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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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30/85

ジャガイモ

 昼間ジョンが言っていたように、夜の城下町はひっそりとしていた。幾つかの店から零れ出る灯りがちらほらあるだけで、殆どの店はしっかりと戸締りされ、道行く人もいない。飲み屋街の方はそうでもないのだろうが、ネイジーの町は静かな眠りに就いているように見えた。

 夜の街に、コン、ココン、と規則的な足音が響く。リアとリアに背負われたジョンの一人と半人分の足音は、ゆっくりと城から遠ざかっていた。




 ……ね、リア。色々落ち着いたら、あなたに会いに行ってよいかしら?前国王がそうしたように。


 エレノアの言葉に、リアは破顔した。


 ……もちろん!歓迎するよ!うちのご飯は本当に美味しいんだ、特にチョコレートのデザートが。一緒に食べよう。


 ……楽しみね。それまでに、あの人の頑固頭を何とかしておきますわ。


 ふう、とエレノアは溜息をつく。


 ……エレノア、あなたは幸せなの?


 リアが尋ねると、ええ、と彼女は頷いた。


 ……ジェナットと私は幼い頃からずっと一緒なのだけど、何故か私にだけは物凄く優しいのよ。


 ……へえ、意外だな。


 ……私にそんなに優しくしなくていいから、もう少し周りに優しくしてほしいと思うのだけど、うまいこといかないわね。


 困ったように笑うエレノアの様子に、リアも釣られて笑った。


 ……だったら良かった。あなたはとても愛されているんだね。


 ……そう思うわ。


 ……二人で遊びにおいでよ、沢山お喋りしよう。


 ……ありがとう。リア、気を付けてね。


 エレノアは背負っているジョンごとリアを抱きしめた。


 ……エレノア、待ってるよ。


 ……ええ!


 リアはエレノアに見送られながら、大きな城門を後にした。


 「…………様。」


 「………………。」


 「……リア様。」


 「ん、何?ごめん、考え事をしてた。」


 「いえ……。」


 「何だって?」


 「あの……。」


 ジョンは口籠った。


 「あのですね。リア様、一言いいですか?」


 「何だ?」


 ジョンは意を決したように口を開き、リアを叱責した。


 「駄目ですよ!あの場面では完全に見捨てないと!」


 「ああ?」


 エレノアとの会話を逡巡していたリアには、ジョンが何を言っているのか一瞬分からなかった。


 「ああ。……見捨てたらどうなってた?」


 「私なら何とかなりますよ。」


 「ならないね。その足でなければ大丈夫だろうが。」


 「そうじゃなくても!あなた、王女なんですよ!?一諜報のことなど考えてはなりません!!」


 「うわあ、口煩い家庭教師みたいだ。ちゃんと二人とも無事だったんだからいいじゃないか。」


 「もう……!!」


 「うぎゃ!?」


 「し、しまった……。」


 「重い!!」


 ジョンはリアに完全に覆い被さっていた。


 「どうしたんだ!?取り敢えず体勢を立て直すぞ。そこの石段に腰を下ろすからな。」


 リアはそろりそろりと歩を運び、資材置場らしき前の石段にジョンを下ろした。ジョンの隣に彼女も腰掛ける。


 「一体何だってんだよ!」


 リアの剣幕に、ジョンはしょぼんと肩を落とした。


 「すみません。……あなたのことが好きすぎて思わず抱きしめてしまったのですが、自分の足が利かないことをうっかり忘れていてこうなってしまいました。」


 「お前それでも本当に諜報なの!?え……?私が好き……?」


 「はい。あなたをとても愛しています。あなたの為なら自分の命なんてどうでもいい。」


 「ええっ!?何で?助けたから?」


 「それは勿論そうですけど、そうじゃなくても凄く好きです。」


 「そうか……。折角助かった命なんだから、どうでもいいとか言うなよ。」


 「はい。……リア様、あなたを抱きしめていいですか?」


 「え?……うん、いいよ。」


 ジョンが伸ばした腕に、リアは素直に身を寄せた。


 「リア様、命を助けて下さってありがとうございます。」


 ジョンは愛おしそうに、何度もリアの背を抱きしめた。


 「リア様、大好きです。いつか自分の命に変えても、あなたのお役に立ちます。」


 「や、そんなプレッシャーを掛けなくてもいいよ。」


 「私がそうしたいんです!……リア様、キスしていいですか?」


 「キ……?」


 聞き返した時には、リアの唇にはジョンの唇が当てられていた。ジョンはそっと唇を離す。


 「……ごめんなさい、もうしちゃいました。」


 「そうだな!」


 それでもジョンは、悪びれることもなく二度、三度とリアに口付ける。


 「幸せだなあ……!リア様独り占め。」


 嬉しそうにリアの頬に手を当てるジョンを、リアはまじまじと見た。


 「お前……本当に私が好きなんだな。」


 「そう言ってるじゃないですか。」


 「そうか。……あーあ!お前、諜報かあ!」


 「そうですが。それがどうかしましたか?」


 「うん……。」


 リアは迷うように俯いた。


 「実は……私には……密かな悩みがあって……。」


 「どうしたんですか?聞いてもよろしいですか?」


 「うん……。」


 リアは俯いたままジョンの肩に凭れ掛かった。


 「何ていうか……その……私は全然モテないんだ。」


 「はあ――!?」


 リアの答えに、ジョンは目を見開いた。


 「ははは!何をおっしゃるんですか!」


 「笑ったな!思い切って悩みを打ち明けたというのに!」


 「ごめんなさい、でもそれ、リア様の思い込みですよ!皆あなたのことが大好きです!」


 「好きなのとモテるのとは違うだろ?」


 「ええっ!?」


 「や、モテるにはモテるんだよ、女子に。それこそ親が出て来て収拾がつかないくらい。一応私は女なのにどうしろって言うんだよな?それから、ある種の男にもモテるよ。私はあなたの地位と権力が大好きですって顔に書いてある奴。だけどさ、普通の男には一回もモテたことがないんだ。」


 「いえ、モテてますって!現にナッカル隊長なんてあなたにメロメロじゃないですか。」


 「ナッカル?何の話だ?」


 「ですから、ナッカル隊長も私のようにあなたのことを――。」


 「何を言っているんだ?たまにいるんだ、極度の心配性の人が。ナッカルもその類だよ。」


 「違うと思いますけど。」


 「違わない。でも、まあいい、お前が好きだって言ってくれたから。これで一度はモテた。」


 「はあ。」


 「女子達がさ、バラ園で告白されたとかユリ園でキスされたとか言うのも、本当にそんなことあるのか?って思ってたんだけどあるんだな。」


 「資材置場で諜報に、で申し訳ないですけどね。」


 「そんなことない、嬉しいよ。」


 「そうですか、まさかあなたに、そんなお悩みがあったとは。でしたら、いっぱい告白しておきますね。リア様大好きです――。」


 ジョンは囁きながら何度も唇を重ねた。


 「あ。」


 ジョンは不意に顔を上げた。


 「一度もモテたことがないって、一度もキスしたことがなかったですか?」


 「いや。全然ロマンティックじゃないキスなら何かとしてるよ。」


 「そうですよね、あなたの立場ってものがありますからね。」


 「うん。何か全然違うんだな。」


 「はい、愛がありますから。」


 「そうだな。お前、諜報じゃなかったら良かったのになあ!」


 「どういうことですか?」


 「うん?つまり、私の恋人候補として。流石に諜報じゃ無理だけど。」


 「とんでもないです!!私はあなたに気持ちを伝えられるだけで十分幸せですよ!」


 「そう?私の場合いずれにせよ政略婚になるだろうから、お前にそこそこの身分があったらなあって思ったんだ。どうせなら好きだって言ってくれてる人の方がいいじゃないか。でも諜報じゃどうにもやりようがないな……。」


 「やめてください!!あなたにはちゃんと身分があって、あなたのことを愛していてあなたも愛している男性と結婚するんです!私なんかじゃ駄目だ!!」


 「だって……モテないし。」


 「モテますって!……そうですね、もしかしたらあなたの身分が高すぎるせいなのかもしれないですね。」


 「お前は?王女でも構わないってこと?」


 「どうでしょう。私には背負うものがないから、ある意味気楽なのかもしれません。諜報なんて、存在がない存在ですから。私はあなたのことをとても愛してるからそう告げたかっただけです。不敬罪に問われても仕様がないし、その前にリア様はいつでも私のことを切れるでしょう?あなたが私を切ったとしても誰も困る人はいない、だから自由なんです。あなたを愛している人がいても、おいそれと告白出来ないのではないですか?」


 「それにしてもさ、それを跳ね除けてでもって人が一人くらいいてもいいと思わないか?」


 「きっとこれからですよ、あなたと是非結婚したいという男性が現れるのは。」


 「いや、とてもそんな未来を想像出来ない。お前が好きだと言ってくれたのが奇跡みたいだ。もう二度とこんな日はやって来ないような気がする。」


 「そんな悪い方にばかり考えないで、いい方に考えましょうよ。」


 「うーむ、今までが今までだからなあ。ところで、お前との結婚が無理なのは分かるのだが、仕事を頼みたい時はどうすればいいんだ?」


 「また使ってもらえるんですか?」


 「知らない奴より気心が知れている奴の方がいいじゃないか。ジョンに頼むって言えばいいのか?」


 「私は名前を色々持っているんです。ジョンはこの辺で使う名前で、他にもピーターとかロナルドなんて呼ばれています。」


 「どうすればいいんだ?」


 「呼び名があるんです。それを言ってください。」


 「呼び名?何?」


 「……ジャガイモ。」


 「ははは!!ジャガイモか!カボチャじゃなくってジャガイモだったか!確かにカボチャよりもジャガイモって感じだな!」


 「惜しかったですよね。」


 「分かった、分かった、ジャガイモだな!どうしてもお前に頼みたいことがあったら、それで通じるんだな?」


 「はい。」


 「そういえば、お前んとこの隠れ家みたいなのは近くにあるのか?近いのだったらそっちに送ってくが。」


 「国外にはあまり無いんです。」


 「では、このままスタルナへ戻るんでいいんだな?」


 「はい。国境が変わった今、スタルナ基地が一番近いです。そうじゃなくても自分への深い自戒を込めて、スタルナ基地へ行きます。」


 「どういうことだ?」


 「恐らくこの怪我は全治一ヶ月くらいでしょう。私は一ヶ月の間、朝から晩までネチネチネチネチと、ナッカル隊長に怒られ、詰られ、いびられ続けるのです。」


 「そ、そうだろうな……。頼んだぞとか言われてたもんな。足は大丈夫なのか?痛いんじゃないか?」


 「嬉しくて吹き飛んじゃいましたよ。大丈夫です、折れていたらこんなもんじゃない筈なので捻挫で済んだようです。」


 「うん。ナッカルには名誉の負傷とか適当に言ってやろうか?」


 「いえ、結構です。それでは自戒の意味がありません。こんなに言われ続けるのなら二度とうっかりするまいと心に誓わなければ。」


 「まあ、うっかりは気をつけろよ。命に係わる。」


 「はい。リア様に命を救ってもらった上に、こんなにいい思いをさせてもらいました。せめて一ヶ月くらいナッカル隊長の小言を聞き続けます。」


 「小言を聞けるのも命あってのことだもんな。」


 「ええ、リア様、本当にありがとうございます。いつかきっと、あなたの為に働きたいです。」


 「私もありがとう。好きだと言ってくれて嬉しかったよ。」


 リアは顔を寄せてジョンにキスした。


 「……あなたって本当に素敵だ。」


 ジョンは心を込めて、リアを強く抱きしめた。


 「お前だけでなく、もう少しそう言ってくれる人がいるといいんだけどな。さ、そろそろ行くぞ。立てるか?」


 「はい。」


 「我慢出来ないくらい痛かったらちゃんと言えよ。」


 「今のところ本当に大丈夫です。」


 「よし、あとちょっとで厩だ、頑張れ。」


 「はい。」


 二人は掛声を掛け合って立ち上がった。





     ★★★





 ……ね、リア、いい?


 ………………なんだよ。


 ……こいつさ、ずっとお前の髪にキスしてるぞ。


 ……え?あ、本当だ。お団子のところなのによく気付いたな。お前後ろに目があるの?


 ……ないよ。いいの?


 ……いいだろ、別に。


 ……でさ。こいつ、何でこんなにべったりとお前の腰に抱きついてるの?


 ……私が後ろに乗っちゃうと前が見えないんだよ。


 ……ジュダに乗せればいいじゃん、凄く賢いんだから。


 ジュダは殆どフリー手綱で、前をてくてく歩いていた。


 ……ジュダは何かと難しいんだ。言い聞かせれば乗せてくれるが、そんなことをしてるより二人でジョンの馬に乗ってジュダを歩かせた方が早い。


 ……ふうん。でさ、いいの?こんなに王女大盤振る舞いで。


 ………………何が言いたい?


 ……お前、何回キスしたか知ってる?


 ……数えてないよ。十回くらい?


 ……二十三回。


 ……………………。


 ……多くない?


 …………だから……お前も聞いてただろう?


 ……しっかりと。だから?


 ……だから……私は……モテないんだよ。少しくらい浮かれたっていいだろう?


 ……それ、お前の勘違いだよ。お前はモテる。


 ……やめてくれ!私のモテるモテない論を詮議するのは!もう……本当にモテないんだから、あまりそれを言われると心が苦しい。


 ……分かったよ。只一つだけ聞かせてくれ。


 ……何。


 ……お前本当に、一度もモテたことがないの?


 ……そう言ってるだろ!!


 ……………………俺は?


 ……あ……。


 ……毎日いや、毎時間と言ってよい程好きだと言っている俺は?


 ……あああ!!


 ……完全に忘れてた訳だな。


 ……ごめん、ごめん、だってお前亡霊じゃん!


 ……そうだけど。


 ……悪かったって。


 ……俺、一度も嬉しいとか言われたことないし。


 ……そ、そう?嬉しいよ、ちゃんと嬉しい。


 ……ちゃんとって何だよ。ありがとうとか言われたこともないし。


 ……そうだっけ?ありがとう。……何だよ、妬いてるのか?


 ……妬いてる?……うん。


 ……ごめんね。


 ……謝られてもなあ。……ね、もし俺に生身の身体があったら、こいつにしたように俺を抱きしめてくれる?


 ……もちろん。


 ……え?キスもしてくれる?


 ……うん。


 ……え?え?もしかして俺のこと好き?


 ……ジョンのことを好きくらいには、お前のことだって好きだよ。


 ……そうかあ!じゃあいいや。


 ……え、いいのか?


 ……や、お前の気持ちも分からなくはないんだよ。こんなに好きだって言われていっぱいキスされると、何だか俺も心がソワソワしてきて……。


 ……!!


 ……妬いてもいるんだけど、俺もジョンのことが好きになってきちゃうっていうか……。


 ……あの、ジョンは、お前のことは好きじゃないっていうか、認識してないと思うけど……?


 ……分かってるよ!あーあ、若いっていいなあ!


 ……多分お前も若いと思うよ。


 ……えっと……生きてるっていいなあ!俺にも生身の身体があったらな。そしたらリアのこと抱きしめられるし、リアだって抱きしめてくれるのに。キスだって二十三回以上出来るのにな。


 ……………………。


 ……そうだ、いいこと思い付いた!!


 ……何だよ。


 ……リアさ、今度鏡に向かってキスしてよ。そしたら俺がキスされてるみたいじゃない?


 ……アホか――――――!!


 ……あ、アホって……。


 ……お前時々、例えようもなく能天気だよな!ほんっとにどうして昇天していないんだろう!?


 ……ね、俺も知りたい。あ、ジョンの奴、今度はお前の肩にキスしたぞ。いいの?


 ……分かってる。っていうか、お前との会話でロマンティックな気分は一気に冷めた。せいぜいお前が味わっておけ。ジョンのことが好きなんだろ?


 ……ちょっとね。


 ……ジョンをスタルナで降ろしたら、私はすぐにセインティアへ発つからな。名残惜しんどけ。


 ……寂しいなあ。


 ……まあね。


 ……リア、よかったね。


 ……何が?


 ……モテて。


 ……うん。


 ……ちゃんとお別れのキスもしてあげてね。


 ……うん。



 王女と諜報と亡霊は、それぞれの思惑のままに前進する。

 一歩進むごとに、夜明けとセイントレアが近付いていた。





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