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亡霊に取り憑かれた王女  作者: 曉月 栞


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14/85

パリアグラスとハジャとタスカと英雄

 「お目当ての人物は見つかりましたか?」


 ケールが朝食のワゴンを引きながら、書庫に入って来た。


 「え……もう朝?いつの間にか寝てしまったみたいだ。」


 「お休みになられます?朝食はこちらに置いておきましょうか。」


 「や、食べるよ。お前も一緒に食べよう。」


 「では、お言葉に甘えて。」


 二人は手際よく朝食のテーブルを整えた。


 「死亡録に載っていましたか?」


 「いや、残念ながら……。」


 「そうですか。どういった人物なのですか?お役に立てないかもしれませんが、心掛けておきますよ。」


 ケールの質問に、リアはうーんと唸った。


 「恐らく、歳は若い。」


 「なるほど、それから?」


 「何か、やり残したことがあるかもしれない。或いは最愛の妻か子供がいて、一目会いたかったのかもしれない。」


 「はあ……。それから?」


 「それだけだ。」


 「それだけ!?」


 「あと言うなれば、うっかり者の類かもしれない。しっかりしてそうに見えて落とし穴が沢山ある。いや、落とし穴だらけだ。それから……惚れっぽくて女好き!私のようなブロンドが好みのようだ。」


 「あの、リア様、それは私に対する敬遠球のようなものですか?」


 「何だ、それは?」


 「いえ、何でもありません。あの……リア様は、何故そのような人物に心を惹かれておいでで?」


 「何となく。じいちゃんが面白可笑しく話してたんだよ。でも、大方のところ忘れてしまった。」


 「そういうもんですかね。名は?」


 「それが分かっていたら、こんなに時間は掛かっていないよ。」


 「それはそうだ。うーむ、中々難しそうですねえ。」


 「だよな。しかし私は、切実にこの人物を見つけたいのだ。」


 「そうですか。あまり期待は出来ませんが、地元の年寄りにでも話を聞いてみますよ。」


 「ありがとう、助かる。」


 「いいえ。リア様は……この件でペイジに足繫くおいでで?」


 「え……?違うよ!そもそもお前が要請したんじゃないか!地方では抑え切れないかもしれないから、中央から誰か来てくれって!」


 「覚えてらっしゃいましたか。」


 「当り前だ!で……どうなってるんだ?」


 「端的に言うと、ペイジもハルナックも、互いの要塞から兵を出してはおりません。しかし、両地の農民、漁師の諍いは過度に加熱し、嫌がらせは悪質になり、出兵してくれと陳情される有様です。」


 「そう……。残念っていうか、相変わらずっていうか。どう悪質なんだ?」


 「例えば、ハルナックの農民は夜間の間にペイジに侵入し、摘み時のパリアグラスをありったけ摘んでいったりします。」


 「酷いね。」


 「うちも人のことは言えません。夜間の間にランウェル橋を越えてノーセット川を上り、ハルナックの漁師がハジャを捕るために掛けた網を外してしまいます。」


 「厳重注意はしてるのか?」


 「当然です。夜間は検問を出しています。しかし、昨日通って来たみたいな西側に行かれると、それも儘なりません。馬で駆け付けることは出来ますが、軍がいるとバレてしまいますからね。」


 「それはよくないな。」


 「そうなんです。この状態が長く続いています。現地の不満ははち切れそうです。」


 「ハルナック隊の動きは?」


 「特にありません。うちと同じように多くの見張りを出している筈ですが。向こうも下手に動けないんですよ。」


 「うん。」


 「下手に動き回ってしまったら、()()()戦争の発端を作ってしまう可能性がある。百五十年前の両国の王が、何とか和平を取り付けた悲願の境界だというのに。」


 「うん……。」


 リアは溜息をついた。


 「パリアグラスとハジャの生息地が随分変化していると聞いたが?」


 「その通りです。パリアグラスは、このノーセット川沿いにふんだんに生えている水草です。摘んでも摘んでも生えて来る。しかし不思議なことに、パリアグラスはこの川以外で生えているところを見たことがない、貴重な水草です。」


 「パリアドレスだな。」


 「ええ。パリアグラスに様々な加工を加えると、それは美しいピンクのパリア生地になる。この生地でドレスを作ると最高級品となる。リア様もお持ちで?」


 「うん。あまりピンクって好みじゃないんだけど、パリアピンクは別格だ。華やかだけど凄く上品な光沢があるんだ。」


 「でしょうね。私も布地の段階で見せて貰ったことがありますが、何て綺麗なんだろうって思いました。」


 「で、パリアグラスの生息域が南側、つまりセイントレア側に移っているのだな?」


 「そうです。何故かこちら側の水際には豊富に生え、アーネスタント側は減っています。ですから、アーネスタントの水草農家は夜間のうちにこちらに侵入し、パリアグラスを摘んでいってしまう。」


 「うーむ。」


 「こちらの水草農家は大打撃です。川なんて縄張りがないように見えますが、実はあります。沢山茂っているところを皆で狙ったら、あっという間になくなってしまいますからね。それぞれの農家が管理しているので、自分のところの農地が狙われたらひとたまりもありません。かと言って、勝手に他から摘むとどうなるか、長い歴史が物語っています。」


 「よくて一家惨殺だな。で、逆の現象がハジャに起きていると?」


 「はい。ハジャはこのノーセット川でしか捕れない高級魚です。奥深い芳香、上品な白身、なのにほろ苦さのある肝を持ち、何とも言い難い味わいがある。」


 「食べたくなってきたじゃないか。」


 「ハジャは小ぶりであればある程、珍味とされています。ですが……。」


 「産卵場所が北へ移動している?」


 「そうです。ハジャの産卵は、毎年北へ北へと移動しています。残念ながらランウェル橋を潜ってこちらへ来るハジャは、どれも大きく育っています。」


 「大きいのも旨いけどな。」


 「充分旨いです。ですが、稚魚だとその数十倍は旨いです。」


 「うーむ。」


 リアは頭を抱えた。この地は、遥か昔から戦が絶えない。その諍いの種になっているものが生物であるなら、それを制御するものがあるのだろうか。


 「パリアグラスにしてもハジャにしても……何でそうなるんだろうな。」


 「私、調べてみました。それで確信は持てないけれど、ちょっと気付いたことがあるのです。」


 「調べた?」


 リアはケールに目をやった。ケールは淡々とシフォンケーキにホイップクリームを塗り付けて、旨そうに食べている。


 頬っぺたにクリーム付けて……。お前、それでいいのか!?あ、いいのか。そういえばこいつ、甘いの好きだっけ。こんな辺境の軍じゃデザートなんて出ないもんな。私がいるって知っているから、特別に作ってくれたのか。


 「食べて。」


 リアは自分のケーキ皿をケールに寄せた。


 「食べないんですか?旨いですよ。」


 「お腹いっぱいになってきて。所詮私は朝からステーキ女だしね。」


 「?よく分かりませんが、いらないのなら頂きます。」


 「うん。……で、パリアグラスとハジャの調べはどうだったんだ?」


 「どうやら、豊作と豊漁に周期があるようなんです。」


 「周期?」


 「ええ。パリアグラスはおよそ五十年から七十年の周期で、ハジャは三十年から四十年ほどで、ノーセット川を行ったり来たりしています。」


 「そうだったのか!!よく気付いたな!」


 「ね。時折学者が来てパリアグラスとハジャの生態を調べてましたが、生息域の移動については調べなかったみたいですね。」


 「凄いじゃないか!これで、不作不漁になる時期の予測が出来る!今はどうなんだ?」


 「今はどちらも遠ざかり中ですね。只、ハジャの戻りの方が早いから、ハルナックの貧困は続き益々荒れるでしょう。遠い将来、同じことがペイジにも言えますが。」


 「うーむぅ……そんなからくりがあったのか!でかした、ケール!」


 「そうですか?」


 「そうですとも!今までに調べた者はいないんだろ?」


 「恐らく。不漁が続くなあ、という実感は大いにあったと思いますが。」


 「アーネスタントは気付いているのかな?」


 「どうでしょうねえ。あ、そう言えばアーネスタントのことなのですが……。」


 「何か動きがあったのか?」


 「最近こちらへ、タスカ王子が来たようです。」


 「タスカが!?」


 リアは驚いて聞き返した。


 タスカ・アーネスタント――――。

 その名はセイントレアでも、広く知れ渡っていた。但し、得体の知れない王子として。

 セイントレアはアーネスタントとの国交はなく、噂は他国から入って来た。そしてそれは、聞けば聞くほど謎に満ちた、訳の分からないものが多かった。


 「何しに来たんだ?タスカを見たのか?」


 「うちの見張りが確認しております。男三人が馬に乗って、昨日の我々がしたようにランウェル橋を渡ったり、草原を走らせたりしてました。うち二人は恐らくハルナックの兵士だろうと見当は付いておりましたので、動向を伺っておりました。」


 「何故タスカだと分かったんだ?」


 「ペイジとハルナックはいがみ合って殺人が起こるほどですが、全員がそういう訳ではありません。何となく顔見知りで、ランウェル橋で擦れ違えば挨拶くらい交わす、という民もまあまあいます。伝わったのはその辺からです。」


 「なるほど。視察の目的は……下見か?」


 「そう考えておいた良いと思います。もし戦争になったら、どこに兵を置き、どう攻めるか。でも、彼の目的はそれだけではなかったようです。」


 「何だ?」


 「人捜しです。」


 「人捜し?」


 「伝説の英雄を捜しているそうです。」


 「はい――!?」


 リアは驚愕して、椅子から落ちそうになった。


 「では私とタスカは、同一人物を捜しているということになるのか!?」


 「微妙に違います。タスカ王子が捜しているのは、伝説の女騎士です。」


 「女?どういうことだ?」


 「聞きたいのはこっちです。リア様、どういうことです?」


 「え?」


 「二大国の王子と王女が、何故遠い昔の英雄を捜しておられるんですか?」


 「う、それは……。」


 リアは言葉に詰まった。


 「う、う……本当に、個人的なことなんだ!ケール、頼むから聞かないでくれ!説明するのが物凄く難しい!」


 「ま、無理には聞きませんけど。」


 「そうしてくれると助かる。タスカが捜していたのは女騎士か。偶然と言えば偶然だが、別人だな。見つかったのか?」


 「見つからなかったようです。ハルナックでは墓を訪れ、戦死者の為に熱心に祈られていたそうですが。」


 「そう。……調べた?」


 「勿論です。」


 「優秀な部下を持って、幸せだよ。で?」


 「こちらの記録にもありませんね。豪傑の女騎士は歴史上時折登場しますが、ランウェルの戦いではいなかったようですね。」


 「むうぅ……。」


 リアは唸った。


 「タスカか……。本当に実在するんだな。」


 「そのようですね。」


 「タスカの何を知っている?」


 「殆ど何も知りません。只、恐ろしく戦いに強いということくらいしか。」


 「そうなんだよな、凄く強いみたいだよな。どんな感じだった?」


 「ごく普通だそうです。私も背が高いとか大男とかを想像していたのですが、平均男性の背丈、体格はやや瘦せ型、寧ろ華奢な印象があったそうです。」


 「うーん、本当に強いのかもな。」


 「そうなんですか?」


 「想像を裏切っている時点で、既に有利じゃないか。相手がなめてくれる。」


 「確かに。」


 「だけど、それとは別の噂もある。」

 

 「と、言いますと?」


 「戦いとは無縁で、病弱で、軟弱で、滅多に表に出て来ないって。」


 「真逆じゃないですか!」


 「そうなんだよ。色白でスカートをはき、城の奥に閉じ籠っているって。」


 「……。」


 「実際、タスカは王女だって噂まであったくらいだ。本当に男だった?」


 「だと思いますよ。リア様は今乗馬服を着ておられますが、誰も男性だとは思わないでしょう?うちの見張りも、遠目から見てもそこを間違えることはないと思いますよ。」


 「だよなあ……。」




 コン、コン、コンッ!!




 書庫の扉はけたたましく叩かれ、開いた。そこには二人の男が立っていた。


 「どうした?」


 ケールは先頭にいる兵士に声を掛けた。


 「リア様宛に、急使です!」


 「急使!?」


 リアとケールは、顔を見合わせた。




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