ゼムビストとナッカル
「リア、遅いじゃないか!どこで道草食ってた!!」
ゼムビストはリアを怒鳴りつけた。
「悪い、ゼム。でも道草を食っていたのは私じゃない、伝令だ。」
「あっそう。」
リアとゼムビストは幼なじみだ。百万回の喧嘩と決闘を繰り返した結果――良きライバルとなった。
「まあいい。早速会議だ、こっちへ来い。ナッカル、お前もだ。」
兵士が騒然としてる中、ゼムビストはリアと一人の兵士を連れ出し、小部屋に入った。
「ゼム、どうなっている?キューダンの領主が寝返っているのではないか?」
部屋に入るか入らぬかのうちに、リアは単刀直入に切り出した。二人の兵士は驚いてリアを振り返った。
「何故、知っている?」
「ここへ来る前に、リリック領主のところへ寄ったんだよ。近況を話している内に、怪しいという結論に至った。」
「ううっ……!その情報を昨日知りたかった!」
ゼムビストは悔しそうに机を叩いた。
「悪かったって、私のせいじゃないけど。どういうことだ?」
リアが尋ねると、ゼムビストは傍らにいる若い兵士に目を遣った。
「ナッカル、説明してやれ。ん?どうした、ナッカル?」
「え、あ、あの……王女様があまりにもお美しいのでびっくりして……。ゼムビスト様とお並びになると、眩しいくらいです。」
「はいはい、喋らなければこいつはお美しいよ。早くしろ、時間がない。」
少年と言ってもいいような可愛らしい顔をした彼は、一つ頷くと話し始めた。
「キューダン駐屯地、司令のナッカルです。」
「リリック領主が、何かあったらすぐにキューダン基地が出てくれると感謝していたよ。私からもありがとう。」
「とんでもございません!」
「で、何があった?」
「まず、この基地について軽く説明させていただきます。キューダン基地は素晴らしい要塞です。基地の西側を半円に取り囲むようにミゼッタ山があり、それを越えて谷になった辺りがヘパーリンとの境界です。ミゼッタ山のこちら側も麓から基地まで丘陵で、敵が現れたら常に打ち下ろす形を取れます。そして、キューダン領主の領地は、我々がいる要塞の南側に当たります。」
「うん。」
「ヘパーリンの兵士、或いは民は、こんな軍の真正面などには勿論来ません。必ずキューダン領地の方へ行きます。ちゃんと行き来できる道だってありますしね。」
「だろうな。」
「ドマス・キューダンはいつから狂ったのでしょう。曾ては当軍に対して非常に協力的でした。本当に信じられない……。」
ナッカルは深い溜息をつき、首を振った。
「ヘパーリン兵が現れている、との情報をドマスから度々得て、我々は制圧に向かいました。きっと、軍の信頼を得る為だったのでしょうね。実際大きな戦いになることはなく、少し脅しただけで彼等は去って行きました。しかし私は、全ての報告を中央にしておりました。ですから今回、ゼムビスト大将が一軍を率いていらした時には本当に驚きました。それは恐らく、ドマス・キューダンにとっても同じでしょう。」
「俺だって驚いたよ。こんなにいらないと言ったら、無理に一軍を押し付けられた。」
「ジェマーソンはかなり警戒していたよ。私はその報告を受けていた。」
「何故だ?……なんか悔しい。」
「ゼム、気にするな。私だって恐らく同じことを言っただろう。あいつは守りに対する読みが、異様に長けているんだ。」
「畜生。どの時点で、今回はやばいかもと思ったんだろうな。」
「どうだろう。私も離れていたからよく分からない。」
「あ、あの、お話中大変すみませんが、中央の抗争は後にしていただけませんか?こっちにはそんな余裕ないのです。」
「はい……。」
ナッカルが眉を顰めてそう言うと、二人は押し黙った。
「うちの要塞はかなり広いのですが、流石に中央の一軍をカバー出来るほどのキャパはありません。ですからゼムビスト軍の半数近くは、要塞の前の丘陵にテントを張って自炊して貰っていました。」
「ああ。」
「その傍らに、キューダン領主の私兵が待機しておりました。」
「どれくらい?」
「百ほどです。……今日が決戦の時でした。しかし予定時刻の前、日が昇り兵士達が起き始めた頃、キューダン私兵は我らを攻撃して来ました。火起こしの手伝いをしたり、水の配給をしながら急にです!突然テントに火を付けるやら、寝ぼけまなこの兵士に襲い掛かるやら……。それと同時に、ミゼッタ山からヘパーリンの兵士が続々と湧き出して来たのです!」
「卑怯なっ……!」
「本当に最低ですよ。経験の浅い若い兵士はひとたまりもありません。しかし、流石に中央の精鋭です。瞬く間に戦闘態勢に入りました。被害は最小限にとどめたと言って良いでしょう。」
「…………。戦況は?」
「五分……ですかね。向こうはもっと甚大な被害を出すつもりだったでしょうが。しかし、そうでもなかった。こっちは今日が決戦だと思っていたのに、ミゼッタ山とキューダン邸に追い返すのがやっとです。皆、起き抜けでその状況になったので、要塞にいた兵士と交代で休憩させています。」
「敵は……ミゼッタ山とキューダン邸にいる?」
「恐らく。ミゼッタ山の麓で軍を待機させております。それから、キューダン邸にも十分距離を取った位置に置いています。」
「そうか。実質、ヘパーリンはどれ程の兵を出しているんだ?」
「うちと同じく、中央から一軍です。命からがら抜け出してきた諜報が教えてくれました。」
「どういうことだ?」
「ドマス・キューダンが、諜報も押さえていたということですよ。今まで諜報はまずキューダン邸を目指し、休息を与えられたのちに当軍まで馬車で送って貰っていたのです。彼等は隠密のプロですが、責める気持ちにはなれません。」
「そうだな、私も責める気にはならないよ。ここ数年で出来た信頼関係ではないだろう。」
「ええ。」
「その諜報はどうしている?」
「死んだように眠っております。あ、命に別状はありませんのでご心配なく。彼が言うには、ヘパーリン軍の大将の名はバイオルン。四十前後のベテランで、ジェナット王の信任も厚い。王の王子時代に護衛も務めていたこともあるとか。」
「ほう。ジェナットは何故、そんな切り札を使ってまで戦争を仕掛けてきたのだろう?中央から一軍も割いたら首都だって危ないだろ。」
「このキューダン基地が欲しいらしいですよ。ここは本当に良い要塞ですから。」
「何れ、セインティアに踏み込むつもりか?」
「そこまででは無いようです。取り敢えずキューダン基地を落とし、この周辺を支配下に治めるつもりだったとか。セイントレアは、南の外れにある土地のことなど気にも留めないだろうと。……キューダン基地は本当に優れた要塞です。一度手に入れてしまったら取り戻すのが難しい。」
「…………甘い、甘いなっ!新興国の新王はお坊ちゃまだな!うちは知らずのうちに土地をあげるなんて甘くはないよ。現に中央からどっさり来ちゃったしね!……何かその甘さに腹が立ってきた。もういっそのこと、このままヘパーリンの首都ネイジーまで行くか?」
「お、やるか?中央からもう一軍割くのは避けたいが、南部の領主達を招集したら何とかなるんじゃないか?」
「なんて、うそうそ。ちょっとムキになったなっただけ。別にうちは領土を拡大したい訳じゃないからな。何より、王の陰謀とは無関係に生きているヘパーリン人が可哀そうだ。戦争のツケはいつだって民にくる。」
「まあな。」
「しかし、それなりの代償は払ってもらう。ヘパーリンを滅ぼすまではしないが、キューダンに隣接した領土はいくつかいただく。もう二度とセイントレアには手を出すまいと、反省してもらわなくては。」
「いいねえ、そうこなくっちゃ。遠路はるばるセインティアから来た甲斐がない。」
「取り敢えずは最短の基地だ。スタルナ……だっけ、ヘパーリンの基地は?」
「そう。こっちの基地を奪おうなんて思わなければ、奪われることもなかっただろうに。」
ゼムビストは机の上に広げられた地図を指差した。
「ここ。山岳地帯からやや外れた平原にある。ここへ行くにはビラスト街道を使う必要がある。」
「キューダン領地から出てるやつね。」
「だからスタルナを落す前に、どうあってもキューダン邸を落さねばならない。」
「なるほどね。」
「あのう……。」
ナッカルが恐る恐る声を掛けた。
「あの、差し出がましいようですが、勝算はあるのでしょうか?先程私は五分だと申し上げたのですが……。」
はは!とゼムビストは笑った。
「俺もよく分からんが、リアがここにいることで勝率は上がってるんだ。」
「その根拠は?」
「お前、結構言うねえ。リア、なんで?女神だから?」
「知るか、私は神じゃない、人間だ。」
「だよなあ。」
「何となくじゃないですか!」
「あ!根拠あるある!実はさ……。」
リアは声を顰めた。
「明日の朝までに、リリック邸に五百集めて貰っている。」
「本当ですか!!」
「でかした、リア!お前の道草も役に立つなあ!」
「だから、道草を食ってたのは私じゃないって!」
「五百……。とても有難いことですが、圧勝出来る数ではないですね。」
「私は圧勝のつもりだけどね。ナッカル、何故圧勝出来ない?」
「ヘパーリンには五百分、数では勝っています。しかし、ヘパーリン側の領主達も同じように招集されていたら?これからキューダン邸を落し、更にスタルナ基地を落すとなると、兵力の減少は免れないでしょう。」
「減少なんてさせないよ。ナッカル、うちの強みは?」
「強み……ですか?中央から応援が来ていること?」
「違うよ。さっきお前が言ったんじゃないか、ここが固い要塞だって。」
「確かにそう言いましたが。それが強みですか?」
「最大で最強の強みだ。本当にここは好立地だな。それから……投石機があったような気がするのだが。」
「あります!使われたことがないのによくご存じですね!」
「使われたことがない?」
「はい。だって、戦争なんてなかったものですから。」
「そりゃそうだ。いつからあるんだ?」
「この要塞が作られた時に、最初から設計されていたようです。この建物の最高部に設置されていますが、外部からは見えません。」
「へえ、ここを建てた奴は天才だな。使われてないとすると、敵もその存在を知らない?」
「だと思いますよ。」
「いいね。威力は?あ、使ってないから分からないのか。」
「そんな訳ないじゃないですか。いざ使おうとした時に使えないのでは困りますから、年に一度はチェックしてます。威力はかなりありますよ。丁度ここから見える丘陵の中央辺りに落ちます。伸び縮みする素材の網に石を詰め、ばねで飛ばすタイプです。」
「素晴らしい。よし、作戦会議だ。地図をよく見ろ。」
三人は顔を突き合わせて、地図の上に屈みこんだ。




