リア夜行
――リア王女様、お休みになられてください――!!
――阿呆!お前、会議中寝てたのか?ここで王女様にお休みになられてどうするんだよ!王女様を出さなかったことで、王女様の土地が無くなるんだ!お前、責任取れるのか!?
――だってこんなにお美しい――。少しでも傷がついてしまったら!
――今、傷なんてないじゃないか!これからもそうだ。こいつが大きな怪我をしたのは、裁縫で骨折した時だけだ!
――や、お前が残した傷も結構あるよ。こことか、こことか――。
――俺だってあるさ!そんなの傷のうちに入らないだろうが!
――まあ、そうだけど。
――ゼムビスト大将、聞き捨てなりませんね。このお美しい王女様に、傷を残した?
――四つか五つか六つの頃の話だろ?そんなことを言われても時効だ。俺にだってこいつに付けられた傷は多々あるしな。
――そんな!
――どうでもいいよ。それより時間がない、私は行くよ。
――おう、とっとと行け。
――リア様、お待ちください!!
――何?
ナッカルはリアに駆け寄り、白いほっそりとした手を取った。
――ご無事で!何よりもご無事で!
――辛気臭いこと言うな!お前こそしっかりやれよ!
――はい!!
――戦えども戦えども後退せざるを得ない、という感じをうまく出すのだ。それから野次りまくれ。だからお前をキューダン邸係にしたんだからな。既知の方がカッカするだろう。ゼムを遣ったら警戒されるかもしれん。
――分かりました!!
――死ぬなよ。明日会おう。
――痛いぃ!!
ナッカルはリアに握られた手をさすった。
★★★
――どうも最近、私は心配ばかりされているな。
風を切りながら、リアはそう思った。
――それとも、地方要塞の司令に就く奴はそういう性分なのか?或いは私が、そんなに頼りなげに見えるのかな。
夜の街道は静まり返っている。その中を馬に乗った集団が、密やかに駆け抜けていた。その数およそ、一万二千。ゼムビスト軍の半数以上を借り受けて来た。
――本当に神出鬼没ですね。
ゼムビスト軍の中将、ダインは面白そうに笑った。笑う度に彼の大きな身体がゆさゆさと揺れる。しかしその外形とは裏腹に、彼の仕事振りは繊細できめ細やかだった。
――こんな所でお会いすると不思議な感じですね。隊員達は大喜びですが。
実際、ゼムビスト軍の兵士達の驚きようはなかった。皆、顔をくしゃくしゃにして喜び、中には感激のあまり泣き出す者もいた。
今、彼等は無言でここまで来た街道を逆戻りする。目指すはリリック邸。
……お前、また惚れられちゃったね。
頭の中の声が言う。
……惚れられた?どういうことだ?
リアはスピードを落とさないように気を付けながら、聞き返した。
……ナッカルって奴。あいつ、お前にべた惚れだよ。
……心配してるだけだよ、私が女だから。
……違うね。
……違わない。私に初めて会う人間の反応は大体二つだ。物凄く心配されるか、物凄く嫌がられるか。
……前者の方はお前に惚れちゃってるんだよ。だけど、後者の方も結局はお前に惚れちゃうんだ。
……お前、本当に好きだねえ!惚れるとか惚れないとか!世の中、その二種類の選択しかないみたいだ。
……だって……。
……だってもクソもない、私は戦争中なんだ!
……悪かったよ……。だけどさ、リア。
……何だよ!
……ゼムビストって奴。あいつだけはお前に惚れてないし、これからも惚れないね!
……やめてくれ!物心つく前から殴り合っていたんだ!いちいち自説を展開するの、やめてくれる?
……悪かったってば……。
亡霊は嬉しそうに、黙り込んだ。
★★★
「リア!……おい、リア!」
ゼムビストは、訓練場に続く芝生の道でやっとリアに追いつき、隣に並んで歩き始めた。
「おう、ゼム、どうした?」
ゼムビストは息を切らせている。リアもゼムビストも、共に十一歳。
「なんか凄えんだ!ジャックの奴が女とキスしたって言うんだ!」
「え……?それが?」
「お前、男とキスしたことある?」
「もちろん。父上とかチャーリーとか……。」
「違う!親とか乳幼児とかじゃなくて!同い年くらいの男とキスしたことがあるかって聞いてるんだ!」
「……そういえばないな。お前は?」
「俺もないんだよ。だけど皆、凄えー凄えーって騒いでて!」
「どう凄えーんだ?」
「なんか、ゾクゾクするらしいんだ。」
「ゾクゾク?発熱でもするのか?」
「俺もそう思ったんだけど、違うみたいだ。」
「へえ、何だろうな。」
「な?お前もそう思うだろ?それでリア、お前に頼みがある。」
「なんだ?」
「俺とキスしてくれ。」
「へ?」
「そういえばお前女じゃん。女とキスして本当にゾクゾクするのか、何故あんなに凄えーって皆が騒いでいたのか、俺は知りたい。」
「うーむ。」
リアは腕を組んで考え込んだ。
「発熱以外の要素とは何だろう……?お化けを見たとか?」
「お前さ、頭いいのは分かるけど、世の中分かんないことの方が多いんだ。俺と試してみた方が早いだろ。」
「そうだな。」
リアはゼムビストに近寄った。
「汗くさっ!」
「走って来たんだもん。お前、凄え睫毛だな!目に入んないの?」
「ちょっと上に巻いてるから大丈夫。下向きだったら大変だったって。」
「へえ、良かったな。じゃ、するぞ。」
「うん。」
……………………。
「どうだ?」
リアはゼムビストを伺った。
「や……うん……むう…………。多分、いつも通りだと思う。」
ゼムビストはリアから離れて、軽く身体を動かした。
「うん、何も変わらない。リア、お前は?ゾクゾクしてる?」
「いや、別に。」
「うーん……。」
二人は頭を抱えて考え込んだ。
「リア、もう少し試してみよう。」
「ああ。」
二人は再び近付き、唇を合わせる。
……1回、2回、3回、4回、5回………………。
「ゼム、どうだ?」
「………………分からない。俺にはゾクゾクの意味が分からない!リア、お前は?」
「私にもさっぱり……。ジャックって奴、嘘をついていたんじゃないか?」
「そうなのかな?でも皆、凄えーって言ってたし。」
「だって全然ゾクゾクしないじゃないか!じゃあ、ジャックは風邪のひき始めだったんだよ!」
「そうだよな!今度会ったら懲らしめてやる!」
「お見舞いだろ?」
「あ、そうか。」
「それより時間が勿体ない。とっとと行って打ち合おう。」
「そうだな!……おい、俺の前を走るな!」
二人は芝生の道を、競うように駆け出した。




