ケース3 春、去り際に燃ゆる想い㉔
来世は、考えた。何を? 当然、創太をどうサポートしていくかである。正直な話、面倒だし、来世は自堕落な人間が嫌いだ。自堕落の概念を人間にしたような男=創太という図式が成り立っている来世としては、あまりやる気は出ない、がそこはプロだ。気持ちを無視して仕事を完遂するのはお手の物。
「違う、チンピラみたいな挨拶の仕方じゃなくて、きちんと頭を下げろ。まず、背筋を伸ばせ」
魔眼屋の事務所で、硬い表情で似合わないスーツを着る創太に、来世はかれこれ二時間は怒鳴りっぱなしである。
来世が出した結論は、彼を真っ当な職に就かせることだ。魔眼屋は複数の依頼を抱え込んでいる。創太が更生するまで、長い間彼に付きっきりで面倒を見るわけにはいかない。となれば、社員の教育に力を入れていそうな会社に就職させて、鍛えてもらうのが良いだろう。
それが、来世の考えだったのだが……。
「お前、やる気あるのか? 母親と亮のためにも、きちんとした仕事に就いて、地道に借金返済と治療費の支払いを頑張るって言ったばっかりだろうが」
「そ、そうだけど。俺はあんたみたいなデキル人間じゃねえんだよ。ちくしょう」
来世は方針を固めてからというもの、何度も面接の練習と職探しをサポートした。創太も気持ちを入れ替えたのか、泣き言をこぼしながら頑張ってはいるが、今のところ五社面接に行き、その日のうちに不合格の連絡をもらっている。
――ガチャ。
入り口の扉が開く音が聞こえ、
「おはようございます」
「来世ちゃん、お買い物終わったわよ」
と元気な声が場を華やかにした。
「よう、来たか。ふう」
「お疲れ様です」
魔眼屋の従業員である里香と幸子は、創太を見るなり苦笑した。
「あんまり来世ちゃんを困らせたら駄目じゃない」
「あ、うるせぇよチビッ子。あっち行ってろ」
ぞんざいに手を振る創太。ムッと頬を膨らませた幸子は、手毬を手に取ると、創太に向けて投げる。「えい」と可愛らしい声とは対照的に、鋭い早い弾道を描いた手毬は創太の顔面にヒットし、彼をソファに沈める。
「痛てぇ! が、ガキのくせになんて球を放りやがる」
「ふふん、礼儀がなっていないから罰を与えました。あんまり調子こかないでよね」
里香は、腹部に手を当て、涙目になりながら笑った。
「アハハ、面白い。創太さん、芸人さんになるのも良いんじゃないですか?」
「フン、そいつは良いアイディアだが、まともな結果にはならんだろうな。はあ、どうしたもんか」
来世は、テーブルに置かれた求人雑誌を拾い上げ、パラパラとページをめくった。正社員のページを流し読みしていると、ピタリと動きを止める。
「スポーツショップの販売員募集か」
業種・職種未経験可、学歴不問、筆記試験なし、と記されている。来世はこれだ、とページの端に折り目をつけた。
「おい、この『スポーツティーチャー』って店はどうだ? 場所もお前の家から近いし、待遇面もまずまずだ。陸上の経験があるお前にぴったりな気がするが」
確かに、と里香と幸子も同意する。が、創太だけは、気まずそうに首を振った。
「や、俺も良いと思ったんだ、そこ。でも、よ。そこだけは駄目っていうか」
「どうして駄目なんだ?」
「ま、何となく?」
どうにも歯切れが悪い。これは、何かあるに違いない。そう判断した来世は、デスクに座り、ノートパソコンを開いた。
ひとまずスポーツティーチャーのサイトにアクセス。落ち着いた雰囲気のサイトで、あまり若者受けはしなそうだが、安心感があった。
(トラブルをこの店で起こしたから行きにくいのか? いや、自堕落な生活を送っていたこいつが、スポーツ用品を買いに行く姿が思い浮かばん。なら、トラブルがあったとするならば、店よりも個人か)
そう当たりを付け、来世はTOPページから代表者の紹介ページに飛ぶ。そこには『武藤 八郎』という人物のプロフィールが掲載されている。
顔写真の武藤は、浅黒く皺の刻まれた顔で笑っていた。今年で五十六歳になるらしいが、表情の若々しさのせいだろうか、十歳は若いように見える。
来世は、ページの下の方までスクロールし、彼の経歴を眺めると目を細めた。
「創太、お前、武藤 八郎という名に覚えはないか?」
「へ、いや、ね、ねえよ」
声が裏返っている。来世は、ノートパソコンを創太の前に置くと、画面を指差した。
「この人は、昔お前が通っていた高校の先生をしていたらしい。それも陸上の顧問として活動した、とある。勤めていた時期を考えるに、お前が知らないはあり得ないはずだが?」
「う、うるせぇよ。関係、ないだろう」
来世は、幸子にアイコンタクトをし、ニヤリと笑った。
「そうだな、確かに関係がない。ただ、お前を託す先としてはスポーツティーチャーは適任に思える。……お前、神の存在は信じるか?」
創太は、間抜けな顔で口を開けた。
「や、突然なに?」
「幸子」
来世の表情が伝染したように、幸子もニヤリとした笑みを浮かべた。
「ねえ、私、邪破教って宗教のね神様なの」
「あーはいはい。お嬢ちゃんはあっちで遊んでな」
創太が手毬を放り投げる。手毬は見事なコントロールのもと、幸子の手元に吸い込まれた。……はずだったが、手毬は宙で静止した。
「は、はあ? すげ、マジックじゃん」
「違うわよ。バーカ」
幸子の姿が消えた。素早い動きによるものではなく、文字通りの消失。創太は泡を食って周辺をくまなく探した。
「アーホ、バーカ、間抜け」
「あ、はあ? どっか声が聞こえてんだ。う、後ろ、あれ? いねえ」
「ばあ!」
「キャアアアアアアアアア」
何もないはずの空間から現れた幸子に、創太の黄色い悲鳴が轟く。
すっかり腰を抜かした創太は、震える手で幸子を指出す。
ありえない、でも。事実を否定したい気持ちが創太の心で乱舞するが、しつこく何度も消えたり現れたりする幸子を前に膝を屈した。
「分かった。わーたよ。あんたはマジもんなわけだ」
「そう、神様なの。でね、武藤ちゃんのお店で働きたくない理由を話して。でないと天罰を与えちゃうわ」
「え、マジ」
創太の震えは倍増した。冷や汗が全身から吹き出し、ソファに落ちる。それを見ていた来世が舌打ちをするので、里香がタオルを創太に手渡した。
「こら、幸子ちゃん脅しすぎ。創太さん、安心してください。今の幸子ちゃんの天罰は命を奪いません。前に私をしつこくナンパした人は、足を骨折するだけで済みましたから」
「え、全然安心できねえんだけど。ナンパで骨でしょ」




