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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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では、行ってくる

 旅の商人とその従者の少年は、大勢の兵士達に取り囲まれていた。


 「では、行ってくる。」


 少年の方が、皆を見渡してそう言った。そんな中キューダン軍司令のナッカルは、少年の腕を引き寄せて反対した。


 「駄目です!やっぱり駄目です!!せめて一旅団をお連れ下さい!!」


 「だから!それは散々話し合っただろう?ネイジーに着くまでにまたどこかで戦争になってしまう。それに、寝首はいつでも掻けるということを知らしめしてやらないとな。頭の悪い王にはたっぷりと反省してもらう。」


 「それにしても!何故供がジョン一人だけなのです?」


 「道案内出来るのが彼だけだからだ。」


 「もう少し人員を増やして下さい!不可能なら僕だけでも!!」


 「何を言うちょる!?会議中寝てたのか?お前にはスタルナ基地司令の辞令を出しただろうが!現在最も重要なポストなんだぞ!」


 「分かってますけど!」


 「今はダインとゼム軍の多くを置いていくが、中央と全土各地の要塞から人員を募り、この地へ投入する。お前は既存のスタルナ兵士を含め全ての兵士をまとめ、後任のキューダン司令に仕事を引き継ぎ、スタルナ、アッカルード、マーニエッダの三領主と良好な関係を築き、その民にはセイントレアに守られているという安心感を与え、ヘパーリンがまだちょっかいを出して来たら速やかに攻撃しないといけないのだ。そんな我が儘を言っている暇はないぞ!」


 「我が儘なんかじゃありません!」


 「うーむ、埒が明かないな。ナッカル、お前は非常に冷静な目と行動力を持っているのに、何故ここだけこんなに食い違うんだ?」


 「心配なだけです!リア様に何かあったらと思うだけで、僕は……!!」


 「辛気臭いこと言うな!ゼム、後は頼む。こいつを何とか説得してくれ。」


 「嫌だ、リア様行かないで!!」


 ナッカルは離れようとしたリアの腕を引き寄せ、抱きしめた。


 兵士の間から、ふうっと羨望の溜息がこぼれた。

 衆人環視の中、こんな不敬をさらっとしてのけるのはナッカル隊長以外にいない。本当に心から心配しているのだろう。

 情に厚い隊長だった。気さくで、何事も親身になって聞いてくれ、年上からも年下からも好かれている。今の隊長は恋に目が眩み盲目になっているのは明らかだったが、それはキューダン兵士の総意と言ってもよかった。


 決闘は瞬く間に終わった。鮮やかな髪が翻り、キラッと剣が光ったと思ったら決着はついていた。何が起こったのか分からなかったし、バイオルン将軍ですら分かっていなかったかもしれない。

 惹かれずにはいられない。立ち会った者はこの王女の強さを十分認識していたが、こんな少年従者の格好で、たった一人だけの供を連れて、敵地に行かせる訳にはいかないというナッカル隊長の気持ちもよく分かった。

 兵士達が息を呑んで見守る中、不意にナッカルの膝が崩れ、凭れ掛かった彼をリアは抱き留めた。


 「大丈夫だと言ったろう?」


 不思議な色に輝く瞳が、ナッカルを覗き込んでいる。


 「ゼム。」


 ナッカルは抱き留められた手でポンポンと背を叩かれ、ゼムビストに身体を預けられた。


 「リア……何か落としどころを付けてやったら?絶対に死なないとか、またここで会おうとか。」


 「どうした、ゼム?優しいじゃないか、腹でも壊したか?」


 「何だか切なくなって来た。何の問題もないのに、無駄にお前の身を案じる者がいるなんて。」


 「酷い言い草だな。」


 「ほれ、ナッカル、王女様に何かおねだりしとけ。」


 「……悔しい…………。」


 「そんなに気に病むな。」


 「今の技……教えて下さい……。もう二度と掛かりたくない。」


 「そうか、そうか!だってよ、リア。」


 「心得た。必ずお前に今の技を伝授しよう。ここに戻って……いや、中央に呼んでもいいな。ほら、司令って自分より強い者と、稽古をする機会が中々ないだろう?ナッカルに限らず地方の司令を呼んで、私とかゼムとかジェマーソンとかと手合わせするっていうのはいいかもしれないな!」


 「面白いな!案外司令の方が強くって、中将あたりとポジションが入れ替わったりして。」


 「やめてくださいよ!」


 ダインがぶるぶると身を震わせる仕草をした。


 「冗談だって!」


 「本当に冗談にしてくれよ。お前なんかダインがいなければ半人前以下だ。」


 「はいはい、分かってますって。」


 「ナッカル、悪かったな。でも、私は接近戦はかなり強いよ。」


 リアはゼムビストの肩に担がれたナッカルの背を軽く叩いた。ナッカルは俯いたまま、小さく頷いた。


 「…………ジョン。」


 「何でしょう?」


 「リア様のこと、本当に本当に頼むぞ。お前しかいないんだからな。」


 「はい。」


 「今度は絶対に捕まったりするなよ。」


 「はい、心して。」


 「うん。」


 「ま、そんなに心配するな。お前も当て身でよかったじゃないか。こいつのキン蹴りをくらった日にゃ、半日は気絶してるぞ。」


 「………………。」


 「じゃあな、リア。こっちのことは任せろ。」


 「ああ。お前も父上とジェマーソンへの報告、よろしくな。」


 「おう。小僧でいくのか?」


 「向こうへ着いてから考える。メイドでいくかも。」


 「清掃経験が長くて良かったじゃないか。」


 「殆どお前のせいだろうが!暗い過去を思い出させるな!」


 「親切に汚れてる場所を教えてやったろう?」


 「ああ、そうだよ!あそこが汚れている、今度はここを拭けって偉そうに言うから!」


 「喧嘩になって更に罰掃除の期間が延びたんだよな。」


 「そしてそのループはエンドレスに続く。あ――!思い出しても腹立たしい!」


 「いやあ、俺にとっては清き思い出の一つだな。陛下がこれを見越して命じてたのなら、本当に凄いな。」


 「そんな訳ないだろう!」


 「何の……話を……してるんです?」


 ナッカルが呻き声で尋ねた。


 「何でもない、何でもない。お前に言ったらまたひと悶着あるから絶対に言わない。リア、行って来い。お前の土地だ、お前の手できっちり捥ぎ取って来い。」


 「ああ。皆、よく頑張ったな!これからも頑張ってくれ!また会おう!」


 リアはジュダの背に飛び乗り、手を振った。


 眩しい光のような存在は、あっと言う間に去ってゆく。

 兵士達は一人、一人と跪き、彼等が見えなくなってもずっとそうして見送っていた。


 





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