雨
「逃げろ、逃げろ!!」
ナッカル軍は、戦いながら逃げ続けた。
本当は一目散に逃げたいところだったが、追ってくれないと意味がない。あくまでも交戦しつつ、逃げざるを得ないという体を成していた。
ナッカルの目に、ようやく見慣れた丘陵が映った。
……良かった……。ゼムビスト軍はまだ来ていない。
ナッカルは胸を撫で下ろした。西側のミゼッタ山の麓に目を遣ったが、戦っている気配はない。
……流石ゼムビスト大将、こちらの状況をよく把握している。もう少し、もう少しだ。もう少しこのまま引き付けるのだ。
ナッカルは、軍の中央部から声を掛けた。
「絶対に要塞には入らせるな!!ここで仕留めろ!!」
と言いつつ、後退した。
……要塞からの応援はない。要塞が攻撃出来る可能性を、彼等に気付かせてはならない。
ナッカル軍はずるずると退いているように、ヘパーリン軍を丘陵へと導いて行った。
――――来た!!
西側から猛烈な捲土が巻き上がった。六千のゼムビスト軍が一斉に逃げて来る。
ナッカルは皮の盾を高々と突き上げ、兵士に号令した。
「諸君、ここを破られる訳にはいかない!一歩たりとも入れるな!!」
「おお――――!!」
兵士達も皮の盾を掲げると、雪崩を打って追って来たヘパーリン兵に向かって突進して行った。
★★★
向かって来るナッカル兵に、ヘパーリン軍は次々と矢を放った。
そして、呆気に取られた。
……何だ、こいつらは?攻撃してこない……?
ナッカル軍は、疾風のように通り過ぎただけだった。矢を射掛けてはいるが、急所は盾でしっかりと守られている。考え込みながら夢中で矢を放っているうちに、彼等のポジションは入れ替わっていた。
そして目の前には、怒涛の如く押し寄せるゼムビスト軍が迫っていた。
……挟み撃ちか!
ヘパーリン軍は、歯噛みする思いだった。
……いや、違う、逃げている……?後ろを、ミゼッタ山からのスタルナ、ネイジー軍が追っている!挟み撃ちはこっちも一緒だ!
「目の前の敵を狙え!後ろは気にするな!要塞に逃げ込まれる前に打つのだ!!」
どこからともなく声が上がった。
ゼムビスト軍の走行が変わった。西の山から東の要塞へと真直ぐに逃げて来たが、もう一つの集団が南から突いてきたことで、彼等は北側へ逃げざるを得なかった。
そして、ヘパーリン軍が丘陵の中央を占拠した時、空から重くて黒い雨が降った。




