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ケース3 春、去り際に燃ゆる想い㉓

 昨日の豪雨が嘘のように、天気は子供の笑顔のように晴れやかだ。

 来世は椅子に座り、黙々と艦船模型を組み立てていた、……が、しかし。

「おい、めそめそうるさいぞ。趣味くらいじっくり楽しませてくれないか?」

「う、ぐ、む、無理だ」

 事務所のソファには、しょぼくれた様子の創太が座っている。彼は昨日の天候を引き継いだかのように、顔じゅうを涙と鼻水とよだれで汚し、来世の顰蹙を買っている。

「終わったことだ、忘れろ。お前を慕っていた後輩は無事だったんだ。……まあ、しばらくはまともに飯は食えないかもしれないがな」

「そうだ、あいつは俺のせいで、おおう!」

 涙を鎮めるつもりが、逆にあおった形になる。来世は、こめかみを人差し指で刺激し、また作業を再開した。

 ――鼻をすする音に、プラモデルを組み立てる音。不出来な子守唄をBGMに、時間が進む。

「ん?」

 固定電話が鳴り響く。来世は、仏頂面で受話器を手に取り、耳に当てた。

「おはようございます。魔眼屋の来世です」

 返答がない。来世はわざと聞こえるように舌打ちをしてから電話を切ろうとする。しかし、聞き覚えのある野太い声に動きを止めた。

「よう、来世。昨日はどうも」

「お前は……」

「おっと、俺の名前は喋らないでくれ。近くに創太がいるんだろう? あいつに俺が電話の相手だと気付かせないように頼むわ」

 電話の相手である獅子王は、真剣な声音で頼み込んだ。

「何の用だ?」

「まあ、そうカリカリすんな。昨日は昨日、今日は今日だ。あー、こんなことオメーさんに頼むのはスジ違いなのは承知してるが、俺じゃちょっと上手くできねえことなんだ。俺からの正式な依頼として、頼みを聞いちゃくれないか? な、はずむぜ?」

「どういうことだ?」

「驚くなよ。創太と俺は腹違いの兄弟だ」

 来世は危うく受話器を落としそうになった。

「順を追って説明するとだ、俺の親父は、スケベでな。昔、まだ若頭だった時に、色んな女と遊びまわっていたんだが、浮気というにはあまりにも真剣に惚れ込んだ女がいる」

「まさか、それが……」

「そう、創太の母親だ。つっても、創太の母親は親父が既婚者で、ついでにスジモノだって知らなかったらしくてな。正体がバレちまった後は、別れを切り出されてそれっきりらしい」

「おいおい、ヤクザの関係者って言わなくとも、普通は分かるだろう。その話、本当なのか?」

 獅子王が大声で笑う。

「嘘を言ってもしょうがねえ。創太の母親は純真な方なんだろうさ。親父のいい加減な言葉を信じてしまったんじゃねえか。……でも、親父は真剣に愛していた。生前は何度も金を渡そうとしていたらしいが、全部断られたって話だ。実は、彼女が病気になったことは知っていてな、治療費を渡しに、俺が病院にこっそり出向いたことがある。……断られたけどな」

「断っただと? ……けじめのつもりか」

「どうだろうねえ。ヤクザの金が嫌だったのか、親父との繋がりをバッサリ切りたかったのかは知らん。ただ、どうしても渡そうとするなら自殺します、とまで言われちゃお手上げよ。

 あー、ただ親父の愛した女の力に全くなれんのは、俺としては歯がゆい話でな。代わりと言っちゃなんだが、陰ながら創太を真人間にする手助けをしたいと思ってる。フ、まさか前に事務所に来た馬鹿が、俺の弟だって知った時は顎が外れるほど驚いたがね。こういうの運命って言うんだろう?」

「運命ってガラでもないだろう。あ! そういうことか」

 来世の頭に閃きが走る。

 獅子王という男の容赦のなさを、来世は良く知っている。だが、昨日は妙だった。彼にしては、創太に対するやり方がぬるすぎるのだ。何かある、と勘繰っていた来世としては、すっきりとした気持ちになった。

 来世は、声を潜める。

「昨日の会合とやらは、創太をおびき寄せる餌だったんだろう。わざと情報屋に情報を漏らし、創太が来るように仕向けた。金で人の縁は容易に切れることを、身をもって教えてやったつもりか?」

「フハハハハ、叶わねえな。その通りだ。あそこまで駄目になった奴を治すには、口で言っても意味はねえ。叩いて強引にまっすぐにしねえとな。あー、ただな、奴がギャンブルに溺れる気持ちも分からないでもねえ。何でか分かるか?」

 試すような問いに、来世は微笑した。

「ギャンブルで手っ取り早く金を稼いで、母親の治療費を用意しようってことだろう。本末転倒な事態になっているがね。……フン、世間話はこのくらいにして、本題に入ろう。お前は俺に何を依頼する?」

「創太を真人間にする手助けをしてやってくれ。俺じゃ、どう頑張っても荒っぽくなっていけねえ。オメーさんもまともな人間じゃねえが、俺よりは上手く事を運べるだろう。な、どうだい?」

 来世は、悩みもせずに返答した。

「断る」

「な、そりゃねえだろ。一億……五千万でどうだ? 足りねえならもっと」

「違う」

 全く、馬鹿げた話だ。その依頼は、引き受けるまでもない。なぜなら、

「すでにその依頼は受けている」

「へえ? 一体誰が?」

「それは言えない。依頼人のプライバシーに関する情報だからな。ま、ただお前に言えることがあるとすれば、創太は恵まれている。本人は不幸だ、って顔してるがね、助けてくれる奴がいるご身分のくせして腑抜けている」

 しばし、返答がなかった。来世が耳を澄ませると、受話器から派手な音と笑い声が聞こえてきた。

「あ、ああ済まねえな。まさしくその通りだ。来世よ、オメーさんとは気が合うねえ」

「ゾッとすることを言うな。切るぞ」

 返事も聞かず、来世は受話器を戻した。

 来世は、悲劇のヒロインも負けを認めるほど、いまだに泣き続ける創太を見て、ため息を吐いた。

 魔眼屋は、何でも屋である。だが、断じて正しき道を照らし導く先生や師匠といった存在ではない。来世は、現実から目を背けるように、プラモデルの組み立てを再開しようとしたが、結局、道具とパーツを片付けてしまった。


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