死んだ場所
……やはり、東側ではない?
リアは頭の中の亡霊に、そっと話しかけた。
……だと思う。こっちの西側の方だと思う。
……そうか。どの辺で死んだのか分かるか?
……うーん、リア、ちょっとランウェル橋を振り返ってくれる?
……うん。どうだ?
……やっぱり、もう少し北側だな。
……分かった。
リアはランウェル橋を時々振り返りながら、少しずつ北へ寄った。
「アンルーシュ様!あんまりそっちへ行かないで下さい!さっきから一体、何をしておられるんです?」
ケールが泣きそうな顔をしてリアに訴えた。
「いや、ま、その……宝探しみたいなもん?」
「宝探し……ですか?」
「んー、そんな感じ?大丈夫だって!北側には行かないように、何度も橋で確認してるだろ?」
「そのようですが、こっちはヒヤヒヤです!」
「ごめん、ごめん。気を付けるから。」
★★★
……ははは!!宝探しか!うまいこと言うな!
……お前が言うな!
……ごめんね、ありがとう。
……それより、お前の死んだ場所はどこなんだ?ひょっとして、ハルナック側なんじゃないか?
……どちら側でもないな。ランウェル橋がほぼ正面に見えていたから。
……丁度、境界上か。この辺はどうだ?
リアはランウェル橋を振り返った。
……いや、もう少し橋から離れていたと思う。
……分かった。
リアは西へ馬を進めた。
……リア、聞いていい?
……何だ?
……セイントレアとアーネスタントは行き来が出来ないんだろ?
……そうだよ。
……この草原を通れば凄く簡単じゃない?
……そんなこと、誰もが思ってる。
……じゃ、何故?
……がっつりうちの見張りと、アーネスタントの見張りが監視しているからさ。この辺はまだ橋が見える範囲だから大丈夫だけど、もう少し西へ行くと、いつハルナック隊が検問に来てもおかしくない。
……もっと西へ行けば?どっちの兵士の監視も届かないくらい遠くへ。
……そうすると、イアンナール国へ突き当たる。
……へえ。一旦イアンナール国へ入国してから北上し、東へ抜ければ?簡単にアーネスタントに行けるんじゃない?向こうにとっても。
……それがそうもいかないのだ。立地的には可能だ。イアンナールは南北に伸びている縦長の国で、セイントレアともアーネスタントとも接している。しかし、イアンナールは規律が厳しい国なんだ。イアンナール周辺では勿論軍が待ち構えているし、そもそも自国民が他地へ移動することを嫌う。国の随所に置かれている関所を通り抜けてアーネスタントへ渡ることは、不可能だと思うよ。
……なるほど。取引はあるの?
……国としては、ない。係ると面倒臭そうな国だから。だが、民には強要していない。商売をしたければ、国の保護なしに好きにやって貰っている。
……面白いな。
……だろ?私も興味深くて、何人か商人を呼んで話を聞いてみた。だけど、よく分からなかった。酷い扱いを受ける訳ではないらしいが、戻ってくるまでの期限が決められていて、それを破ると多額の罰金を取られるんだ。本当に目的地に直行して、すぐに帰って来るらしい。物見遊山が出来る状況ではないようだ。
……ふうん。謎の国だね。
……そう。…………この辺はどうだ?
リアはランウェル橋を振り返った。
…………此処だ。
……そうなのか!?
……そう、此処!!丁度この辺!!ランウェル橋からの距離もこんなもんだし、ほら、あそこにぽつんと楠が生えてるだろ?そうだ、此処だ!!
……そうか!何か思い出したことはないのか?愛する妻の顔とか、やり遂げたかった使命とか。
……な、無い!!
……えーい、クソ!!気分はどうだ?急にお空に還りたくなったとか?
……特に無い!!
……ふざけんな!……よし、私が祈ってやろう。彷徨える亡霊が迷わないように真剣に祈ってやるから、お前も真剣に還れ。
……還るってどこに?
……分からないけど……空とか神様のところとかおじいちゃんのところとかだよ、多分。
……どこだろうねえ。
……どこでもいいけど、私の中にいるよりは居心地が良い筈だ。
……リアの中も居心地がいいよ。
……うるさい!!つべこべ言わずに真剣に還れよ!!
……分かったよ。
リアは馬から降りて草原に跪いた。
「あの、アンルーシュ様。何をしておいでで?」
ケールがぽかんとした顔でリアに尋ねた。リアはきっと振り返り、鋭い眼差しをケールに向ける。
「あのさ、私は今、もの凄く真剣なのだ。ちょっと黙っててくれないか?」
「…………。」
只ならぬリアの気配に、ケールは押し黙った。何が何だか分からないが、自分だけ馬に乗っている訳にもいかず草叢に跪く。
★★★
リアは祈った。
嘗てない程、真剣に祈った。
亡霊の為に祈っていた筈が、いつしかこの地に倒れた全ての兵士の為に祈っていた。
国土を守る為――。それは致し方無いことなのだろう。
しかしそれは、王家が殺したのだ。そしてその戦いは、今後も続いていく。この地に国土がある限り。
長い祈りの後、リアは大地に額突き、空を見上げた。相変わらず綿菓子のような雲が、形を変えてふわりふわりと漂っていた。
そっと頭の中に話し掛ける。
……亡霊。
………………。
……亡霊。…………逝ったか……。
リアはふうっと息を付いた。その時、頭の中に声を聞いた。
……リア、ごめん。俺まだいるよ。
……!!
……あんまりお祈りが綺麗だから、うっとりしちゃった。
リアはガクッと肩を落とした。




