ケース3 春、去り際に燃ゆる想い⑬
スニーカー、革靴、下駄の統一性皆無の足音が三つ、清潔な病院の廊下を騒がす。
列の先頭を創太、次に来世、しだれの順で歩く彼らを、看護師や入院患者たちが不思議そうな顔で眺める。
創太は、ドアが開け放たれた病室の前で立ち止まり、親指で室内を指し示した。
「ここだ」
来世が頷くのを確認した後、創太が先に病室へ入る。
室内は、四人の入院患者が利用する大部屋だ。左右に二つずつベッドが設置されており、創太は右奥の窓際にあるベッドへと近づく。
「お袋、俺だ。入るぜ」
カーテンを開け、創太が二人を招く。
フワリと窓から吹いた風が石鹸の香りを来訪者へ届ける。
その女性は、細く頼りない体をベッドに横たえながらも、微笑を浮かべている。年のころは、五十歳くらいだろう。肩まで伸びた黒髪は手入れを欠かしておらず、朝日を浴びて輝き、風鈴のような涼やかな瞳は、見る者を浄化するように清らかな雰囲気を放つ。
しだれは、はじめ来世の背中に隠れていた。彼の頬は上気し、嬉しさを湛えた表情で、来世の背から飛び出した。――しかし、彼女の姿を見た瞬間、凍り付いた。
「あら、その方たちは?」
期待を裏切らない清涼な声で、女性は問うた。
「あー、そのー、ダチ……だよ。うん」
「あら、お友達。あなたの友達らしからぬ方々ね」
女性は嬉しそうに笑う。が、すぐに申し訳なさそうな顔でわずかに頭を動かした。
「ごめんなさい。私、病気でね。起き上がるのも難しいから、ちゃんとご挨拶は難しくって」
「いえ、構いませんよ。こちらこそ、急に押しかけてしまって申し訳ない。創太があまりにも美人なお袋がいるって自慢するものですから、一度お顔を拝見したくなりまして」
「あらあら、この子ったら仕方のない子。女手一つで育てたせいかしら? ちょっとマザコンでね」
そう言いながらも、嬉しそうに女性は笑う。
「私は、徳大寺 小百合と申します。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧にどうも。……おい、しだれ」
ビクリ、としだれは体を震わせた。
来世は、それきり動こうとしないしだれの肩を掴み、強引に前へ突き出す。
「あら、凄い美人さん。でも、男性なのかしら? 女性にも見えるわね。……いけない、こんなこと言ったら失礼よね。ごめんなさい。悪気はないのよ?」
「あ……あー、その。別に気にしておらんよ。……わ、ワシは暇人での。たまに顔を見せに来ても良いかの? は、話し相手が欲しいもので」
早口かつ唐突な発言に、小百合は虚を突かれた様子だった。しかし、幼女に似た無邪気な笑みで答えてくれた。
「ええ、もちろん。普段私はベッドに横になっているだけでつまらない生活をしているわ。おんなじ暇人同士、お話でもしましょうか。でも、ごめんなさいね。おばさんだから、あなたのような年齢の方とは、上手く会話が弾まないかもしれないわ」
しだれは、全力で首を振った。
「とんでもない。……話したい、ことがいっぱいあるんじゃ。だから、その、また来るわい」
それだけ言い残し、しだれは逃げるように病室を飛び出した。
来世はため息を吐き、一言断ってから病室を後にする。
残された親子は顔を見合わせて、クスリと笑いあった。




