ケース3 春、去り際に燃ゆる想い㉖
コール音が三度鳴った後、元気な店員の声が創太の耳に飛び込んでくる。創太は下手な敬語で用件を伝えると、「担当者の者に確認しますので少々お待ちください」と返答があった。
来世が、真剣な面持ちで創太の様子を眺めていると、「ええ!」と素っ頓狂な声で創太がのけ反った。
「は、はい。分かった。じゃ、じゃなくて分かりました」
電話を切った創太は、来世に振り向く。顔は、驚くほど青ざめていた。
「あ、あのよ。面接してくれるって」
「ほう、それは何よりだ。いつだ?」
「今日」
「何? 急な話だな。……ま、仕方ない。もしかしたら、武藤さんもお前と話したいのかもしれない。車で送ってやる。それまでに何を話したら良いか、考えをまとめておけ」
創太は待ってくれよ、と泣きべそをかいたが、来世は聞く耳を持たない。引きずるように車に乗せ、スポーツティーチャーへ向かった。
車内は、車が路面を駆け抜ける音と来世がアクセルとブレーキを踏む音だけで満たされる。創太は、履歴書を確認したり、不安げに外を眺めたりするだけで一切言葉を発しなかった。
「……フン、そろそろだな」
来世は、スマホで場所を確認して前の信号を指差した。
「あの信号を左に曲がれば、左手に見えるはずだ」
「そ、そ、そうかよ」
信号は現在赤だ。創太は青に変わらないで欲しい、と願うように目をつぶっている。
来世は、ハンドルを人差し指でリズミカルに叩きながら、声をかけた。
「今朝、しだれと出会ってな、お前の母さんの話を聞いた」
「え、そうか。忙しくって最近顔を見せに行けてねえな」
「お前が、まともに働こうとしている話を言ったら大層喜んだそうで、しだれを経由してこれを預かっている」
来世は懐から親指サイズの熊のぬいぐるみを取り出した。
「ほらよ」
「あ、ああ。これ、懐かしいな。昔、お袋が元気だった頃によく作ってくれたよ。お守り代わりだって言ってな。まだ、持ってたんだな。……かー、子供じゃねえんだから、恥ずかしいつーの」
そう口では言いながら、しっかりとぬいぐるみを内ポケットにしまう。
来世は、口元にわずかな笑みを浮かべ、前を見た。信号はちょうど青へと切り替わり、車が速やかに発進する。
角を曲がると、来世の言う通り左手に件のスポーツショップがあった。
来世は路肩に車を停めると、創太の肩を押す。
「ほら、降りろ。早く」
「ちょ、待てよ。こ、心の」
「悠長なことを。あと二分で面接の時間になるんだがな」
「へ? は! マジだ! てめ、ふざけんなよ」
創太は、車から飛び出す。
来世は、大声で笑った。わざと時間ギリギリになるように調整して、車を走らせていたのだ。
「これで、余計なことをあーだこーだ考えなくて済むだろう」
来世は、缶コーヒーを口に含んでから、緩やかに車を走らせた。




