死亡録
「で、一体何をお探しで?」
ケールはペイジ宿舎の書庫で、胡散臭そうな目をリアに向けた。
「何って……宝だよ。」
「宝……ですか?金でも出るんですか?こんな草原で鉱石が?それとも、遠いご先祖が莫大な財を埋めたとか?」
「…………。」
「そんなに王家は困窮してるんですか?リア様は随分熱心に祈ってらした。」
「…………。」
「残念ながら、こちらにそんな記録はありません。こんな隊の庭のような場所で、気付かれずに財を埋めるなんて不可能です。例え時の隊長が圧力を掛けられて記録を残せなかったとしても、後任者に分かるように何らかの手掛かりを残す筈です。あ……!!」
ケールは慌てて口を噤んだ。そんなケールを見て、リアはうっすらと笑う。
「今更いいよ。」
「…………。」
「そのくらいやれないと、隊長には向かないもんな。」
「うっ……。」
ケールは言葉に詰まり、下を向いた。
……今のリア様は意地悪だ。鼠を追い詰めた猫のように嬉しそうな顔をしている。あの謎の祈りが何だったのか知りたいが、取り敢えず今は退散しよう。
ケールは失礼しますと言って、一礼した。
「ちょっと待って。」
「はい……。」
「……記録だよ。」
「は?」
「私が欲しいのは記録だ。」
「だから、そんなものありませんって。」
「違う、私が欲しいのは死亡録だ。」
「死亡録?」
ケールはぽかんと口を開けた。
「そう、死亡録。先のランウェル橋の戦いで死んだ兵士の、死亡録が見たい。」
「先のランウェル橋の戦い……?百五十年前の記録ですか!?」
「そうだ。何かさ、凄い戦いをしたのに、全然日の目を見ることなく死んだ兵士がいるらしいんだ。」
「そうなんですか!?」
「分からない。私もおじいちゃんにお伽話で聞いただけだから。でも、何だか気になって。」
「だから、あんなに熱心に祈りを?」
「うん。」
ケールは書庫に梯子を掛けて登り、上段の棚の鍵を開けた。埃一つない数冊の綴じられた冊子が引張り出され、ケールは慎重に冊子を持って降りて来た。
「これが百五十年前の死亡録です。確か写しが、中央本軍の書庫にもあったと思うのですが。」
「もう見た。でもこんなに分厚くなかったよ。漏れてる者が沢山いるようだ。」
「そうでしたか。」
ケールは冊子を机に広げた。
「基本的に亡くなった者の名前の羅列です。只、非常に活躍した者や地位のある者には、このように追録が書いてあります。」
「なるほど。ところで、アーネスタント兵の記録はあるのか?」
「多少は。但し、名のある勇士に限りますね。」
「そうか。ありがとう、今夜一晩じっくり見させてもらうよ。」
「何かお手伝い出来ることがありますか?」
「いや、特にない。お前はゆっくり休んでくれ。」
「はい。もっと古い記録をご覧になりたかったら、あの棚の奥に入ってます。ご自由にご覧になって下さい。」
「うん。」
リアは既に、貪るように冊子を読み込んでいる。ケールは邪魔をしないように、そっとその場を離れようとした。
「勇者じゃなくてもさ。」
リアがぽつんと呟き、ケールは振り返った。
「凄い活躍をしなくても名前がなくても……みんな尊いよな。」
リアは相変わらず熱心に、書面に目を落としている。小さな松明が黄金色の髪を照らし、瞳には小さな炎を移したかのようだ。
この人は何故こんなところにいるんだろう――?
ケールはふと思う。
確かまだ十七だった筈だ。本来なら必死に縁組先を探している年齢だ。煌びやかなドレスに身を包み髪を結い上げて、夜毎の舞踏会でダンスする――。
この人は何故こんなところにいるんだろう?
中央から最も離れた国境の地で、百五十年前の戦いで死んだ、兵士の死亡録を読んでいる。名も無き兵士の死を、尊いと言っている。
女神――――。
そんな言葉がケールの頭を過ぎる。
何度も見て来たじゃないか。小さな松明を掲げて、常に軍の先頭を行く姿を。てきぱきと指示を出して、一つでも無駄な命が出ないようにと心を尽くす。かと言って保身の為に身を守るのではなく、ここぞという時には一気に兵を投入する。
自分は、この人の為に死ねる――――。
ケールは彼女に駆け寄って、足元に跪きたい気分だった。しかし、そうはしなかった。
「リア様、お休みなさい。」
「うん、お疲れ。」
ケールは深々と腰を折って、そっと部屋を出た。




