょう。」
「リア様、ピズロの進退はどうお考えです?」
ローウェンが尋ねた。
「ペイジへ同行させるつもりでしたが、無理に中央から離さないない方がよいのでは、という声が有力になっています。」
「それでいいんじゃないか?動ける官僚が出払ってしまうと、いざという時困るかもしれない。」
「分かりました。」
「ピズロはそれでいいのか?軍の上層部が大分外へ出るから、その代替としてお前もいつどこへ出動命令が出るか分からない。ある意味一番不安定な立場になると思うが。」
「全く問題ないです。ペイジでもレスカでもどこでも行きますよ。」
「だったらいいけど。」
「で?」
ダンガラールはリアに目を遣った。
「結局振り出しに戻った訳だ。で、エクリスタをどうするんだ?」
「そうですね。ジェマーソン、ゼム軍は今どうなっている?」
「一番バラけていますね。デルク団が戻って来ても、三分の一くらいはスタルナとキューダンに行っている。ダインも向こうですし。」
「だよな。ゼム軍を動かすのは良くないな。お前行ったら?」
「私が!?」
「総帥が行ったって別に問題はないだろう?エクリスタに必要なのも、戦いよりも交渉が出来る奴だ。いつアーネスタントやレスカが来てもおかしくないのだろう?お前の守りに対する勘だけは、ある意味ユースに匹敵するくらい強い。今発揮すべきなのは、安泰なセインティアよりもエクリスタなのでは?」
「や、リア様、いいと思いますよ。私としてもつい、一軍はセインティアから離れるべきではない、という固定観念に囚われておりました。倅が行ってもおかしくはない。まさかお前、外交が出来ないとでも言うんじゃないだろうな?」
アウヴィッシュに睨まれて、ジェマーソンは慌てて手を振った。
「そんな訳ないじゃないですか!」
「そうだよ、たまには一軍も外へ出した方がいいよ、本来の仕事は戦うことなんだから。ずっと中央詰めじゃ士気が下がる。」
「確かに。そうなると、中央軍に残る大将はゼムビストになるのですね。」
「ゼムビストではよくないのか?」
アウヴィッシュが尋ねると、ジェマーソンは笑顔で答えた。
「いえ、全く問題ありません。考えれば考える程いい。」
「あ、分かる。」
「ですよね?ゼムビストは私がいると何でもかんでも押し付けてくる。いい機会だ、煩雑な事務作業に追われるがいい。」
「苦手なのか?」
「得意です。私やリア様がいると丸投げですが、誰もいないと完璧です。ゼロか百かってとこですね。」
「では、ゼムビストがセインティアに残ることで問題はないのだな?」
「はい。ピズロ君、忙しいでしょうが、たまにゼムビストの様子を見に行って貰えますか?」
「絶対に嫌だ、そんな面倒くさい奴。」
「…………。」
「しかし横の繋がりは大事だ。事務作業には決して手を出さないが、話は聞きに行くよ。」
「お願いします。」
「ね……。」
リアはジェマーソンを見やった。
「私はハドグに会ったことがないのだけど、権威に委縮する傾向があるんだろ?お前が行って大丈夫なのか?今更だけど。」
「大丈夫だと思いますよ。実は、私達は既知なのです。」
「そうなの!?」
「はい。ハドグがセインティア軍に所属している間、何度も手合わせしました。」
「どっちが強いんだ?」
「私の全敗です。まだ十三、四でしたから。」
「へえ!相当強いんだな。十三、四のお前も凄く強かったと思うけど。一度も勝てなかったような。」
「リア様はもっともっとお小さかったじゃないですか。折角の機会だ、是非とも手合わせしよう。それより……。」
「それより?」
「権威と言えば、リア様の方が心配です。」
「私?何故?ああそういえば。」
「そういえばって……!」
「リア、権威だとか権威じゃないとかに手こずってるんじゃないぞ。お前は早急にハドグとの意思疎通を図り、レスカへ渡らねばならないのだからな。」
「分かってますって。そんなことに手こずってるんじゃ先へ進めない。」
「ならば、よい。軍の振分けはそんなところか。一刻も早く体制を整えろ。他には?」
ダンガラールは一同を見渡した。
「はい。」
ローウェンが手を挙げた。
「陛下、皇太子の話を。」
「そうだった、そうだった。」
「皇太子?」
首を捻ったリアに、ローウェンが答えた。
「リア様、あなたがレスカから戻り次第、正式な皇太子の即位式を行いたいと思います。」
「急だな。こんなにばたばたしている時期にやる必要があるのか?」
「こんなにばたばたしている時期だからです。私としてはリア様がレスカへお渡りになる前にやりたいくらいです。とにかく早く、あなた様に正式に皇太子の座に就いていただきたい。それだけで王宮は安定しますし、良からぬことを考えている輩がいたとしても諦めのムードが高まるでしょう。リア様をお守りする為に、という大義名分の上で、警備的にやれることがかなり増えるのです。リア様もそのおつもりで。」
「まあ、分かったよ。帰ってくる頃にはペイジが何とか治まっていればいいのだがな。」
「我々もそう願っております。あなた様がすぐにペイジに出立することのないように。」
「うん。」
「陛下、私からは以上です。」
「うむ。では皆、迅速に対応を。それぞれに良い成果が得られるよう、神々からの加護を祈っておる。では……解散!」
「はい!」
ダンガラールの掛声と共に、長い密談は終了した。
★★★
「アイーシャ、長い時間ここを使わせてくれてありがとう。」
リアは、見送りに出たアイーシャに礼を言った。
「とんでもございませんわ!リア様こそお疲れさまでございました。」
「ね、フローラはいるかな?お礼が言いたいんだ。」
「まあ!フローラはびっくりしますわね、呼んで参りますわ。」
間もなくすると、小柄な若い女中がやって来た。
「こちらがフローラですよ。」
フローラはリアを認めると、目を見開いて棒立ちになった。
「やあ、先日はシャウルを助けてくれてありがとう。」
「そんな……!!私は何も……!!」
「ああ、本当に見かけによらず声が大きいんだな。それによく通る。あなたが大騒ぎしてくれたからシャウルは助かったんだ。」
「お恥ずかしい……!!」
「そんなことない、本当にありがとう。あなたに何かお礼がしたいのだけど、事情がよく分からなくて用意がないんだ。ああ、そうだ、これをあげよう。」
リアは鳥を模った銀のブローチを外し、フローラの胸に留めた。
「うん、よく似合う。きちんと包んだ物じゃなくてごめんね。でも物はいい筈だから。」
「姫様……!!」
驚きの余り腰が砕けたフローラをリアは支えた。
「フローラ、これからもシャウルとアイーシャをよろしくね。今まで通り、よく仕えてくれ。」
「はい、ありがとうございます……!!是非とも……誓って……!!」
フローラは真っ赤になった顔を抑え、涙ぐんだ。




