フローラ
「うわあ~~~!!」
シャウルは目を見開いて、声にならない歓声を上げた。
「速いっ!!」
「もっと速くする?」
「うん!!」
シャウルがそう言った途端、ジュダのスピードはもう一段階上がった。
ジュダは風のように野を駆け山を駆ける。まるで空を飛んでいるかのようだ。見晴らしの良いリアのお気に入りの場所へ出ると、ジュダは緩やかに足を止めた。
「はあ~、面白かった!!」
シャウルはジュダから降ろされ、地面に寝そべると空を仰いだ。風に流されて、細い雲が青空の中を移動していく。
「リア、またジュダに乗せてくれる?」
「もちろん。」
リアもシャウルの隣りに横になった。そっと手を伸ばし、汗で貼り付いたシャウルの淡い薄茶色の髪を掻き上げた。
「シャウル、身体は大丈夫?苦しくない?」
「苦しくないよ。」
「だったらいいけど。苦しい時もある?」
「ちょっと。いつも夜なの、昼は大丈夫。」
「そうか、大変だな。」
「前のが大変、前よりいいの。」
「夜苦しくっても頑張れよ。」
「うん、咳いちゃうともっと駄目なの。なるべく静かにするの。」
「偉いな。」
リアはクシャクシャとシャウルの髪を撫でた。
★★★
「ただいまあ!!」
「お帰りなさい。」
元気いっぱいに帰って来たシャウルとリアを、アイーシャは明るく出迎えた。
「母様、ジュダ、速いの!凄いの!」
シャウルは興奮して、アイーシャのドレスの裾に纏わりついた。
「あら、良かったわねえ!リア様、ありがとうございます。この子はとても楽しかったようですわ。」
「私も楽しかったよ。シャウル、また一緒に早駆けしような!」
「する!リアとジュダとハヤ……する!!」
「よしよし。」
リアは笑顔のままドアを振り返り、それから少し厳しい表情になった。
「……表、凄い警備だな。」
「物々しくてすみません。」
アイーシャは笑顔を崩さず、シャウルを奥の部屋へと促した。
「いや、当然だろう。シャウルは何も覚えていない?」
「ええ。その場にいた者も何も分かりませんでした。ほんの一瞬のことでしたから。フローラが大騒ぎしてくれて本当に助かりましたわ。」
……!!!!!!!
……!?どうした!?
……いや、ごめん、後で話す。
………………?
「リア様、どうなさいました?」
「あ……何でもない。フローラがどうしたって?」
「たまたまハーブを摘みに庭へ出ていて、シャウルの一番近くにおりましたの。そうしたら、庭師のような男が急にシャウルを横抱きにして走り出したらしいのです。フローラが大声で叫んでくれたから、警備や本当の庭師が迅速に駆け付けられました。」
「そのエセ庭師は?」
「シャウルを手放してあっという間に逃げてしまいました。日除けの布で顔を覆っているのもありましたし、誰も心当たりのない者でした。」
「フローラに心から感謝だな。シャウルが無事なのは良かったけど酷く物騒な話だな。これからは二人で王宮へ来るんだろう?」
「日程を調整中です。この家が大好きで離れ難いのですが、流石にこれだけの警備が付くとご近所に迷惑ですわ。大人しく上がらせて頂きます。」
「その方がいいよ、父上はお喜びだろう。もういらしてる?」
「はい。フレデリック伯爵父子もいらしてますわ。キーアパル伯爵父子はまだ到着なさってません。」
「三人とも奥の部屋?」
「アウヴィッシュ様は奥にいらっしゃるのですが、ジェマーソン様は厳重な警戒が必要だとか仰って裏庭へ……。」
「何考えてるんだ、あいつは!!」
「私もそう申し上げたのですよ、警備は大勢おりますからどうぞ中へって。ですが、私が守らなくて誰が守るとか仰られて。」
「時々あいつの考えていることがまるで分からない。呼んで来る。」
「お願いいたしますわ。もう間もなくキーアパル伯爵達もいらっしゃる頃でしょう。」
★★★
……亡霊、どうした?
正面玄関を出て裏庭へ回りながら、リアは頭の中へ話し掛けた。
……ごめんね、驚かせて。
……わざとじゃないのは分かっている。何があった?
……うん…………。
……驚くような会話をしていた覚えはないが。ひょっとして、お前には犯人の心当たりがあるのか?
……え、犯人……?
……そんな流れだったと思うが。
……ああ!……違う、そうじゃないんだ。
……どうした?
……俺…………思い出した。
……思い出した?何を?
……俺のこと。
……えええええっ!?そうなのかっ!?お前は、何がどうして何なんだ!?
……違う、違う!!わかんない!!
……何なんだよっ!!
……俺が思い出したのは名前だ!!
……な……まえ…………?
……そう、それだけ。
……名前って!!
……俺の名はフローラ。俺は確かにそう呼ばれていた。




