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ケース3 春、去り際に燃ゆる想い⑪

「む、遅かったではないか」

 創太を肩に担いでビルから出てきた来世を、しだれは指差しで非難した。

「ちょっと手間取った。……さすがにこいつを担いでタクシーに乗るのはまずいな。こっちへこい。俺の車に乗っていくぞ」

「車? 車っていうのは、道を走っている鉄の塊じゃよな?」

「そうだ。こっちへ」

 顎で来世は路地を指し示した。

 創太は黒い布のようなもので包まれているので、人だとは気付きにくい。だが、目立つことに変わりはないので、来世は人通りを避け、建物の間を縫うように移動する。

(あまり良い場所ではないのう)

 裏路地は、春の陽気な雰囲気を寄せ付けず、ここだけが時間に取り残されているように物悲しい。しだれは、無言で来世の後ろを付いて行きながら、空を見上げた。

 空はクリアな青の色から赤い色へ移り変わろうとしている。散り散りに浮かぶ雲は、まるで土をかぶった岩のように黒く、昼の軽やかさとは決別していた。

 太陽の恩恵を失いつつある街は、やや気温が下がり、ぶるりとしだれは体を震わせる。その瞬間、寂しさが胸の奥から沸き起こった。

 桜の木として過ごしていた時も、夜はあまり好ましくなかった。太陽が顔を覗かせていた時とは違い、夜は静謐に包まれる時間帯であり、どことなく死を連想させる。

虫や鳥、犬、猫……時には人間を。あらゆる死を見送ってきた桜の化身は、置いて行かれた寂寥と何も出来ぬ歯がゆさを知っている。そして、夜はそれを思い起こさせる悪夢に似ていてたまらない。

(ああ、知らなかった。人の身はこうも寒さを感じるのだな。……より辛いではないか)

 しだれは、己の身を両手で抱きしめ、目を閉じた。と、

「痛!」

「おい、前を向いて歩けと言っているだろう。……よっと、重い。ここで、この男を見張っといてくれ。車を取ってきたら、すぐに迎えに来る」

「え、ちょ、待たんかい」

 返事を待たず、来世は走って行ってしまった。目の前には、歩道と車道が見える。現在地は、飲食店同士の間に挟まった路地のようだ。薄暗く、複数設置された青いゴミ箱からは生ゴミ特有の鼻を突く鋭く不快な臭いが漂っている。

「まったく、こんな場所で放置せんでも」

 気絶した男を通行人に見られるのがまずい、というのはしだれにも理解できた。彼は、創太が視界に隠れるような位置でしゃがみ、往来を眺める。

 人、人、人、時にリールの繋がれた犬。それらが、川の流れに似た動きで通り過ぎていく。

 昨日の今頃は桜の木として過ごし、今は人の身で景色を眺める。奇妙な感覚がしだれの身を駆け抜け、おかしさに苦笑した。


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