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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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結構近いんだな

 「結構近いんだな。」


 遠くに見え隠れし始めたヘパーリン城を眺めながら、リアはジョンに話し掛けた。

 今までずっと田舎道や雑木林の中を通って来たが、ここへ来て急に賑やかになって来た。売り子の声が飛び交い、道行く人々の装いも華やかで、城下ならではの活気に満ちていた。


 「そうですね。ヘパーリンは小さな国です。この辺も今は賑やかですが、夜になると静かです。セインティアとは訳が違いますよ。」


 「へえ。」


 リアは興味深く辺りを見渡した。


 「ドマスは……処分なさらなかったのですね。」


 ジョンの質問にリアは振り向き、それから小さく頷いた。


 「ゼムと共にセインティアへ移送し、きっちりと法で裁いて処罰する。死刑は免れないだろうがな。」


 「そうですね。」


 「本当は私が手を下したいところだが、それでは意味がないし軽すぎる。そして、他領主への見せしめの意味合いも含んでいる。」


 「重罪ですからね。私もまさかあそこまでとは思いませんでした。」


 「その気配は全然なかった?」


 「よく……分かりません。元々愛想がいいとか話好きとか、そういうタイプの人ではありませんでしたから。領主に会わずに休憩だけさせて貰ってすぐに立つ、ということもよくありました。只、先代まではそうではなかったようです。あの辺で困ったら、キューダン邸に行けば食事とベッドを与えて貰える、というのがあまりにも当たり前になってしまって、更には形骸化してしまった、ということです。本当に面目ないです、人が変われば全てが変わると疑うべきでしたのに。」


 「責める気はない、本当に難しい問題だと思うから。お前の中で何か得るものがあったら良いと思う。そしてそれは、私への課題でもある。困ったトラブルを引き起こすのは、ドマス・キューダンのようなごく僅かな異分子だ。なるべく早くそれを察知するのが私の仕事だ。」


 「異分子……ですか?」


 「うん。キューダンとスタルナの境界は、今まで何の争いもなかった。リリックもアッカルードも。王家の持つ記録にも、そんな記載は一切ない。しかしドマスは、幼少期から既に野心を抱いている。切っ掛けは父親が見せた古い地図だそうだ。ほら、うちの領地はこんなに広かったんだぞって。それは、スタルナ、アッカルード、マーニエッダに掛かる広大な領地だった。」


 「驚いたでしょうね。でも、それを取り戻そうとするかな。」


 「そう、そこだ、私が言いたいのは。南西部は田舎だけど、平和で豊かな土地だ。基地もあるし、国境だがそれぞれの領主がうまく土地を治め、戦争が起こる必要など全くなかった。それなのに、ドマスのような者が出て来る。」


 「確かに異分子ですね。先代はドマスが成長するに従って、何故土地を取り戻さないのかと迫られて後悔したとか。」


 「そんな大昔の話を取り沙汰にされても皆困るだろ?しかも、現状では誰も困っていないのだから。」


 「最初におかしいと思ったのは、ヘパーリン側の領主の告発です。キューダン領主が、昔はうちの土地だったから返して欲しいと言ってくる。更には売れと言ってくる、と。」


 「その時点でかなりの重罪だ。土地の売買は国内ではいとも容易いが、国を跨ぐとなると物凄く面倒になる。如何せん、国境が変わるのだから。それでもどうしても必要とあらば、セインティアに陳述すべきだった。これこれこういう理由で、どうしてもこの土地を取り戻したいと。その申し出が一切なかったということは、己に正当性がないことを分かった上でのことだろう。」


 「三領主はネイジーに陳情していたのですよね?」


 「それだけで、三領主の方がいかにまともかがよく分かる。しかし、ジェナットは自国の領主を守ってやらずに、ドマス・キューダンと手を組んでしまった。土地を返してやるからキューダン基地を手に入れる手助けをしろと。ヘパーリンの領主は堪ったもんじゃない。土地を守る陳述をしているのに、その土地はドマスに渡りそうなのだから。」


 「酷い話です。スタルナ領主なんか、プラチナオレンジを開発し安定させるまでにどれだけの年月を割いたか。」


 「私はね、そういう民の努力と不屈の強さを心から尊敬しているのだ。権力がどうこうしていい問題ではない。」


 「リア様のそのお気持ちは、スタルナ領主に十分伝わったと思いますよ。だから今回、静観の立場を貫いて下さった。セイントレアが勝った場合、傘下に入るという確約を下さった。」


 「国が変わるというのは辛い決断だろうに、他の二領主への説得もしてくれて。」


 「良いか悪いのか分かりませんが、みんなジェナット王の対応に憤慨し、困り果てていたのです。そんな折にセイントレア王女からの心からの慰労、セイントレア市場への拡大の夢、もしうまくいかなくても当面の補償を提示されたら、誰だって靡きますよ。」


 「最大限の支援はしたいと思っている。三領主が納得すればよい話ではない。その三領地で暮らす民がいるのだから。」


 「墓がヘパーリン側にあったり、親戚がいたりする訳ですからね。」


 「うん。お前にもありがとうな。情報は勿論そうだし、ヘパーリン側とあんなに懇意だとは思わなかった。お陰でスムースに交渉が進められた。」


 「お礼なんて言わないで下さい!領主に捕まった諜報なんて本当に恥ずかしい……。」


 「そんなに自分を責めるな。どうしようもないことってあるからさ。」


 「リア様、お優しい。」


 「そうか?な、一つ聞きたいのだけど、諜報っていうのは政府と全くの別機関なんだって?」


 「は?……まあ、そうです。」


 「どういう組織なんだ?」


 「私もよく分かりません。」


 「よく分からない?そんなことってあるのか?」


 「はい。本当に私にも分かりません。実は、この諜報組織を一番ご存じなのは国王陛下なのだと思います。それでも殆どご存じないと思いますが。時期国王であるあなたに、私が知っているごく僅かな知識をお教えしても差支えないでしょう。」

 

 「何故その情報を知っている!?」


 「あ!本当にそうなんですね!今のは只の勘です。現在の王族で、国を継げるのはあなた様くらいしか思いつきませんから。」


 「本当に勘?」


 「疑い深いですねえ。そんなの誰に聞いても、そこいらの民に聞いても、同じ答えが返って来ますよ。」


 「そうなのか!?」


 「明白です。」


 「信じられない……。いや、申し訳ないが信じていない。もっと王族らしくしろだの、そんなんじゃ嫁に行けないだの、散々言われて来たから。」


 「リア様は今みたいに、首都から離れて民と交わることも多いじゃないですか。」


 「王女だと言ったことは殆どないよ。」


 「ええ。でも、言葉を交わした者は、リア様を忘れることは決してありません。」


 「何故?」


 「誰もあなた様のように美しい人を見たことがないからですよ。後から、王女が来ていたらしいよと噂になって、ああそうだったのかと大人気の存在なのですよ。」


 「うーむ、それは嬉しいが、そんな簡単にばれていたのはよろしくないな。」


 「よろしいのではないですか?自国の王女が美しいと嬉しいですし、更に気さくとなるともっと嬉しいものですよ。」


 「そういうものか?」


 「はい、私だって嬉しいです。リア様が美しくて気さくで。」


 「ふーむ。で、お前は?というより、お前の組織はどうなっているんだ?」


 「ああ、そうですね。我々の長となっているのは、とある称号を持つ先祖代々からの隠密の一族です。」


 「そうなのか!?」


 「私も誰一人として会ったことはありませんが。隠密を誇りとし、指令系統も教育も徹底した大きな組織です。」


 「へええ。お前は何故隠密になったの?」


 「私は孤児でした。孤児だからといって誰でもなれる訳ではないし、なりたくてもなれない者もいる。スカウトされたのですね。」


 「虐待とか受けなかったのか?」


 「そういうのは無いですね、鍛えられはしましたが。教育もしっかりと受けられて、私的には良かったと思いますよ。」


 「そうなんだ。これからもずっと諜報を続けるのか?」


 「実は、辞めるのは自由なんです。嫌々やっても良い成果が出ませんし、失敗が許されない仕事ですから。只、この仕事は非常に報酬がいい。身体が機敏に動くうちに沢山稼いで、引退したら好きなことをするっていうのが一番多いと思います。」


 「好きなこと?」


 「ええ。農業をやる者もいますし、店を開く者も。傭兵業を営む者なんかもいますよ。」


 「なるほどなあ!お前は?何か夢があるのか?」


 「考え中です。そうですね、私は人の嫌なところばっかり見てきましたけど、結局のところ人が好きなんだと思います。あちこち行って……去る時に少し寂しくなってしまう。どこかで腰を下ろして、人と交わって生きていける方がいいのかもしれませんね。多分寂しがりやなんです。」


 「そうか、いい未来があるといいな。つまんない所で死ぬなよ、お前の仕事は過酷だろうから。」


 「リア様程ではないですよ。」


 リアは虚をつかれて目を見開き、そして笑った。


 「私は好き勝手やってるからいいのだ。単独でヘパーリン城へ行くとかな。そういえば、大分城が近づいて来たが馬はどうすればいいんだ?」


 「もう少し先に良い厩があります。馬を手入れしてくれて、前金さえ払っておけば夜に馬を引き出しても何も言われませんので、都合がよいかと。」


 「いいな。案内を頼む。」


 「はい。」


 ジョンは暫く賑やかな大通りを通っていたが、やがて道を外れて薄暗い路地へと入って行った。






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