ペイジ再び
「リア様、本当に体調は大丈夫なのですか?」
ケールは心配そうな目をリアに向けた。
「大丈夫だって!ケール、お前には迷惑を掛けたな。城まで早駆けで走ってくれてありがとう。」
「とんでもございません!!実際、方法は色々あっただろうに、居ても立っても居られなくて自ら出向いてしまいました。」
「皆、兵士の亡霊が現れたって騒いでたよ。」
「む……まあ、そう見えてもおかしくはなかったのかもしれません。それにしても!!またお一人でいらっしゃるなんて!!誰にも言わずにいらしたでしょう!?」
「ジェマーソンには言ったよ。」
「では、何故!?」
「本当に、大事にはしたくないのだ。アーネスタントに中央が関与してると思われたくない。」
「そ、それは……!」
「何だ?」
「いえ……。」
ケールは言葉を詰まらせると草原を見渡し、遥か遠くにいる旅人を装ったアーネスタントの兵に目を遣った。
「鶫の鳴き声ほど美しいものはありませんからね。」
ケールが唐突にそう言うと、リアはうん、と頷いた。
それは、軍で使う隠語だった。
セイントレアでは、並外れて視力が良い者のことを鶫と呼ぶ。
――鶫がいるかもしれません。唇の動きにご注意下さい――。
ケールからの警告だった。
「それはそうと!今度こそ橋を渡らなきゃ!行くぞ。」
「アンルーシュ様!本当に体調は良いのですね!?」
これも、一つの隠語だった。
アリアンルーシュキャロル――リアの名は長い。
素性がばれないようにと段階的に仕組まれた、ケールからの配慮だった。リアのことをアリアンと呼ぶ者は、誰もいない。
「勿論!だがな……。」
「何ですか?」
「何だか……あれ以来、独り言が多くなったと言われてな。私がぶつぶつ言っていても、気にしないでくれ。」
「はあ……。」
ケールは首を捻りながら、リアの前に馬を遣った。
★★★
「大分、老朽化が進んでいるな……。」
リアはランウェル橋の中央で足を止めて、左右を見渡した。
「ええ。頑丈に作られている橋なので、今すぐどうのこうのという訳ではないのですが、補強は必要です。」
「だろうな。あの手摺が崩れ落ちている所は何なんだ?強風か?」
「いえ、人災です。」
「人災?」
「ええ。ペイジとハルナックの漁師が喧嘩になり、縺れ合いながら川に落ちた跡です。」
「無事だったのか?」
「いえ。ペイジが二人、ハルナックが二人の喧嘩だったのですが、縺れ合って落ちた二人が亡くなりました。」
「ったく!くだらないことで命を!!」
「我々にそれが言えますか?」
「…………。」
「すみません、口が過ぎました。」
「いや、いい。」
リアは橋の上から見える、南北を優雅に貫くノーセット川に目を遣った。
この橋より北は、アーネスタント国のハルナック。南はセイントレア国のペイジ。この橋は、どちらの国の物でもない。
現に、どちらの国とも分からない農民や漁師が行きかっており、お互いに挨拶を交わしたり、馬上にいるリアとケールに目礼を送ったりしていた。
「今は穏やかに見えるが?」
「そうですね。しかし、諍いは突然起こります。今何が起こっても、我々は驚きません。」
「そうか。」
リアは再び、橋を行き交う人々に目を遣った。
「……で、仲裁には入らなかったんだな。」
「ええ、固く禁じております。勿論あの橋の見張りは気付いておりましたが、関与しませんでした。」
「人が二人死んだのに?」
「落水の音がした時、見張りの二人はお互いがお互いを押さえていました。恐らく、アーネスタントの見張りも同様でしょう。……漁師の喧嘩です。」
「そうだな。」
リアは空を見上げた。
それが最善の方法なんだろうな――。
リアは柔らかくかかる雲を眺めながらそう思う。
この地に至っては、決して軍が関与してはならない。漁師の喧嘩で済ませるのだ。ケールに限らずこの地に送られた者の、中央からの厳重な命令だった。
もし自分がこのペイジの司令に任じられていたら、果たしてその令を守れただろうか――。
リアは一つ首を振ってケールを振り返った。
「周辺を見たい。」
「周辺と言いますと?」
「この辺を適当に歩き回ってもよいか?」
「別に構いませんが。只、この橋より北側には決して足を踏み入れないで下さい。そこはもうアーネスタントですから。」
「分かってるって。このまま橋を渡って東へ進むと崖だったよな?」
「そうです。西側と同じように川の周辺には草原がありますが、すぐ崖に行き当たります。」
「戦場としては向かないよな?」
「戦場?まあそうですね。山だったら好都合な面も多いのですが、崖では馬も行けません。」
「だよな。でも、一応行っておく。」
「分かりました。」
長い間橋の中央にいた彼等は、ゆっくりと馬を進めて再び橋を渡り始めた。




