ナッカル軍
「ドマス・キューダンの卑怯者――!!」
「卑怯者――!!」
「セイントレアの恥さらし――!!」
「恥さらし――!!」
「我が国の恩を忘れたか――!!」
「忘れたか――!!」
キューダン軍の司令ナッカルは、ドマス・キューダン邸の前面中央で、シュプレヒコールを行っていた。咄嗟には言葉が出て来ないので、幾つかの文言を兵士達と打ち合わせしていた。
「ドマス・キューダンの卑怯者――!!おおっ!?」
ナッカルを目掛けて、岩壁の狭間から矢が飛んで来た。それを想定していたナッカルは、さっと馬を前へ遣った。引くよりも前へ遣ってしまった方が馬にとっては楽だ。
……そもそも、おかしな話なんだよな……。
ナッカルはふと思う。
……いつからこんな、要塞みたいな造りになったのだろう……?僕が子供の頃はこんなんじゃなかった。みかんの木のオブジェなんかあって、もっと開けた屋敷だったと思うが……。
シュプレヒコールの度に、狭間から矢が飛んで来る。しかしキューダン軍は、じわりじわりと前進していた。
南の地は暑い。彼等は完全武装をしていなかった。その代わりに固い皮で出来た軽い鎧で身を固めていて、彼等の動きは非常に早い。鉄の矢でも飛んで来たら一溜まりもないが、軽い鎧兜は自由な動きを可能にしていた。
「セイントレアの恥さらし――!!」
「恥さらし――!!」
味方の声との呼応が高まるにつれて、身も心も熱くなってゆく。
お前が熱くなるなよ――。
セイントレア国王女の声がふと胸を過る。
あの人は一体幾つの戦いを乗り越えて来たのだろう?
飛んで来る矢がいつ自分を貫いてもおかしくない程近付いてから、彼は手を挙げ、後方に声を掛けた。
「攻撃――――!!」
ナッカルを掠めて火矢が飛ぶ。その多くが岩壁に当たり、虚しく地面で燻った。しかし、その中でも壁を越えて飛んだものがあり、何かに当たって火花が散った。
「ドマス・キューダンの卑怯者――!!」
ナッカルは尚も叫び続ける。
最早これに呼応する兵士がいないのは承知だが、彼だけが声を上げることを止めない。正面に見える、キューダン邸の門が開くまで。
「我が国の恩を忘れたか――!!」
ナッカルの声に合わせたかのように、頭上を火鳥のように矢が飛ぶ。その途端、門の奥で数本の火柱が立った。
ナッカルは全速力で真横に退避した。
正門が開き、猛り狂って出て来た兵士達は火矢の集中砲火を浴びた。
「打て――――!!」
火矢は開かれた門を突き抜ける。まさか屋敷までは届くまいが、庭はかなり燃えているようだ。馬に乗ったキューダン私兵の集団が、耐え切れぬかのように飛び出して来た。矢を番え、怒りに満ちた表情でキューダン軍に次々と矢を放った。
「退却――――!!」
火矢を番えるには時間が掛かる。キューダン私兵はみるみるうちに距離を縮めて来た。
ナッカルはすっと軍の中団に入った。自分の顔は十分に知れている。集中的に狙われる可能性が高いだろう。彼は弓矢さえも持っていなかった。彼の仕事は全体の統制。彼は剣を抜き、飛んで来る矢を払った。
まだ、死ねない。こんなところでは。
「セイントレアの裏切者――――!!」
「裏切者――――!!」
仲間の声が再び戻って来た。
ナッカルのシュプレヒコールがあるうちはなるべく同調し、攻撃を仕掛ける。退避の号令が出た時は全力で逃げる。その際、遺憾にも後退せざるを得ない、という雰囲気を醸し出す。それがキューダン軍で昨夜決めたルールだった。
「おい、逃げろ!」
「危ない、下がれ!」
「畜生!私兵のくせに強いぞ!」
キューダン軍の兵士達は口々に叫ぶ。
実際、キューダン邸から出て来た兵士はキューダン私兵だけでなく、その多くがヘパーリン兵だったのだが、ここが好機とばかりに追って来た。
「卑怯者――――!!お、まずいぞ、逃げろ!!」
「油断するな、逃げろ!」
「逃げろ、逃げろ、逃げろ!!」
彼等は野次りながら、悔しそうに逃げた。
気は楽だった。彼等の仕事は敵を打つことではない。なるべくキューダン邸から兵士を引き離すことなのだから。




